「最終予選で自分自身が結果を残している立場では決してないので、スタメン落ちについては想定内。3月までに自分がやらなきゃいけないことがハッキリしたのかなと思います」
2018 FIFAワールドカップ ロシア アジア最終予選、前半戦の山場だった昨年11月15日のサウジアラビア代表戦(埼玉スタジアム2002)で先発落ちを強いられた際、香川真司(ドルトムント)は神妙な面持ちでこうコメントした。この時期の彼は右足首負傷と熾烈なポジション争いが重なって、ボルシア・ドルトムントで出番が激減。「クラブで試合に出なければ、代表では使ってもらえない」という事実を嫌というほど痛感したはずだ。
2016年が終わり、2017年が訪れてもクラブでの立場は一進一退を繰り返した。「W杯までの1年半を見据えたら、ここで苦しんでるくらいが、ちょうどいい」と本人もポジティブ志向になることを忘れず、自身の価値を上げるように務めた。その結果、3月に入ってから状況が一変。マルコ・ロイスのケガ、マリオ・ゲッツェの体調不良、ブンデスリーガとUEFAチャンピオンズリーグ、DFBポカールの過密日程も重なり、香川がコンスタントに先発起用されるようになったのだ。3月11日のヘルタ・ベルリン戦以降の3試合はいずれも本来の躍動感が見られ、現地メディアの評価も急上昇する。そうした中、3月の最終予選2連戦、23日に行われたアラブ首長国連邦(UAE)代表戦、28日に行われるタイ代表戦に向けた日本代表に招集されたのだ。
「試合に出て代表に合流した方が間違いなく気持ち的にもいいと思ってます。ただ、まだ3試合出ただけ。クラブと代表は別なんでしっかりした準備をしないといけない。この2連戦に勝つことだけを考えたい」と19日にアル・アイン入りした香川は鋭いまなざしで、このリベンジマッチに向かっていた。ヴァイッド・ハリルホジッチ監督も復調傾向にある男を今回は先発復帰させると見られたが、UAE戦のリストにはやはり名前があった。
ただ、香川のポジションはこれまでの「4-2-3-1」のトップ下ではなく、「4-3-3」の右インサイドハーフ。2年ぶりに代表した今野泰幸(ガンバ大阪)がUAEのエース、オマル・アブドゥルラフマン封じのキーマンとして左インサイドハーフで起用されたことから、背番号10は34歳のベテランMFとバランスを取りながら攻守両面でのハードワークを求められた。
そんな香川が最初に見せ場を作ったのは14分の先制点の場面。中盤の少し引いた位置から酒井宏樹(マルセイユ)に鋭いタテパスを供給。酒井からクロスを受けた久保裕也(ヘント)が相手守備陣の背後を取り、GKの位置を冷静に見ながら右足を一閃(いっせん)。いきなり1点を奪い、チームに安堵感を与えた。
「右サイドが割と空いていたし、宏樹や裕也が起点を作れていたので、そこは意識して、取ったボールを失わないようにしていた。裕也の先制点は何よりチームに勢いと自信を与えてくれた。守備面でもハードワークをして、攻撃になったら前線に加わってくれたので、本当に頼もしかった」と背番号10も後輩アタッカーの働きに敬意を表した。
1点を失ったUAEはそこから攻めを加速。オマルが左に移動したものの、代わって右サイドに来たアルハマディ(15番)の突破力、快足FWマブフート(7番)の裏への飛び出しに手を焼く機会も多かった。香川は思うようにボールを保持できず苦しんだが、守備面で貢献。今野と絡みながら少しでも中盤の時間を作り、攻めの緩急をつけようとしていた。昨年10月のオーストラリア代表戦(メルボルン)では相手に一方的に支配され、香川自身も防戦一方だったが、この日の70分間のプレーを通してみると、彼自身の内容は改善された印象だった。
加えて言うと、日本の大迫勇也(ケルン)、久保、原口元気(ヘルタ)の3トップが個の力で強引にフィニッシュまで持って行けるタイプだったため、香川や今野がパス出し役に徹していれば良かったのもプラスに働いた。これまでの背番号10は代表に来るとお膳立てからゴールまで全てを自分でやらなければならないという意識が強く、空回りするケースが少なくなかった。が、今回は前線3人に得点の仕事を任せておけばいいから、彼は組み立てに専念できる。本人は「ゴール前に行く回数は足りないですし、シュートやアシスト、シュートにつながるパスをもっともっと出せるようにしないといけない」と不完全燃焼感を吐露していたが、チーム内の役割としてはそれで十分だった。
昨季前半のドルトムントも、ユリアン・ヴァイグルがアンカーに入り、イルカイ・ギュンドアンと香川がインサイドハーフに陣取る「4-3-3」をやっていて、チーム状態が非常に安定していたが、この日の中盤3人は当時の関係に似ていた。もちろん香川自身は得点に直結する役割を担いたいのだろうが、トーマス・トゥヘル監督体制以降のドルトムントでは明らかにそういう仕事を託されておらず、中盤の司令塔としての位置付けが色濃くなっている。だからこそ、ハリルホジッチ監督が代表でもそういう使い方をしたいのは理解できる。
攻守両面で幅広く動き、ゴールという結果まで出した今野に比べると「香川は消えていた」という評価になるのかもしれないが、彼は彼で「地味に利いていた」と言っていいのではないか。それだけのハードワークを見せていたし、攻めの起点になるパス出しはしていた。本人も「これが最低限。ここではハードワークをしないと試合には出られないですし、割り切ってやる必要がある」と話していた通り、今はいい意味でハリルホジッチ監督の考えを受け入れながら、自分の良さを出していくしかない。
差し当たって次のタイ戦は、日本が支配する時間帯が多少なりとも長くなると見られる。そうなれば、香川がボールを持って攻めに絡む回数もより増えるだろう。ハリルホジッチ監督が本来の「4-2-3-1」システムに戻すのなら、清武弘嗣(セレッソ大阪)が香川に代わってトップ下で先発する可能性もある。が、今野が左第5趾基節骨骨折という予期せぬアクシデントに見舞われたことも視野に入れると、「4-3-3」のままで香川と清武をインサイドハーフに起用する形も考えられる。いずれにしても、背番号10が出番を与えられたら、UAE戦では出し切れなかったゴール前への推進力、フィニッシュの仕事をやり切るしかない。それがシーズン終盤のドルトムントでのゴール量産にもつながってくるはずだ。今季リーグ戦得点ゼロで終わらないためにも、彼には今こそ大きなキッカケをつかんでほしい。
文=元川悦子
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