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パワハラ報道から試合日まで、湘南の一週間。指揮官、選手、フロント、サポーターは何を思うか

15:00 JST 2019/08/19
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いままでに経験したことのない、特異な精神状態でキックオフを迎えた。ベンチで大きな存在感を放つ指揮官がいない。チームを取り巻く状況は、報道を介して理解している。ただ、混乱に陥った理由や経緯がわからない。それでも試合は必ず訪れ、勝利を目指して全力で戦わなければいけない。

しかも、世間の大きな注目も集めている。だからこそ、らしさを前面に押し出したい。そんな思考回路のなかで平常心を気負いが大きく上回ってしまったのか。17日にホームのShonan BMWスタジアム平塚でサガン鳥栖と対峙した、湘南ベルマーレの選手たちは異口同音に前半を振り返った。動きが硬かった、と。

■浦和復帰の武富は曹監督の愛情を強調

前身の藤和不動産、フジタ工業、そしてベルマーレ平塚時代を含めて、半世紀を超えたクラブ史上で最長となる8年目の指揮を執る曹貴裁(チョウ・キジェ)監督に、一部選手やスタッフに対するパワーハラスメント行為疑惑が報じられたのが12日未明。以来、湘南は激震に見舞われ続けた。

オフが明けた13日の練習から、曹監督が練習の指導および試合の指揮を自粛することが決まった。Jリーグによるヒアリング調査が行われる状況を受けて、湘南は公式ホームページ上で「疑義を正しく審査いただくための措置となります」と活動自粛に至った理由を説明した。

練習の指導と試合の指揮は高橋健二コーチが担った。曹監督の下で繰り返されてきた、試合を迎えるまでの流れは変わらない。それでも、どうしても戸惑いや動揺は広まっていく。それらが表面化したのが、15日に急きょ決まったMF武富孝介の浦和レッズへの復帰だった。

28歳の武富は2013シーズンから2年間湘南でプレーし、柏レイソル、浦和を経て、期限付き移籍の形で今シーズンから5年ぶりに復帰していた。夏の移籍期限が16日に迫っていたタイミングでの決断に、湘南を通して発表したコメントのなかで、一連の騒動が引き金になったと武富は明かしている。

「曹監督の下でプレーしたいと思い、今季もう一度ベルマーレに来た自分としては、一時的な措置とはいえこの先がどうなるか分からない状況のまま、100%サッカーに集中できるのか、チームのために力を出し切れるのか、不安を覚えているというのが正直な気持ちです」

チームトップの5ゴールをあげていた武富の決断やコメントから伝わってくるものは、自他共に認める熱血漢で、Jクラブのなかで最も厳しい練習を課すことでも知られる曹監督へ寄せる深い思慕であり、騒動の行き先が不透明になっている現状だ。武富は同時にこんな言葉も綴っている。

「いろいろなことが言われていますが、僕自身は曹監督の指導には愛情があったと思っています」

■フロントは粛々と調査結果を待つ

鳥栖戦を直前に控えた17日午後2時から、湘南はスタジアムに隣接する平塚公園総合体育館で「ベルマーレクラブカンファレンス」を開催している。定期的に行われているクラブとサポーターとの意見交換会で、46回目を数えた今回は偶然にも騒動の渦中で迎えることになった。

当初は200人規模の会議室が用意されていたが、サポーターの関心も高まっていたのか。約600人が集まったこともあり会場は急きょ武道場に変更され、報道陣にも特別に公開された。出席した湘南の眞壁潔代表取締役会長は冒頭の約15分間を、一連の騒動に対する謝罪と話せる範囲での説明にあてた。

時期に関しては明言しなかったものの、眞壁会長によれば、一部スポーツ紙で報じられる前にJリーグからヒアリング調査の要請が届いていたという。しかし、調査の具体的な内容に対する説明はなく、クラブとして「調査を粛々と待っていた」という状況で曹監督のパワハラ行為疑惑が報じられ、初めて状況の一部を把握するに至った。

オフだった12日に眞壁会長以下のフロント幹部、そして曹監督が神奈川・平塚市内のクラブ事務所に集まって対応を協議。そのなかで、Jリーグによるヒアリング調査が終わるまで曹監督が活動を自粛することが決まった。一連の流れを、眞壁会長はサポーターに対してこう説明する。

「(曹監督が)推定重要参考人なのであれば、彼を守るため、選手たちを守るためという意味で、彼に頭を下げて『来ないでほしい』とお願いした。彼も了承してくれて、現在の体制になりました」

一夜明けた13日の練習前には眞壁会長、水谷尚人代表取締役社長、坂本紘司スポーツダイレクターが選手たちに状況を説明。ミーティングでは特に質問は出なかったというが、11日のジュビロ磐田戦で痛快な逆転勝ちを収め、11位へ順位を上げた直後の急変に戸惑うな、と言うのも無理がある。

急きょ非公開とされた練習を終えて、クラブハウスへ引き上げてきた選手たちのなかで自ら立ち止まり、偽らざる思いを語ったのが齊藤未月だった。小学生年代のジュニアからの生え抜きで、曹監督から大きな薫陶を受けてきた東京五輪世代でもある20歳のボランチは努めて前を向いた。

「昔から曹さんに依存している、と言われてきた部分もあるなかで、僕自身も考えることが本当に多くなりましたけど、それでも試合はやってくることを考えれば何も恐れることはない。僕たちの仕事はサッカーをすることなので。そこの覚悟はできています」

選手たちの胸中を代弁するような言葉は、眞壁会長のもとにも伝わったのだろう。クラブカンファレンスの席上で、同会長は「サッカーに向き合おうとしている(選手たちの)姿を見て、サポートしなければいけないと思っている」と、サポーターへ向けてこんな言葉も残している。

「コンプライアンス案件のテーブルに乗った段階で、我々には守秘義務と調査に協力する義務が生じている。(曹監督とは)2005年からの付き合いで、兄弟のような関係ですけど、それでも我々がしなければいけないのは、彼がルールを犯したのかどうかをしっかりと調べること。Jリーグの調査と向き合って、ちゃんと結果を出して先に進んでいきたい。さらに上へ行く機会にしたいと思っています」

■曹監督が定義する「叱る」と「怒る」の違い

今回の一件は7月に入って、日本サッカー協会が設置している「暴力等根絶相談窓口」に、曹監督による暴言や威圧的な態度などのパワハラ被害を訴える情報が、匿名で通報されたことに端を発する。

京都府で在日韓国人三世として生まれ育った50歳の曹監督は、京都府立洛北高校から早稲田大学へ進学。卒業後は日立製作所(現レイソル)や浦和、ヴィッセル神戸でプレーし、川崎フロンターレのアシスタントコーチに就任した2000年から指導者の道を歩み始めた。

川崎Fのジュニアユース監督、セレッソ大阪のコーチを経て2005年に湘南入り。U-15及びU-18の監督、トップチームコーチを経て2012年から初めてとなるトップチームの監督を務め、長くJ2に甘んじてきた湘南を3度のJ1昇格、そして2度のJ1残留に導いてきた。

20年目を迎えた指導者人生で、曹監督が座右のとして大切にしてきた造語がある。一期一会ということわざをアレンジした「一期一真剣」を、その年に出会ったすべての選手を分け隔てなく愛することから実践し、試合に出る、出ないに関わらず、充実した時間を過ごさせたいと努めてきた。

そして、資金的にも戦力的にも決して恵まれているとは言えない湘南を、Jリーグでも異彩を放つハードワーク軍団へ変貌させながら、曹監督は「怒る」と「叱る」の間に明確な一線を設定。熱さと激しさを前面に押し出し、日々勉強する戦術や戦略と融合させる指導に徹してきた。

曹監督の定義では「怒る」は自身が抱くネガティブな感情を周囲に発信する行為であり、そこから生み出されるものは何もない。一方で「叱る」とは厳しい言葉を発する自分を、もう一人の自分が客観的に見ている行為であり、過去に発表した2冊の著書ではこう記している。

<叱ったときに発する言葉は、相手が『自分のために言ってくれている』と受け止めてくれていると僕は思っている>

しかし、ハラスメントは受ける側の意識に大きく依存してくる。曹監督の言動を「叱られている」ではなく「怒られている」と受け止めた、一部選手やスタッフがいたかもしれない。真偽のわからない、さまざまな報道が飛び交っているなかで、パワハラ行為の有無に関してはJリーグの法務担当弁護士によるヒアリング調査の結果を待たなければいけない。

もっとも、今後の見通しについては、眞壁会長もクラブカンファレンスの席上で「調査の日程は申し上げられないし、いつ終わるかもわからない」と長期化することも示唆している。

「調査が終わった段階でどうなるのですか、と聞いても『弁護士の判断で次のステップが決まるのでお答えできません』となります。Jクラブの一員としてJリーグに参加している以上、このルールは守らなければいけない。もう僕たちが手を出せる状況ではありません」

■サポーターの愛情が選手に胸を張らせる

曹監督のもとで育まれた戦い方は、いつしか「湘南スタイル」と命名された。相手を上回る走力をベースに、攻守両面で「前へ」のアグレッシブさを貫き通す必死な姿が、ファン・サポーターを感銘させて久しい。しかし、指揮官が思い描く「湘南スタイル」の定義は戦術とは別の次元にある。

<スタンドのファンやサポーターとピッチ上の選手たちが常に気持ちをシンクロさせながら、これがベルマーレのサッカーだと胸を張れる空間を作り出すこと、となるだろうか>

曹監督の著書で記された「湘南スタイル」の定義が、鳥栖戦で具現化されかけた。41分に2点目を失った直後に選手たちが自主的に自陣で円陣を作り、曹監督不在という状況へ不安があるなかで必要に入れ込みすぎ、動きが硬くなっていることを認め、原点に返ろうと誓い合った。

反撃のゴールをFW松田天馬が決めたのは、わずか2分後の43分だった。エンドを変えた57分には、曹監督がベルマーレU-15を率いた2005年から子弟関係にあり、指揮官の薫陶を誰よりも強く受けてきたMF古林将太が今シーズン初ゴールを決めて同点に追いついた。

その後に何度か作ったチャンスを決め切れず、6分が表示された後半アディショナルタイムの最後に鳥栖のDF金井貢史にまさかのゴールを決められた。勝ち点を手にすることはできなかったが、メンタルを立て直し、逆転勝利へ限りなく近づいた過程こそが、まぎれもなく「湘南スタイル」だった。

いつかは湘南を離れる時期が訪れると語ったことがある曹監督は、自分が去った後でも「湘南スタイル」の定義が普遍的なものとして受け継がれ、地域の象徴になってほしいと夢を描いていた。鳥栖戦のゴール裏フェンス沿いに登場した、長さが40mはある巨大な横断幕に綴られた言葉は、指揮を執ってきた8年間の日々で、曹監督の夢がすでに成就していることを物語っている。

「このエンブレムのもとで、選手コーチングスタッフ・フロントスタッフと共に1つになって戦える湘南ベルマーレという愛するクラブを、俺達はこれからもいつまでも愛している。ベルマーレは俺達の人生。」

試合後には万雷の拍手と声援が絶え間なく降り注ぎ、下を向きかけていた選手たちに胸を張らせた。全員の思いを代弁するように、キャプテンのDF大野和成が声を振り絞った。

「正直、いろいろなことがありましたけど、やることは変わらないし、僕たちには積み上げてきた湘南のサッカーがある。それを信じて、前へ進むだけだと思っています」

図らずも曹監督が不在となった一戦で、これからも直面するであろう荒波を乗り越えていくための羅針盤を、湘南ベルマーレというクラブに関わるすべての人間があらためて共有できた。息つく間もなく戦いは続く。オフから明けた20日の練習から、湘南は雄々しく、愚直に前へと進んでいく。

取材・文=藤江直人

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