2017-06-26-hyodo(C)Getty Images for DAZN

兵働昭弘が古巣清水戦で感じた楽しさと悔しさ…日本平に響いた“勝ちロコ”との不思議な縁

空を見上げて両手を広げ、大きく深呼吸をしてキックオフを迎える。これが今シーズンから始めたルーティンだ。6シーズンぶりにJ1の舞台に戻ってきた彼はこの日、かつて“庭”だった日本平のピッチで普段どおりの儀式を経て心を落ち着かせ、キックオフのホイッスルを聞いた。ただ、天を仰いだ彼の胸中は、もしかしたらいつもより高ぶっていたかもしれない。

6月25日にIAIスタジアム日本平で行われた明治安田生命J1リーグ第16節清水エスパルス戦。今シーズンからヴァンフォーレ甲府でプレーする兵働昭弘にとっては、2005年のプロデビューから6シーズン在籍した古巣と初めてJ1の舞台で対峙するゲームとなった。彼自身にとってJ1で戦うのは2011年の柏レイソル時代以来。水戸ホーリーホック時代の昨年9月に初めて対戦相手としてアイスタのピッチを踏んでいたが、かねてから「自分にとっては特別なスタジアム」と話していた彼にとって、やはりJ1で迎える清水との対戦には格別の思いがあったようだ。

2005年に筑波大から清水へ加入した技巧派レフティは、オレンジのユニフォームに袖を通してJ1通算152試合15得点という成績を残した。厳しい残留争い、そして優勝争いの難しさも味わったことで、彼自身も「サッカー選手として育ててもらった特別なクラブ。サッカーどころだけあって、サポーターは温かくも厳しい。でも、それが自分を成長させてくれた」と今でも恩義を忘れない。清水勝利時に選手とサポーターが喜びを分かち合う“勝ちロコ”、実は当時清水でキャプテンを務めていた兵働が一部のサポーターから「勝った後に一緒に喜べるものをやりたい」と協力依頼を受け、チームメートに声を掛け続けて定着したものだった。クラブ、チームとサポーターをつなぐ大きな架け橋を作った人物でもあったわけだ。

J1での初対戦を控えた試合前日、兵働は「拍手で迎えてもらえるのか、ブーイングなのか。何か反応があってほしい。スルーされるのが一番つらい」と話していたが、その心配は杞憂に終わった。先発メンバーで彼の名前が読み上げられると、スタジアム中が拍手で包まれた。ウォーミングアップをしていた本人も「だいたい拍手でしたよね」としっかりと温かい反応を感じ取っていたようだ。

J1での古巣戦を終えて「やっぱりここの声援や歓声はやりやすい。スタンドが近くて迫力がある。非常に楽しい時間でした」と話す表情からは改めてスタジアムの雰囲気を懐かしんでいる様子が感じられた。試合終了後にロッカールームから顔を出して清水サポーターへあいさつへ行くタイミングをうかがっていたが、ピッチでクールダウンをする古巣の選手たちに配慮して先にシャワーを浴びることを選択。少し時間が経過したことで帰路に就いてしまったサポーターが多く、あいさつできた“かつての仲間”は少なかったが、それでも残っていた清水サポーターからは歓声が上がり、ゴール裏スタンドで即席の写真撮影会が始まる。一人ひとりに笑顔で丁寧に受け答えしていた姿が印象的だった。そんな一連の律儀なところからも、彼の愛されるべき人柄が垣間見える。

ただし、肝心の試合は非常に苦い結果となってしまった。キックオフ前に同じく勝ち点15で並び、得失点1差で追う13位清水に対して「勝って順位をひっくり返したい」と燃えていた兵働だったが、残念ながらその目標は先送りとなる。

3バックシステムで中盤のアンカーとして出場した兵働は、1ボランチの位置から長短のパスを左右前後に散らしてビルドアップを狙い、最終ラインの裏を突く縦パスでチャンスをうかがった。周囲に細かくポジショニングの指示を出し、“ピッチ内の監督”としてチームをコントロール。プレースキッカーを任され、何度も前線へボールを送った。バランスを取りつつも「チャンスがあれば飛び出していこう」と考え、ゴール前まで入り込んでいくシーンも見られた。しかし、60分にセットプレーから先制点を許したチームは、ゴールネットを揺らせないままタイムアップ。リーグ戦で3試合連続、公式戦では天皇杯2回戦のヴァンラーレ八戸戦を含めて4試合連続ノーゴールという結果に終わり、敵地で黒星を喫してしまった。その責任は兵働自身も感じている。

「チームとして(清水への)対策を練ってきて、ボールを握ってビルドアップしながら相手を崩しに掛かる部分は、ある程度はできていた。いつも言っていますけど、あとは本当に最後の質。セットプレーも数多くあったから、そこで取れなければいけない。そこはキッカーとして不甲斐ないし、申し訳ない。こういう拮抗した試合をモノにしていかないと上には行けないので、本当に悔しい」

左腕にキャプテンマークを巻いた兵働は失点直後、「へこんでいる時間はない」と手を叩いてチームを鼓舞し、自らボールを抱えてセンターサークルへと走った。敗戦後にも「ずっと下を向きながらやっていてはダメ。やっていることは間違っていないので、あとはみんなで質を高めてやっていければ。まだ(シーズンは)半分以上あるので、あんまり落ち込みすぎずにやっていきたい」と次戦を見据える。勝利、そして結果に対する意欲は人一倍だ。古巣戦だからではなく、チームにとって大事なゲームで白星を手にできなかったことが悔しい。

一方、清水にとっては2015年5月30日以来、757日ぶりにホームゲームで手にしたJ1での白星となった。J1でアイスタに“勝ちロコ”が響き渡ったのもそれ以来だ。兵働は水戸の一員として戦った昨シーズンもロッカールームで清水サポーターの歌声を耳にしており、期せずして同様のシチュエーションに置かれることになってしまった。彼にとっては本意でないだろうが、これも“勝ちロコ”との不思議な縁なのかもしれない。

開幕前にリーグ戦の対戦日程が発表になった際、兵働はやはりアイスタでのアウェイゲームを意識したという。自身6シーズンぶりのJ1で開幕からピッチに立ち続け、第5節で北海道コンサドーレ札幌相手に決めた豪快なミドルシュートがDAZN週間ベストゴールで1位に選出されたこともあった。背中で引っ張り、言葉で盛り上げる。経験を生かしてチームのためにできることは何か。自分にとっても新しいチャレンジとなったアンカーのポジションで何ができるのか。結果を求めて必死に走り続けてきた中で迎えたのが、今回の古巣戦だった。

「もちろん(開幕前から)エスパルス戦は頭には入っていたけど、自分にとっては久々のJ1でどの試合もチャレンジ。そんなことを言っている余裕はなかった。ただ、日々一生懸命に取り組んできた中で、ちゃんとこの試合をピッチで迎えられたのは良かったとは思います。でも、それをしっかり結果に結び付けなければダメ。プロは結果がすべてなので、そこはシビアにやっていきたい」

プロサッカー選手だからこそ感じることのできる楽しさと悔しさ――。今回はその双方を味わうことになったが、やはりプロとしては結果がすべて。目標のJ1残留を果たすためには、まだまだ厳しい戦いが続くことが予想される。古巣への感謝や充実の言葉を並べて時折笑顔を浮かべていた兵働だったが、ふとした瞬間の表情には悔しさを滲ませていた。それが彼の本音を物語っているのだろう。次の試合も、その次の試合も、甲府のスターティングイレブンにはしっかりと深呼吸してキックオフを迎える彼の姿があるはず。天を仰いで冷静に試合に臨む兵働昭弘が、かつてのホームスタジアムで得たパワーを糧に、その左足で甲府に明るい未来をもたらすことを誓う。

文=青山知雄

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