ピッチ脇でスパイクのひもをしっかりと結び直し、両手で顔を3度叩いて気合を入れた。
待望の日本代表デビューだった。今シーズンは所属のセレッソ大阪で高い決定力と勝負強さを見せつけてJリーグを席巻。J1リーグ戦24試合14ゴールという結果を残して日本代表に初招集された杉本健勇が、6万2,165人の大観衆を集めたアウェイのサウジアラビア戦で初めて日の丸を着けてピッチに立った。
■待望のデビュー戦は
後半開始からウォーミングアップを始めた杉本は、55分過ぎにヴァイッド・ハリルホジッチ監督の指示を受けてユニフォームに着替え、ピッチ脇で体を温め続けた。しかし、チームは63分に先制点を奪われてしまう。
サウジアラビアがワールドカップ出場権を獲得するためには、今回の日本戦で勝利を収めることが必要条件。一戦必勝を期す相手は、スコアレスで迎えた後半に攻勢を強め、そしてゴールネットを揺らすことに成功する。
このシチュエーションに杉本が「交代する直前に失点してしまって、難しい状況になった」と振り返ったとおり、ロシア行きの切符を手にするため、1点を必死に守ってくるサウジアラビア守備陣に手を焼いたのは事実。ハリルホジッチ監督から「あまりサイドに流れ過ぎず、中央でボールを収めて前に入って行け」と指示を受けたが、なかなかチャンスボールが巡ってくるシーンはなし。コミュニケーションを取っていた酒井宏樹(マルセイユ)は「クロスを狙っていくから」と話したが、サイドからチャンスボールが巡ってくるシーンを生み出すことはできなかった。
先制点を奪って徐々に守りを固めようとするサウジアラビアに対し、日本は吉田麻也(サウサンプトン)を前線に上げるパワープレーで応戦を図る。187センチという身長の杉本も空中戦で競りに行くが、気迫のディフェンスを見せる相手守備陣に空中で背後から激しく当たられて得意のジャンピング胸トラップが乱れるなど、思うような見せ場を作れなかった。
79分、柴崎がボールを前方へ運んだところにトップスピードで走り込み、足下への強いパスを右足アウトサイドでピタリと止めながら前方へ持ち出すことに成功。ここは相手DFに寄せられてシュートまで持ち込むことができず、試合を通じて決定機に絡むシーンも見られなかったが、高さや守備だけでなく、技術面でも一瞬の輝きは確実にあった。
■2試合から得たのは悔しさと…
日本代表がロシア行きの切符を手にしたオーストラリア戦は屈辱のベンチ外。歓喜のシーンをスタンドから見守ることになり、本大会出場決定から一夜明けた練習後には「うれしいですけど、自分は最終予選に一試合も出ていないので」と悔しそうな表情を浮かべていた。ようやく迎えた日本代表デビュー戦。記念すべき一戦を経て、彼は何を思ったのだろうか。
「全然(自分の良さを)出せなかったですし、非常に悔しい試合になりました。個人的にも悔しかったですけど、ここに来て実際にプレーしてみて、まだまだ、まだまだ甘いと自分の中で感じました。ここで結果を出すためにはもっとレベルアップしなければいけないし、もっと変えるところがあるなと」
サウジ戦の出場は約25分間。ボールに絡んだ回数も少なかった。文字だけを追えば反省の弁にしか捉えられないが、そう語る彼の表情が不思議と充実感に満ちているように感じ、その理由を聞いてみた。「まだまだ」と二度繰り返した部分に、何かがあったような気がしたのだ。
「まだまだできると思いますし、途中からではなく、スタメンで使ってもらえるようにならないと。そのためにはチームに帰ってからがめっちゃ大事になる。今までと同じじゃなくて、何かを変えていかないといけないなと。今回の代表招集で自分の物足りなさに気付かされました」
初めての代表戦で感じたのは、自分の大きな伸びしろだったのだろう。やらなければいけないことを視界に捉え、ワクワク感が湧いてきたように見えた。自らが発した「変えていかなければならないもの」についても「スプリントもフィジカルもすべて。もう一つ上のレベルにいかないと」と前を見据える。
改めて決意を固めたのは、セレッソ大阪での大きな活躍、そして将来の海外移籍に関してだ。今回の代表合宿期間にスペイン移籍の不成立を明かし、さらにチームメートから海外でのプレーについて聞いた杉本は、自らのキャリアプランに改めて海外志向を強めた。
「(海外は)個々のレベルが高いし、俺も活躍して早く行きたい。日本代表に来たことで、そういう気持ちは大きくなりましたし、そのためにもセレッソでタイトルを取りたい」
夢をかなえるために、そして日本代表で定位置を奪うために必要なことは一つ。それが所属クラブでの大きな活躍だ。初めて国際Aマッチに出場した試合後、彼が発した言葉で最も印象的だったフレーズがある。
「Jリーグでもっともっと圧倒的なプレー、圧倒的な結果を残していかなければならない」
自分の物足りなさを感じ、同時に自身の結果と成長に対する意欲を強めた杉本。サウジアラビア戦直後に空路日本へ戻った彼を週末に待ち受けるのは、FC東京とのリーグ戦だ。そしてチームは彼の不在期間中、YBCルヴァンカップで準決勝進出を果たし、念願のクラブ初タイトル獲得に一歩前進した。日本代表からチームに戻った杉本にとって、ここから周囲の期待に応えるべき戦いが続いていくことになる。
ロシア・ワールドカップ本大会の開幕まで残り約9カ月。期待の大型ストライカーがようやくスタートラインに立ち、自分の現在地を確認した。ここから彼が遂げるであろう進化と変化を見守っていく価値は十二分にある。
文=青山知雄


