■伝わってこない逼迫感
ロシア・ワールドカップを戦う日本代表に、多くは期待できないと考えている。
ネガティブな言葉をいきなり記してしまったが、何も主観や個人的な感情で語っているわけではない。
本大会開幕の2カ月前に、ヴァイッド・ハリルホジッチ前監督が解任され、新たに西野朗監督が就任した。約3年間続いた体制にいきなり終止符が打たれ、まさに“突貫工事”で本番に向けたチーム作りが行われることになる。世界のどんな名将でも難しいタスクであることは間違いなく、西野監督の力量云々以前に、一般的に考えてもロシアでの日本の戦いは厳しいものになる。そう予想せざるを得ないのが現状だ。
12日に行われた西野監督の就任会見。新指揮官が何を語るのか。そして具体性に富んだ策略が飛び出すのか――。登壇した新監督に耳目が集まったが、残念ながら話は抽象的なものばかりとなった。
「ハリルホジッチ監督が選手に求めたように一対一でもパワーを要求したいが、(日本人選手は)なかなかフィジカル的な部分で戦えないところもある。別の角度で対応していく。日本のフットボールもありますし、構築してきた技術力を最大限出して、規律や組織の化学反応をベースにしていく必要がある」
規律。組織。これらは日本サッカーの特徴として挙げられるものである。ここではハリルスタイルとの対比として使われた文言でもあった。
さらに戦い方のスタンスについても、のらりくらりと蛇行しながらこう語った。
「試合の中ではいろいろな状況がある。オフェンシブに戦える時間帯もあれば、ディフェンシブな戦いを強いられることもある。その中で勝機を常に求めていく。スタートのメンバー(先発)だけでなく、メンバーのスイッチ(選手交代)も含めて考えたい。そこにスカウティングで相手の長所、短所がどこにあるのかを見ながら、できればオフェンシブな戦いをしたい」
ところが、会見の最中にはこんな発言もしている。
「あまり偏った戦い方の理想や志向ではなく、たくさん選択肢があるので、その感覚でチームを見ていきたい。現時点では(スタイルは)描けません」
攻撃的なスタンスを匂わせつつも、偏ることなくバランスを取りたい。細かい戦術に関しては、まだ監督自身も見いだせていない。

要するに、何も決めていないのである。
繰り返しになるが、本番まで残り2カ月である。そして実際に選手を集めて全体合宿が始まるのは5月下旬。それまで具体的なチーム作りの絵を描けというほうが難しいのかもしれない。
それにしても、話の中身がぼんやりとしすぎていた。2022年のカタール・ワールドカップに向けてチーム作りを進める新監督の就任会見であれば、これぐらいのニュアンスでも構わないかもしれない。しかし、今は日本代表の緊急事態なのである。短期間で何ができて、どんなビジョンを持つのか。力強く、目に見える指針は示すべきだった。もっともっと、話の内容からも逼迫観が伝わってきてもいいぐらいだった。
■3年間の検証ができなくなった今
過去、西野監督はいくつかの戦い方を実践してきた。
ブラジルを撃破した“マイアミの奇跡”でも知られる1996年のアトランタ・オリンピックでは、アジア予選までの攻撃的な姿勢から一転し、本大会では現実的な守備路線で戦った。また2005年にJ1を制覇したガンバ大阪では、アトランタ五輪代表と同じく主に3バックを採用したが、チームのスタンスは攻撃的だった。
同じG大阪でもAFCチャンピオンズリーグを制した2008年は4−4−2を採用し、遠藤保仁の試合構成力をベースにしたパスサッカーを展開。2014年から2年間指揮した名古屋では、永井謙佑などのスピードを生かしたカウンタースタイルを採った。
その都度、状況に応じた戦術を選択しているおり、今回の代表でもその柔軟性を発揮できるかがカギとなる。ただ、今回の会見でもチラつかせたように、本音はパスをつないだ攻撃的な戦い方を実践したいところが見て取れる。
何度も言うように今回は時間がない。確かな戦いの型を作れぬまま、会見で話したような抽象的な姿勢で攻撃的なパスサッカーに転じてしまえば……。それは、4年前の2014年ブラジル大会以下の惨状になる可能性がある。ザックジャパンは4年間の時を重ねて攻撃的なスタンスで世界にぶつかり、そして砕けた。
それが今回、たった2カ月の準備で臨む“付け焼き刃のサッカー”となれば、もはや結果は目に見えている。
ハリルホジッチ監督は、これまでの日本サッカーとは違うスタンスで、世界に挑もうとしていた。ブラジル大会の反省を生かし、日本人がこれまで不得手としていた球際での競り合いや縦にスピーディな攻撃など、世界のスタンダードを意識した戦いを目指した。サッカーをより相対的に捉え、「自分たちのサッカー」で戦った前回W杯の立ち位置ではなく、相手を分析し、それに合わせたゲームプランを遂行するスタイルを用いた。
この3年間で、日本人のフィジカルプレー強度は確かに上がった。実際にスカウティングや分析を駆使し、いかに試合を優位に進められるかも確かめてみたかった。ある意味、ここまでハリルジャパンが貫いてきた戦い方で世界と対峙してみるのはアリだった。
確かに、勝つ確率は低いと予想する人たちも多かった。それでも、仮にグループリーグ3戦で敗退してしまったとしても、日本人とフィジカルサッカーの相性が悪かったことが結果として突きつけられることには一定の意味があった。もちろん、ハリルジャパンが好成績を出していれば、それはそれで日本サッカーの概念を覆すことになっていただろう。苦手なことにも一定期間取り組んできたことで、しっかり成果を出すことができた。そんな、新たな確信を得られた可能性もある。
©Getty Imagesとにかく検証していくことでしか、進むべき針路を導き出すことはできない。成功しても、失敗しても。ハリルスタイルの挑戦は、長い目で見れば日本サッカーにとっては価値あるチャレンジだったのである。
W杯本大会で勝つことは大切だ。そのために日本サッカー協会はチーム運営が傾いたハリルジャパンにピリオドを打ち、「1パーセントでも2パーセントでも勝つ確率を上げたい」(田嶋幸三会長)狙いで新体制への移行を決断した。前体制では勝てないと踏んだのである。
ただ、どうだろう。たとえ今大会で結果を残したとしても、刹那的な歓喜は得られる一方、本質的に手にするものが果たして存在するのだろうか。日本サッカー協会はリスクを含んだ賭けであることを承知で、この判断をしたに違いない。そして勝ちを逃した時に待っているのが、4年前の敗北をも超える大きな痛恨であることも。
文=西川結城
