マルコ・ロイスは、少年時代から生粋のドルトムントファンとして育ち、現在もクラブへの忠誠を誓っている。
過去にはバルセロナやパリ・サンジェルマン、マンチェスター・シティやマンチェスター・ユナイテッド行きの可能性もありながら、「Echte Liebe(真実の愛)」を選んだ。そんなロイスのドルトムントへの愛の物語を紡いでいく。
『Goal』では『DAZN Germany』との協力の元、シーズン終了後の5月に独占インタビューを実施。ドルトムントの下部組織で過ごした少年時代から様々なクラブで経験を積み、「結局は心が決めたこと」と最終的に愛するクラブへと復帰した瞬間のことまで、ロイス本人に振り返ってもらった。
■少年時代のBVBでの思い出
Getty Images――マルコ、あなたの友人でもあるケヴィン・グロスクロイツは子どもの頃、父親に定期的にドルトムントの南側スタンドに連れて行ってもらっていたそうです。あなたが初めてスタジアムを訪れた時はどうでしたか?
たぶんケヴィンのほど強烈な経験じゃなかったと思うよ(笑)。ドルトムントに生まれた者なら、自然と黒と黄色に染まって育つものなんだ。僕の両親や家族も、当然ドルトムントファンだったし、よくスタジアムに行ったね。僕の父さんも同じようにスタジアムに連れて行ってくれたよ。でもいつもってわけじゃない、それはケヴィンならではの経験だね。
――1995年、あなたはPTSVドルトムントからBVBへ移りました。何があったのですか?
ある日曜のことだった。僕は家族と一緒に朝食の席についていたんだ。そしたら父さんがオファーについて話し始めた。ボーフム、ドルトムント、ヴァッテンシャイト、その他いくつかのクラブから来ていたんだ。僕は自分にとって何がベストか考えたんだ。最後はシンプルな決定だったよ、僕はBVBのファンだったからね、ドルトムントに行くことを決めたんだ。
――BVBでの最初の日について、何を思い出しますか?
あれくらいの年頃は怖いものなしだからね、ただただその状況に幸せを感じていた。でも思い出すのは、毎シーズンが始まる時にトレーニングウェア入りのバッグを受け取ることだ。僕はいつもそれが待ち遠しかった。だってかっこよかったし、こう思っていたんだ。「このウェアはプロにも渡されているものなんだ」ってね。まだまだ当時はプロのビジネスとはほど遠いところにいたのが事実だ。でもそんな子供の頃の夢が、腕章がついたトレーニングウェアを着ることで、ある日突然叶った気がしたんだよ。
――そのウェアを着ていたあなたは、学校の体育の授業ではスターだったんじゃないですか?
実は、体育の授業ではトマス・ロシツキーにもらったジャージを着ていたんだ。でも少し歳を重ねてから、ボルシア・ドルトムントからそういうものを持ち出すのはやめたよ。
――野心的なクラブでは、選手たちはシーズン後、ユースから選別されるものですね。あなたはこのイベントにどう対応したんですか?
毎年のシーズン終わり、コーチがロッカールームにやってきて、クラブが僕たちをどのようにプランに入れているかを教えてくれるんだ。席に座って聞く僕たちは、それは興奮したものさ。その前から僕たちは、誰がピックアップされるか話していたんだ。子供たちの両親はトレーニング場に集まって、外で待っているんだ。全員にとって決定的な瞬間なのさ。もしクラブを去らなければならなくなったら、その失望はとてつもなく大きい。一方、次のカテゴリのユースチームに行くことができた選手は、本当に素晴らしい気持ちになれるんだ。そんな感じで、僕はトップチームまで行くことを夢見て、次のコーチが僕の味方で、僕を欲してくれることを願ったものだったよ。
――12~15歳の頃、あなたはどんな役割でプレーしていたのですか?
いたって普通にプレーしていたよ(笑)。それはその後も変わらないよ。その年頃だと、物事がよりタフになってくるから、身体が重要な役割を持つんだ。対戦相手は大きい選手ばかりだけど、僕はその年齢にしては背が低くて細身なほうだった。だからこの状況を解決するために、身体面以外の解決方法を探して、注目を浴びようとしたんだ。
■なぜアーレンへ移籍した?

――2005年の1月、あなたはBVBからロート・ヴァイス・アーレンに移りました。クラブを移る数カ月前に、もうドルトムントでは通用しないと感じたり、何か予兆はあったのですか?
正直に言うけど、それはなかった。クラブにはジュニア・ブンデスリーガにとても強いU16/U17のユースチームがあったんだ。夏の間良い準備ができたし、何かが起きるかもって期待していたんだ。最初の試合の日、僕は右サイドの控えに入った。もちろん満足できるものじゃなかったよ。その後もあまり試合に出られなくて、すぐに気付いたよ。このシーズンは僕にとって難しいものになるとね。BVBの一員としてアーレンでプレーした時、父がユースのコーディネーターにトライアルを受けられないかって尋ねたんだ。それで事が動いたってわけさ。
――あなたがクラブを追われた、というような報道もありましたが、これは真実ではないということですか?
それは正しくないね。僕から志願したことだ。でもそう考えられたのも確かだ。僕はあまりに小さくて痩せっぽちだと思われていたから。ボルシア・ドルトムントやボーフム、シャルケ、バイエルンのようなビッグクラブのU17やU19でプレーすることが素晴らしいことだと思っていた。でも年を重ねた時に一番大事なことは、プレーを楽しむことだ。それが成長や成功につながる唯一の道なんだよ。もちろんすべてが思うようにはいかない時もある。それを乗り越えて、正しい道を進まないといけないよね。もし先行きが不透明になった時は、自分の考えをちゃんと持たないといけない。僕は比較的早いうちにそれができたから、アーレンに行く決断ができたんだ。
――低身長がカギになったということでしょうか?
いや、常にクオリティが最初に来る。それがあれば相手にプレーさせることもないからね。そこには小さいとか痩せているだとかは関係ない。だから、体格がカギになるなんて、今日まで考えたこともないよ。もちろん今だから笑い飛ばせるけど、当時はこういう考えに至るまで本当に大変だった。
――かつてあなたを指導したドルトムントのピーター・ワジンスキはたまにしかあなたを起用しませんでした。アーレンに行く前に彼と話をしましたか?
1度か2度だけ話したけど、彼が何と言っていたかはっきりとは思い出せないよ。たぶん彼は、他の選手の方が優れているとか言っていたと思う。それがフットボールだよね。自分を気に入ってくれて、味方になってくれる人もいるし、その逆もあるってことだ。成功するための選択肢として、クラブに残って戦うことも、クラブを変えることもできる。
――思い返すと、ワジンスキは自身の決断を断固として誤りとは認めない人間でしたね。彼に何か言ったりしましたか?
そういう話題はメディアに溢れているよね。僕は彼が間違いを犯したと思ったことはないし、僕が何か違うことをすべきだったとも思わない。ただなるようになったというだけさ。
――アーレンについての第一印象は?
あのチームも、ジュニア・ブンデスリーガでプレーしていたから、レベルはBVBと似ていたよ。ノルトライン=ヴェストファーレン州の各地からすごい才能を持った選手たちが集まっていた。だからこそ比較的早いうちから成功できたんだ。僕は冬にチームに加わったから、適応するのに少し苦労した。機能的なチームに後から加わるっていうのは、難しいことなんだ。でもみんなが僕を受け入れてくれた。それも良いパフォーマンスをする上でとても大事なことなんだよ。
――U19アーレンで君はU19BVBと3試合をして、3ゴールを決めました。この結果には満足していますか?
よく覚えているよ。ブラッケルの練習場があるところだ。今は僕たちの公開トレーニングが行われているすぐそばだよ。とても興奮していたよ。すぐに何かやってやろうとは思わなかったね。でも良いパフォーマンスを見せられたから、試合後はハッピーだったよ。
――グロスクロイツもアーレンでプレーしました。トレーニングでは一緒にいたみたいですね。
ケヴィンはすでにプロとして、確立された選手だったよ。僕はアーレンに移ってから2年後にトップに上がれたんだけど、それからはいつも一緒に電車に乗ってトレーニングに向かっていたよ。ドルトムントの2人の少年が、毎日一緒にアーレンに通った。そして数年後、本来のクラブで再会した。素晴らしいことだよね。
――アーレン在籍時、グロスクロイツはアーレンでの試合前にBVBのアウェーマッチの観戦に行っていたと言われています。あなたにもそういったことはありましたか?
いいや、正直全然。ケヴィンはうまくやったんだろうね(笑)。もし僕らの試合が金曜に、そして土曜にドルトムントの試合があったとしたら、彼はきっとそのチャンスをつかんでお父さんと一緒にスタジアムに行ったんだろう。彼のお父さんもクレイジーだからね。僕はそこまで強烈なファンじゃなかったから、BVBの試合はだいたい家で見ていたよ。
■友人ケヴィンは復帰へ、そしてロイスは…

――2009年、グロスクロイツがBVBに戻った一方で、あなたはグラードバッハに移りました。
アーレンはとても良いチームで、当時は素晴らしいシーズンだった。僕たちが別々の道に行ったのは、成功をつかむためだった。ケヴィンは世界中からオファーがあって、その中でドルトムントを選んだってだけだ。まさに彼のクラブだったからね。ケヴィンは小さい頃からの夢を叶えたんだ。そして僕はボルシアの別のほうを選んだ。個人的にはとても良い決断だったと思ってるよ。
――その時は、ドルトムントはあなたに関心を持っていたのでしょうか?
それはわからない。当時のBVBはそんなに大金があるクラブじゃなかったから、移籍市場でも大々的には動けなかったと思う。ドルトムントはケヴィンとサインして、僕はグラードバッハからオファーをもらった。すぐにグラードバッハに行きたいと思ったよ。でもドルトムントからもオファーがあればどうだったか、それはわからないけどね。
――なぜグラードバッハに決めたのですか?
僕は継続することが好きで、アーレンにもう少しいたかったんだ。最初のシーズンでは2部リーグで27試合に出場した。ここから次のステップに進むのはまだ早すぎると思っていたんだ。ただ、マックス・エベール(SD)は僕をとても気にかけてくれていたし、何度かモンシェングラードバッハを訪れて、スタジアムや設備を見させてもらった。それがすごく印象的だったんだ。そして、父と代理人は僕が望む道に進めるように戦ってくれたね。
――エベールとの最初の会話はどんなものでした?
マックスは素晴らしい人だよ。今でも機会があれば手紙を交わしているんだ。称賛の言葉しかないよ。何年もあの立場で素晴らしい仕事をしているし、人格も完璧なんだ。プライベートでもいつも人の話に耳を傾けているんだ。初めて会った時、すぐに相性が良いって思ったよ。もちろん、僕は一度保留にしたんだ。自分は2部リーグから来た人間で、クラブもそこまで高く評価してくれていないことはわかっていた。自分が優れたクオリティの持ち主だなんて見積もれなかった。だから少し時間が欲しかったんだ。だけどマックスはいつも僕を支えてくれた。本当に心から感謝しているよ。
――そして、2012年の夏、BVBに戻りました。どのようにしてその決定を下したんですか?
当時、グラードバッハで本当に快適だったんだ。チームは強かったし、僕はこのまま続けたいと思っていた。さっきも言ったけど、僕は継続性を求めるタイプなんだ。翌シーズンにはチームはヨーロッパでプレーする。そのためのチーム作りをしていたんだ。こんなこと何年もグラードバッハではなかったことだった。でもその一方で、出身クラブが自分を取り戻したいと言ってくれることなんて、そう何度もあることじゃないだろう? 行くべきか否かのポイントを書き出したりして、何度も何度も考えたよ。その結果、僕はBVBに戻る決断を出した。割と早めに決まったよ、結局は心が決めたことだ。
――ユルゲン・クロップとの最初の会話を覚えていますか?
そうきたか(笑)。ユルゲンはまるで動物だよ。みんなはたぶんテレビで見る彼しか知らないだろう。ユルゲンはじっと座っているとオーラのある人で、アグレッシブだ。話す時には熱意があり、人としての大きさを感じさせる。とても印象的な人間だよね。彼のような話し方の人間は、たぶんプロの世界にはめったにいないと思う。彼はその言葉で人を引き付けて離さないんだ。彼と話した後は心がふらふらしたよ。彼の存在は、間違いなく僕がドルトムントとサインを交わした理由の一つだ。
――クロップは情熱の人だと言われています。彼は話し方だけではなく、内容でもあなたを納得させましたか?
シーズン前はいくつものプランを立てられる。だが目に見えない出来事も生じうるんだ。システムの変更やケガのようなことがね。そうなると物事は全く違った方へと向かう。クラブがある選手と契約したがった時、大切なのは監督がその選手に哲学を伝えられるか、それに見合った選手かということだ。それは僕も変わらない。あの年、香川真司がマンチェスター・ユナイテッドに移籍したけど、僕は彼の控えだった。僕たちは、彼が僕をどのポジションとして見ているのか、どこなら僕自身をより良くできるかについて話し合ったんだ。ユルゲンは選手を成長させて、より良いものへとしてくれる。それはとても重要なことなんだ。彼はトレーニングや個人間の交流においても、特別な方法を持っているんだよ。
■ゲッツェの「禁断の移籍」には…
imago images――2013年の夏、マリオ・ゲッツェがバイエルンへと移籍しました。4月のレアル・マドリーとのCL準決勝第1戦の直前にはすでに公然のものとなっていましたよね。この移籍についてどう思いました?
僕は家にいたんだ。ベルが鳴って、マリオがドアの前にいた。彼は個人的に教えてくれたんだよ。クラブを離れ、別々の道に行くことになるとね。その瞬間は、何を言えばいいのか、どう考えるのがいいかわからなかった。僕はクラブに来たばかりで、僕たちは良いコンビだと思っていたからね。だから、彼の決断は僕にとって理解するのが難しいものだった。来シーズンに向けて良いチームになっていると感じていた。実際に、僕たちは日に日に良い感覚でプレーできるようになっていたんだ。
――この移籍に対して怒った?
それは言いたくないね。だけどもちろん、最高の選手とプレーをしたいと思うものだ。その最高の一人が行ってしまうんだ、受け入れるのは難しいよ。結局は、みんなそれぞれの決断をしなくちゃいけない。一つのキャリアしかないのだからね。それが彼にとって正しい決断だったのなら、みんなはそれを受け入れないといけない。
――その移籍に対するリアクションは難しいものだったんですね。何を経験しましたか?
レアル・マドリーとのCLの試合前、マリオに会ったんだ。彼は車の後部座席に座っていて、ファンが彼のことを待っていた。簡単な状況ではなかったよ。僕は彼が何を経験し、何を感じていたかわかってる。それを自分で感じたいとは思わないね。とてつもないプレッシャーが彼の肩にのしかかっていた。他の人たち、そして僕にだってそれは理解できないよ。マリオはその状況をうまくコントロールしていた。素晴らしいプレーをしたし、最初のアシストも記録した。彼は尊敬に値する選手だよ。僕たちはタイミングやメッセージの出し方を話す必要はないんだ。幸運にもファンは僕たちの味方でいてくれた。そうでなければ、ああいう試合はできなかったはずだよ。
――そのリアクションは、フットボールビジネスがどれほど人々の間で膨らんでいるかを示したのでは?
トッププレイヤーがクラブを離れる時、当然ファンは落胆するよね。最高の選手たちにはクラブに残っていて欲しいものだ。でも、選手のことを理解してやってほしいし、別の道を行くと決めたその決断を受け入れてあげて欲しいんだ。もちろんそれに対して議論することもできるよ。その決定が正しいものか誤りかってね。そのあとはスマートになって欲しい。マリオは素晴らしいダイヤの原石だった。クラブを離れて以降、彼はいつも僕たちの前に立ちはだかったし、彼のおかげでバイエルンはより強力なチームになった。だからファンはなおさらガッカリしただろう。苦しみが2倍になったんだ。
――レアルとのファーストレグでは4-1と快勝したけど、セカンドレグでは追い上げられるタフな展開になりました。このジェットコースターみたいな1週間はどうでした?
この年、僕はチームにすごく期待していたんだ。実際ほとんどのことができたよ。信じられないくらい良い状態だった。とてもスピードのある選手たちがいたし、ファイターもいた。安定して、かつ深みのあるチームが出来上がっていたんだ。レアルとの第1戦はロナウドの同点弾が決まった後でも大きな差はないと思っていた。もちろん難しい試合だったし、いくつかの点で僕たちは激怒していた。
――セカンドレグでは?
まさに地獄だったよ。最後の10分は僕のキャリアの中でも最も長い10分間だった。あの時サンティアゴ・ベルナベウの観衆の声はどんどん大きくなって、ピッチ上がどんどん狭くなっていくように感じたんだ。レアルのゴールは比較的遅い時間に、僕たちが大きなチャンスを迎えた後に決まった。試合終了のホイッスルが鳴った後、感情的に解放された。ただそれ以上にへとへとになったよ。あの試合はとにかく消耗が激しかった、特に精神的にね。でも素晴らしい瞬間だったよ。
――今振り返ってみて、バイエルンとのCL決勝をどういう風に評価できますか?
前半の僕たちはとても強いチームだった。前半のうちに1-0とリードを奪えていたら違った展開だっただろうね。でも結局それができず、バイエルンはそれをものにした。彼らは正しい時間に正しい手段で点を取ったんだ。アリエン・ロッベンのゴールが決まって、万事休すだった。
――当時あなたは23歳。30歳になった今、BVBのキャプテンです。役割に変化はありますか?
僕個人からすれば、今もサッカーを楽しむことに集中しているよ。僕は基本的には責任を自覚しているんだ。それを乗りこなす術を何年もかけて身につけるんだ。22、23歳の頃には難しいだろうけど、26、27歳くらいになればわかってくるものなんだ。どんな責任を負っているのかをね。基本的に、チームのメンバーは全員が責任を自覚すべきだと思う。だけどその上でキャプテンは他の選手以上の責任を負っているんだ。チームを引っ張り、難しい状況でも先頭に立たないといけないからね。確かにこの役割は僕にとって新しい状況だね。成長するにつれて役割は増えるし、言うべきこととそうじゃないことがわかってくるものさ。
――最近父親にもなりましたよね。人生に変化はありました?
世界で最も美しい気持ちを手にしたよ。次に何が待っているのか想像もできないんだ。永遠にとどめておきたい感情だよ。言葉にできないね。以前はさほど大事に思わなかったものに気付くんだ。僕を必要としてくれる子がやってきた。何を求めているのかをまだ言葉では伝えられない小さな子だ。毎日本当に素晴らしく美しい瞬間を迎えているよ。心から楽しんでいるよ。
インタビュー・文=ニクラス・ケーニッヒ/Niklas König
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「※」は提携サイト『 Sporting News』の提供記事です



