Goal.com昨年現役を引退した、アンドレア・ピルロに敬意を表し、彼のサッカー選手としてのキャリアに今一度注目してみよう。ピルロが16歳でデビューを飾ったブレシアにおいて、彼の成長を傍で見守った2人が語る。
当時、前髪をなびかせていたあの寡黙な少年が、のちにサッカー史に名を残す最高峰の選手となるだろうなどと想像していた者はごくわずかだった。だが、その数少ない1人がアントニオ・フィリッピーニだ。彼は『Goal』のインタビューにこう語る。
「彼を初めてピッチで見たとき、将来は最高峰の選手になるだろうとすぐに思ったよ。彼のタッチは際立つほど繊細で、まるで空を飛んでいるかのようだったね」

ピルロは当時から自身がトップ下の選手であると自覚しており、1995年5月21日、レッジャーナ戦の試合終了間際にセリエAでデビューを飾った時も、マルコ・スケナルディに代わり同ポジションに入った。スケナルディは笑いながらこう話す。
「彼と交代できて良かったよ。おかげで歴史の一端を担うことができたからね。もはや私は“彼のデビュー戦で交代した人”として知られているよ」
その前年、アレッサンドロ・デル・ピエロがユヴェントスにおいて初ゴールを記録していた。その対戦相手もレッジャーナだったが、ただの偶然ではなかったのかもしれない。数年後、両者は共にワールドカップで優勝し、スクデットも獲得したのだ。だがピルロのキャリアにおいて運命的な転機が訪れたのは、これよりずっと過去に遡らなくてはならない。アントニオ・フィリッピーニは当時を回想する。
「ある火曜日の午後のことだった。(カルロ)マッツォーネ監督がピルロを呼び寄せ、私とエマヌエレ(フィリッピーニ)の間の真ん中のポジションでプレーさせる意図があると伝えたんだ。監督はそこが彼の適正ポジションであると話し、ピルロもすぐに提案を受け入れたよ」
格好つけて拒むこともできたはずだが、それではアンドレア・ピルロにはなれなかっただろう。エマヌエレ・フィリッピーニも『Goal』に対し「当時の彼は、今、皆が知っているピルロとはまったく違う選手だったんだ。16歳ながらに優れたテクニックを持つトップ下だったよ」と説明する。
アントニオとエマヌエレはひな鳥を育てる親鳥のような役割を担った。ピルロは2人の下で順調に成長を続け、1997-98シーズンに才能を完全開花。ブレシアは降格となったものの、”ピルロらしい”パフォーマンスが多くの人を魅了し、ついにインテルからオファーが届いた。
Goalしかしピルロはインテルでは自身のアイデンティティーを見出すことができなかった。2000年にブレシアにレンタルで戻り、そこで再びマッツォーネから進むべき道を指南される。
「前には(ロベルト)バッジョがいて君のポジションは埋まっている。君には後ろでプレーしてもらいたい。君はレジスタをやるべきだ」
ピルロとバッジョが同時にプレーするなど、今考えれば鳥肌ものである。ミケランジェロとピカソが共同で絵画を描き上げるようなものだ。2人が一緒にプレーしたのはわずか数試合だったが、それはピルロにとって、自身が新ポジションでこそ主役になれるという事を理解するのに十分だった。
「もし彼が我を通していたら、おそらく多くの選手と同じように消えてしまっただろう。しかし彼は、自分に与えられたポジションで、自身がどれだけ重要な役割を担えるのか気づいたんだ。ピルロについて問われると私はこう答えるようにしているよ。『彼の偉大さは変化を受け入れ、新ポジションでなら偉大な選手の一員になれると理解したことだ』ってね」
そうエマヌエレは説明する。
謙虚で大人びた性格……それはまさにピルロの特徴だった。すでに16歳の時から大人のような振る舞いをしていて、アントニオは「試合の前に部屋にいるとき私は緊張で張りつめていたけど、彼はのんびりリラックスしていたよ。ピッチにいるときと同じようにね。何が起きても動揺することは一切なかった」と話している。
Goal注…出版社の許可を得てパニーニコレクションの画像を掲載しています。
しかし大人びていたがゆえ、ピルロが楽しむことを知らないなどと考えている者は、エマヌエレのこの逸話を聞いてみるべきだ。
「セリエA昇格が決まった時、“ロンディネッレ・ロック”という私のバンドがコンサートを開いたんだ。ヴォーカルが選手全員に対しステージ上で歌に加わるよう声をかけ、最後には皆、観客の中に飛び込んでいったんだ。もちろんピルロもね。でも、彼の番になると観客たちはよけてしまって、ピルロは転んでしまったよ」
今ならば、おそらくレッドカーペットが用意されたことだろう。だがあの時、観客が彼をよけ、地面に叩き付けられたあとも、ピルロはまるで何事もなかったかのように立ち上がった。
彼のただ一つの目標は偉大な選手になることだった。そして最終的に、自分のポジションではなかったはずのポジションにおいて、世界最高峰の選手にまで成長した。やはりピルロは偉大だ。たとえもうピッチで姿を見られなくとも、彼のプレーはサッカーファンたちの胸に深く刻まれているだろう。
文=マルコ・トロンベッタ/Marco Trombetta
