『ダービーマッチ』とは、ある共通条件を持つクラブチーム同士の試合を指し、都市、地域単位での関わりによる対抗心などから派生する。特に同一行政区画や近隣地域間で勃発する『ローカルダービー』は独自の地域性や政治的な意味合いも内包するのが常で、世界に目を向ければ『マージーサイドダービー』(リヴァプールvsエヴァートン)、『ミラノダービー(ミランvsインテル)、スーペルクラシコ(ボカ・ジュニアーズvsリーベル・プレート)など、双方が苛烈した雰囲気を生むゲームも少なくない。
埼玉県さいたま市を本拠とする浦和レッズと大宮アルディージャが戦う『さいたまダービー』は、現在のJ1リーグで同一自治体に本拠地を持つ者同士が対戦する唯一の『ローカルダービー』だ(J2、J3を含めれば、神奈川県横浜市を本拠とする横浜F・マリノス、横浜FC、Y.S.C.C.横浜の3クラブが関わる『横浜ダービー』がある)。しかし、その歴史はまだ浅く、両クラブのJリーグでの初対戦は2000年のJ2で激突したのが最初である。
先にJリーグへの参入を果たしていた浦和側からすると、当時は後発の大宮へ向けた対抗意識はそれほどなかったと記憶する。90年代の浦和のレジェンド・福田正博氏に話を聞いても、「ダービーと言っても、当時の自分や選手たちにとってはリーグ戦のひとつの試合でしかない感覚だった」と述懐する。2001年に旧大宮市、旧浦和市、旧与野市の3市が合併して『さいたま市』が誕生するまでの過程では地域間、行政間の激しいライバル関係があったが、福田氏曰く「俺は元々神奈川県横浜市出身の『浜っ子』だから、そもそも埼玉の地域性に疎かった(笑)」とつれない。つまり世間がことさらに煽るほどには、『ダービーマッチ』を戦う当事者に特別な意識はなかったと思われる。
そもそも『ダービーマッチ』はクラブと共に生き、それを支える者たちが土壌を育み、歴史を刻んだ末に奮い立たせた感情がピッチへ伝播することで特別な空気が生まれるものだと、筆者は理解している。その意味に照らせば、2017年現在の『さいたまダービー』は十分にエモーショナルなビッグマッチ足りうると感じている。それは近年繰り広げられる試合内容と両チームの置かれた立場、それによって生まれる多種多様な事象が示している。
2011シーズン、ゼリコ・ペトロヴィッチ監督率いる浦和は12シーズンぶりのJ2降格の危機に瀕し、10月の埼玉スタジアムで大宮に敗れた後に指揮官が解任された。その後浦和は何とかJ1残留を果たしたが、『ダービーマッチ』の成否が体制刷新の引き金になったのは明らかだった。そして2014シーズン、今度は大宮が成績低迷に見舞われ、当時の指揮官だった大熊清監督が『さいたまダービー』で完敗した直後に解任されている。その2014年8月30日のゲームスコアは4-0。浦和の得点者は梅崎司、興梠慎三、森脇良太、宇賀神友弥で、4人はいずれも現チームに在籍している。しかも当時大熊監督から指揮官の任を引き継いだのは、今季も大宮を率いる渋谷洋樹監督だ。
2014シーズンに大宮から浦和へ移籍加入した青木拓矢が『さいたまダービー』の独自性を語る。
「自分は、それほど『さいたまダービー』を意識したことはありません。これは正直な気持ちですよ(笑)。ただクラブ間、チーム間の感情はそう簡単なものじゃないことも理解していて、ピッチに立った時のヒリヒリした雰囲気はもちろん感じています。特にチームが難しい状況に置かれている時の『さいたまダービー』は、そのゲームをきっかけに何かの転換点にしたい感情が生まれやすいと感じています。今季の大宮はなかなか試合に勝てなくて厳しい状況が続いていますよね。そんな時の大宮は必ず、浦和戦で結果を残してリカバリーしたいと思っているはずです。そのような立場に置かれた時の大宮は大抵、普段以上の力が生まれますから、当然浦和は警戒して試合に臨まなきゃならないですよね。ちなみに僕は、大宮に在籍していた時代は浦和との対戦成績が良かった印象があって、逆に浦和へ移籍してからは一回も負けていないんじゃないかな(笑)」(青木が浦和へ移籍した2014シーズンから現在までの対戦成績は浦和の3勝1分)。
さて、今回の『さいたまダービー』は大宮のホーム、『NACK5スタジアム大宮』での開催になる。
かつて、この地で『さいたまダービー』を戦い、今も感慨の念を抱く選手がいる。浦和のアカデミー組織で育ち、現在はドイツ・ブンデスリーガのヘルタ・ベルリンでプレーする原口元気である。
「俺は2011年6月11日の『ナックファイブ』(J1リーグ第14節/△2-2)で同点ゴールを決めた。当時はクラブと新たな契約を結んだ直後で、浦和サポーターが横断幕を掲示してくれたりもしたんだよね(注:原口が契約更新したことに対し、サポーターが『若いレッズはお前の背中を見て育つ ありがとう元気』という文言を記した)。試合が終わった直後の俺は泣いてしまったけど、それはサポーターへの感謝の念と共に、彼ら(彼女ら)の想いに報いることができずに引き分けに終わってしまった悔しさを抑えきれなかったから。俺は大宮に勝ちたかった。ダービーというものは、それくらい重要なゲームだと思うから」
かつてはリーグ戦の1試合に過ぎなかった試合が、今は切実で魂を焦がす一戦になっている。
『さいたまダービー』が特別なゲームであることの所以である。
文=島崎英純
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