5点目が決まり、歓声が沸くと、一瞬だけ等々力陸上競技場が静まり返る。すると次の瞬間、何かが弾けるように、さらに大きな歓声が上がった。それは川崎フロンターレのJ1初優勝が決定した知らせだった。
逆転でのJ1優勝が分かった中村憲剛は、嬉しさのあまりピッチに泣き崩れた。倒れ込む小林悠のもとには、幾人もの選手が覆い被さっていた。クラブに初タイトルをもたらした鬼木達監督は、スタッフたちと抱き合い、もみくちゃになっていた。
その光景を見て、数カ月前に練習場でキャプテンの小林と交わした会話を思い出していた。あれは第27節を終えた、ある日のことだった。当時首位を走っていた鹿島アントラーズとの勝ち点差が7に開き、さすがに焦りを感じているのではとの懸念があった。だから、率直に「焦りはあるか？」と質問した。しかし、小林は、首を横に振ると、きっぱりと「相手どうこうは関係ないですね」と言ったのだ。
「ちょうどミーティングでオニさん（鬼木監督）もそう言ってくれたんです。『勝敗に一喜一憂することなく、目の前の1試合、1試合に集中しよう』って。その言葉を聞いて、気持ちがまた引き締まりました。だから、相手とか勝ち点差とかは関係ない。自分たちの試合に集中するだけです」
語気の強さに、小林にも、チームにも頼もしさを感じたことをはっきりと覚えている。そして、その言葉は、優勝会見で語った鬼木監督の発言と見事にリンクした。
「まだ何で（優勝を）勝ち獲ったかというのは自分自身でははっきりしないところがあります。僕もそうですけど、とにかく敗戦を引きずらないというのが大事だなと思った」
振り返れば今季の川崎Fは、リーグ戦での連敗が一度もない。それどころか敗戦を糧にして、ここまで戦ってきた。
ひとつ挙げるとすれば、鬼木監督もターニングポイントとしたAFCチャンピオンズリーグ準々決勝での敗戦であろう。浦和レッズを相手に、第1戦を3-1でリードして迎えた第2戦、38分に車屋紳太郎が退場すると、川崎Fは自分たちの特徴である攻撃を緩め、引いて守ることで乗り切ろうとした。その結果、浦和の反撃に遭い、4失点を喫して逆転負け。ただ、それを糧としたからこそ、中2日で行われたJ1第26節の清水エスパルス戦では、自分たちの信条でもある圧倒的なまでの攻撃力を発揮して3-0と勝利した。その教訓は、退場者を出したベガルタ仙台とのルヴァンカップ準決勝第2戦（3-1）やJ1第29節（3-2）にも表れていた。
また、ルヴァンカップ決勝でセレッソ大阪に0-2で敗れ、流した涙すら彼らは肥やしにした。さすがに敗戦のショックも大きかったはずだが、川崎Fは決勝後に行われたJ1第32節のガンバ大阪戦に1-0で勝利。C大阪との決勝では、圧倒的にボールを支配するも、ゴールに迫る迫力に欠けたチームは、G大阪との一戦で、それを払拭。得点こそセットプレーの流れからだったが、24本ものシュートを放つ姿勢を見せた。
昨季から継続する攻撃的なサッカーに加え、鬼木監督が「球際の強さ」であり、「攻守の切り替えの速さ」を徹底してきたのも、すべては勝つためである。それはチームの大黒柱である中村の言葉に集約されている。
「今季はずっと、隙のないチームにしようということをオニさんが言ってきた。自分たちで（今日は攻撃が）いまいちだなって思っても、そこを我慢して勝ち切れる。守備が良くなれば、攻撃も良くなる。その循環が負けにくいチームになってきている」
結果、シーズンを終えて、わずか4敗。9試合に引き分けているが、「自分たちで引き分けに持ち込んだ試合もある」（大島僚太）と、チームとしての戦い方がはっきりしていたことも窺える。
まさに最終節での逆転優勝は、順位や勝ち点を気にすることなく、目の前の1試合であり、自分たちに向き合ってきた賜物であろう。敗戦をただ引きずるのではなく、しっかりと見つめることで、川崎Fは次の試合での発憤へとつなげてきた。
J1初優勝を決めた大宮アルディージャとの最終戦でもそうだ。阿部浩之が決めた開始わずか1分での先制点を、ルヴァンカップ決勝で開始早々に喫した失点の教訓だと感じた人は多かったはずだ。
川崎Fは、敗戦を引きずることなく、次への糧とする作業を繰り返していくことで、足りなかった勝者のメンタリティを身につけていたのである。
「（負けた後も）下を向いていたらいけないんだなと。笑顔のあるところに活気があるんだなという思いがすごく強かった」
鬼木監督がそう語った信念こそが、2017年12月2日、等々力に最高の笑顔をもたらした。
文＝原田大輔