デンベレは“次世代のロナウド”となれるのか…バルセロナで試されるのは人間性?

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20歳のデンベレは常に自信を持ってピッチに立っている。しかし、カンプ・ノウで成功を収めるためには、まだまだ覚えるべきプレーがあるようだ。

先日、ウスマン・デンベレがドルトムントからバルセロナ移籍することが発表されたが、その契約内容はまさに段違いのものであった。それはボーナスを含む1億4,700万ユーロ(約191億円)という史上2番目の移籍金についてだけではなく、ドルトムントより前に所属していたレンヌにとっても最高額のお金が動くという点でだ。

レンヌは1年前、ドルトムントにデンベレを売却した際の移籍条項に組み込んだ条件によって、今回の移籍によりおよそ2,000万ユーロ(約26億円)の大金を得ることになる。この額はレンヌが2000年にシャバニ・ノンダをモナコに売却した際の移籍金以上のものであり、デンベレをドルトムントへ売却した際に得た1,500万ユーロ(約19億円)以上のものとなる。2年ほど前にデンベレを0円で失う可能性のあったレンヌにとっては、とんでもなく“おいしい話”であろう。デンベレは、自身がまだプロサッカー選手になる前に、マンチェスター・シティやレッドブル・ザルツブルク、ベンフィカなどのクラブから興味を持たれており、当時2017年6月までのアマチュア契約を結んでいたレンヌとのプロ契約を結ぶことを断固拒否していたのだった。

しかし最終的に今、バルセロナへの移籍が実現したことはまさに彼の夢が叶ったことを意味する。電光石火のスピードを武器とする弱冠20歳のデンベレは、若い頃から自分の目標を達成するミッションを自身に課していたのだ。 Ousmane Dembele PS

■図抜けていた少年時代

少年時代、デンベレはどこへ行くにもサッカーボールと一緒だった。母親と買い物に行くときはドリブルをしながら店に入っていき、寝るときには毎晩ベッドにボールを持ち込んでいた。そんな彼が技術を磨いた場所は、彼が住んでいたパリ北西部の小さな街、エヴリューの家の裏にあった公園だった。その当時でさえ、彼がとてつもない才能の持ち主であることは明らかだった。小学生時代からデンベレをよく知る友人のムスタファ・ディアッタは、『レキップ』紙のインタビューでこのように語っている。

「困ったときには、デンベレにボールを渡せば彼が何とかしてくれたんだ。僕達は兄弟のような関係だったね。彼が僕達のチームを勝たせてくれて、それでみんなハッピーだったよ」

また、少年時代のデンベレを指導したグレゴリー・バドゥーシもこう話す。

「デンベレはチームのためにプレーしなければならないことを分かっていたよ。私がそういう話をしても、聞く耳を持っていたしね。家族からもよくしつけられていて、素晴らしい心を持っていたんだ。僕はその心をいつまでも持ち続けて欲しいと思っていたね。それに彼には意志の強さと忍耐力があったんだ。デンベレは、当時から自分が将来どこでプレーしたいか分かっていたと思うよ」

その頃、もしバルセロナが彼にとっての目的地であったのであれば、レンヌはそのために必要な飛び石でなければならなかった。そこでレンヌはデンベレの母親と姉妹、そして弟という家族全員を彼とともにブルターニュ地方に呼び寄せ、安定した生活を与えた。結果、6年以上に渡る家族の献身ぶりは報われる形となった。

「デンベレはかなり若くしてレンヌにやってきたけど、当時からすでに独特な柔軟性やリズム、ドリブルのスキルといった最高のテクニックを持っていたね。私たちは彼が右利きなのか左利きなのか分からなかったくらい、どちらの足でもボールをうまくあつかっていたんだ」

当時レンヌでデンベレを指導したヤニック・メヌはそう振り返った。

Ousmane Dembele Silvestre PS

■磨いた長所が弱点に?

ときに才能があるがゆえ、デンベレの個人プレーは、他の選手たちを苛立たせることもあった。デンベレは常に5、6人をドリブルで抜きにかかるのだが、そこでボールを失うこともあったからだ。しかし彼は努力し、少しずつ個人プレーに走りがちな部分を抑えるようにしていった。そして次第にそれが彼の長所となっていった。ところが、彼がファーストチームに食い込んで行こうかという頃、その努力が裏目に出ていることに気が付く。この事実については彼の代理人であるバドゥ・サンバゲ氏が『レキップ』紙のインタビューで詳しく話している。

「デンベレは気弱すぎるところがあり、それが致命的な彼の弱点になるだろうとは言われていたけど、まさにそれがマイナスとして出てしまったのは、フィリップ・モンタニエが監督だったときだね。フィリップは『デンベレはまだファーストチームでトレーニングさえできるレベルではない』とはっきりと言っていたよ」

この状況に怒りをあらわにしたデンベレは、練習をボイコットし、不平不満を口にするようになっていった。

「僕は100パーセント信頼してくれるクラブでプレーしたいんだ。でもここはそうじゃない。僕はいつもクラブの決定を尊重してきたんだから、クラブも僕のことを尊重するべきだと思うね。僕は自分の意見を変えるつもりはないよ」

■和解後即活躍

このボイコットは1カ月以上に渡って続き、さらに状況を悪化させた。デンベレはトップチームの試合に出られないことで、わずかな収入しか与えられないことにも満足できなかったのだろう。ただ最終的には引き下がり、10月1日にレンヌとのプロ契約に合意したのだった。しかし彼はプロになるやいなや、すぐさま先発出場の機会を掴み、デビュー戦ではゴールを決めた。まさに素晴らしいパフォーマンスを見せたのだ。

「僕は自分のポテンシャルを確信していたんだ。だからこの機会が待ち遠しかったよ」

この試合を振り返ってデンベレはそうコメントを残している。

その後もデンベレは輝きを増し、翌年にはフランスリーグで30年ぶりに10得点以上を記録した若手選手となった。そしてナントとのダービーマッチでは前半だけで3ゴールを決め、レンヌではこの10年間で初めてリーグ・アンでハットトリックを達成した選手となった。

幾つもの記録を塗り替えたデンベレは、他の選手へ与えた衝撃も大きく、2016年2月には元フランス代表DFのシルベストレは彼をこのように称えている。

「彼は将来的にバロンドールを獲得するような選手になると思うよ。マンチェスター・ユナイテッドで彼と同じ年の頃のクリスティアーノ・ロナウドと対戦したことがあるけど、デンベレのプレーを見ていると当時の若きクリスティアーノを思い出すんだ」

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■バルサで輝けるか

この頃になると、他クラブからの注目も相当なもので、2016-2017シーズン前には彼のもとに山のようなオファーが届いた。その中から彼はドルトムントを選び、2016-17シーズンからはブンデスリーガでプレーするようになったのだ。そしてそこでもすぐに印象的なプレーをするようになる。マインツのディフェンダー、レオン・バログンは、当時の衝撃を「試合中、僕はピエール・エメリク・オーバメヤンに、『ワオ! お前のとこに来たこの若いのは一体誰なんだ? 信じられないやつだな』って話したんだよ」と表現していた。

ドイツでは、デンベレは自らゴールを決めるよりも、ゴールを演出するようになった。それはユース時代から彼を指導してきた指導者達が求めていたことが、ようやくここで身に付いたのだ。しかし一方で、バルサとの契約を無理やりにでも進めていたことを見ると、彼の自己中心ぶりはいまなお健在とも言えよう。

とは言え、彼はブンデスリーガで6ゴール13アシスト、カップ戦も合わせると10ゴール21アシストという素晴らしい記録を残した。それは彼のような年齢の選手にとっては抜群の記録である。バルセロナが彼に対して巨額の投資をしたのも、なんら不思議ではない。

チームワークこそが最高の価値とされるバルサで輝くことができれば、デンベレは新のスターとなれるはずだ。そして数年後にはロナウドのようなポジションを確立することも不可能ではない。

文=ロビン・バイルナー/Robin Bairner

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