【サディオ・マネの物語】いつも抱いていた夢と「人生最悪の瞬間」の先にあったもの

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Sadio Mane
幼い頃からサッカー選手になることを夢見てボールを蹴り続けた。彼はどんな思いを持ちながらサッカーを続け、アンフィールドにたどり着いたのか? 今なお持ち続ける夢とは? サディオ・マネが、思いの丈を語る。

あなたにとって「最初の記憶」は、どんなシーンだろうか?

お父さんやお母さんと遊んでいる場面? 友だちとかけっこをしているところ? それとも動物園でライオンに吠えられたこと?

サディオ・マネが覚えている最初の記憶は、バンバリの田舎のセディウ村でサッカーボールとじゃれていたことだ。当時2歳。まだ少年より赤ん坊に近い、小さな小さな子どもの頃の話だ。

Goal 50

それ以来……いや、正確に書くなら記憶に残る以前から、マネとフットボールの関係は築かれていた。そしてそれ以来、多くの犠牲を払い、数々の問題と直面し、苦悩してきた。しかしだからこそ、彼はフットボールの世界で羽ばたき、ボールとの絆を強めてきたのだ。

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■ピッチに立てない不安の原点

Sadio Mane Goal 50 image

リヴァプールのメルウッド・トレーニング・グラウンドで単独インタビューに応じてくれたとき、彼はケガをしていた。セネガル代表の試合で負傷し、居場所をピッチからスタンドに移していたのだ。

「正直、プレーできないのに試合を見ているのは辛い。すごく不安で、座っていられなくなるんだ」

「時には席にじっと座っていられないことがある。あっちこっちに動いてしまってね。実際に体が揺れているんだ。何もできないのに、試合を体感しているような気になる。おかしな話だよね。でも、うまく説明できないんだ」

「ピッチに立ったときは自分に『自信を持つんだ』と言い聞かせている。でも試合を見ていることしかできないときは心配でたまらなくなるんだ。家で見ているときは最悪さ。チームの役に立てないことが悔しくてしょうがない。できることは何でもしたいからね……。でも何もできないから、90分間どうしていいかわからなくなってしまうんだ」

そう、胸の内を明かす。それもそのはずだ。彼は2歳以来……もしかしたら、それより前からボールを蹴ってきたのだから。

HD Sadio Mane

少年時代は楽しかった。

サッカー、宗教、そして家族――。

その3つが、マネのすべてだった。プロクラブのアカデミーに通っていたわけでも、芸能人やファッションに興味を持ったわけでもなかった。もちろん、当時はインスタグラムもなかった。それでも、その3つさえあれば、十分だった。

今でこそ、昔より遥かに裕福になったが、サッカーとのつながりが変わることはない。テレビを見る時間の90%はサッカー番組。他に見るとすれば、風変わりなフランス映画くらいだそうだ。

何かに注目するより、注目される立場になった。セネガルの民族衣装を着て買い物に行った際には、Doveを買っているところを撮られてSNSで拡散されたほど。

「どこへ行っても写真を取られるんだ! 普通のこと、してるだけなのに」

そう、恥ずかしそうに笑う。まるで、まだ少年のようなきれいな瞳で。

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■つらかった出来事を乗り越えて

HD Sadio Mane

もっとも、普段は優しいマネもピッチ上では変貌を遂げる。その瞬発力と知性を武器に、立ち向かうディフェンダーたちを恐怖に陥れるのだ。

「ピッチに立つと、いつもと違う自分になるんだ」とマネは語る。

「プロのサッカー選手として一生懸命戦わないといけないし、ハードなプレーが求められる。全力を出さないといけないんだ」

「試合が終わったときに『やれることを全部やり切った。チームの役に立った』と思いたいんだ。ファンのみんなからも、『マネはよくやった』って思われたい。僕はそういう人間だし、いつもそういう気持ちでいる。『ベストを尽くせなかった』と思ってしまうなんて、不幸じゃないか」

Sadio Mane Senegal

リヴァプールの選手として赤いユニフォームに袖を通した最初のシーズンは、すべてが順風満帆というわけではなかった。13得点を決めてクラブ最優秀選手に選ばれた。一方、負傷に苦しみ、左ひざの治療をするために一人だけ早くシーズンを終えることになった。

最も苦しかったのは母国のために結果を残せなかったことだ。

セネガル代表はアフリカネイションズカップ準々決勝、PK戦の末、カメルーンに敗れた。マネはPKキッカーを務めたが、決めることができなかった。

敗退の瞬間、彼はユニフォームで顔を覆い、涙に暮れた。チームスタッフが二人がかりで起き上がらせようとしたが、再びピッチに倒れ込んでしまったほどだ。

「あれは本当に苦しかった」

「サッカー人生の中で最もつらい瞬間の一つだった。僕らは素晴らしいチームだった。団結心があり、前向きで、攻撃なサッカーをしていた」

「勝ち進んで、国民のみんなに喜びをもたらせると信じていた。だけど僕がPKを失敗したせいで、夢が壊れてしまったんだ。最悪だったよ。何度も何度も思い出して『もっとうまくやれたはずだったのに』と思った。PK戦になる前に、もっとうまくやれたはずだった。心がとても苦しくなったよ。国のために戦うことは僕にとってとても大事なことで、国民のみんなを幸せにすることができたはずだったのにね」

GFX Sadio Mane quote

マネが「幸せにしたい」と言った国民からの反応は辛辣だった。セネガルを優勝に導くはずだった選手は、一転して戦犯となってしまったのだ。ダカールに住む家族には罵詈雑言が浴びせられ、伯父から贈られた車がボロボロに壊された。

それでもマネは、自分の過去から、これからの人生から、そしてサッカーから逃げなかった。

「痛みを感じたことすべてを受け入れ、前に進む力に変えたんだ。ポジティブな方向に進むように、ね」

後に行われたトッテナムとの大一番、心に傷を負った男は2ゴールを決めた。その後のアーセナル戦、エヴァートン戦でもゴールネットを揺さぶった。

「精神的に強くならないといけなかった。一生懸命プレーすることだけ考えた。痛みがあるのは仕方ない。そのせいでダメになってしまう人もいるけど、前に進む力に変えていかないといけないんだ」

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■愛していると感じられれば……

Melissa Reddy Sadio Mane

人に優しく、サッカーに誠実で、現実から逃げない。

そんな強い心を持った男を、リヴァプールは信頼している。今年1月、アフリカネイションズカップの際には専用のフィジカルトレーナーを雇って体調管理の手助けをし、敗退が決まったときには開催地のガボンから英国へプライベートジェットを飛ばした。

また、マネのためにメルウッド・トレーニング・グラウンドに礼拝室を作り、専任のコックも雇っている。

HD Mohamed Salah Sadio Mane

「最初の日から、僕を家族の一員のように扱ってくれた」と、マネは振り返る。

「サッカー選手として成功したいなら、リラックスしないといけない。サポートしてもらってサッカーに集中できたなら、そういう状態になれる。ピッチ外でもみんなといい関係が築けている。それはピッチ上を見てくれれば分かるよね。チームが一丸となれば、個人の良さを引き出すこともできる」

さらに「世界で最も熱い」と評されるサポーターの存在が、力を与えてくれると語る。

「ファンのサポートはとても重要だよ。愛されていると感じられれば、それが僕らの背中を押してくれる。だから、どんなことだって成し遂げられるんだ」

マネの加入により、リヴァプールのサッカーは魅力を増した。ロベルト・フィルミーノやフィリペ・コウチーニョと生み出すハーモニーは、ユルゲン・クロップ監督の言葉を借りれば「パーフェクト」。そして今夏、モハメド・サラーが加入したことにより、攻撃の選択肢はさらに増えた。

Sadio Mane

マネはどんな役割、どんなポジションであろうと、リヴァプールに貢献していけると考えている。

「どこでプレーするかは、全然関係ない。オフェンスならどこでもプレーしてきた経験がある。右でも左でも、背番号10としてセカンドストライカーの役目を果たしたこともあるし、背番号9だったこともある」

「僕の役割はピッチのどこにいても同じさ。僕はいつだって、攻撃的で直接的なオプションでなければいけないんだ。ディフェンスもするし、みんなが素早くプレーできるように仕事をするよ」

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■アフリカで一番の選手になりたい

GFX Sadio Mane quote

アンフィールドでの活躍により、マネはバロンドールの30人の候補者リストに名前が挙がった。アフリカサッカー連盟(CAF)によるアフリカ年間最優秀選手賞の有力候補にもなった。

「僕が正しい方向へ向かっているという良い証拠だよ」と彼は言う。そして、より欲しい賞はバロンドールではなく、アフリカ最優秀選手賞だと話してくれた。

Sadio Mane v Arsenal

「アフリカ年間最優秀選手になれれば、とても誇らしいよ。ここまでの道のりは、何もかもあきらめなければならないことから始まった。受賞できれば、僕にとって特別なことになるよ」

「子どもの頃、僕は『いつかビッグクラブでプレーする』とみんなに言って、笑われていたんだ。僕に才能がないという人はいなかった。ただ、セディウからスターが出るなんて、不可能だと思われていたんだ。だけど、僕はいつも夢を胸に抱いていた。『どんなことをしても必ず実現させてやるんだ』ってね」

夢を叶え、欧州屈指のビッグクラブが新たな家となった。しかし、だからといってマネが向上心を捨て、停滞するようなことはない。なぜなら、彼は今も昔も、そしておそらくこれからも、前に進むことを望んでいるからだ。

「自分を信じてきた。一生懸命練習して、準備してきた。だからこそ、自信を持つことができた。どんな試合でも、どんなシーズンでも、前の試合、前のシーズンを超えることが目標だ。自分に伸びしろがあることは分かっている。素晴らしいクラブにいて、スタッフやチームメートにも恵まれている。僕が次のレベルに上がる手助けをしてくれているんだ」

「僕は成長し続けたい。そのために必要なものが何なのか、ハッキリと分かっているよ」

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■世界最高の選手を決める『Goal 50』とは?

『GOAL 50』は過去12カ月の活躍に基づいて世界から50人のベストプレーヤーを選出し、ランキングするアワードだ。世界37カ国にあるGoalの編集長や記者たちが……

・ビッグマッチにおけるプレーぶり
・前年と比べたパフォーマンスレベルの一貫性
・記憶に残る活躍だったかどうか
・所属クラブと各国代表での実績

これらを総合的に判断し、候補者を選定。ポイントの合計でトップに立った選手が「世界最高の選手」の称号に輝く。

■世界最高のサッカー選手50人を見るには?

『Goal 50』に選ばれた選手の多くがプレミアリーグ、ラ・リーガ、ブンデスリーガ、セリエA、そしてリーグ・アンでプレーしています。この“欧州5大リーグ”をすべて見られるのが『DAZN』です。

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文=Melissa Reddy/メリッサ・レディ

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