コウモリが悪夢から覚めるとき…バレンシアの復活と“反撃のウイルス”【連載:リーガは愛憎譚に満ちて】

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スペインのみならず世界中を熱狂の渦に包み込むラ・リーガ。無論、日本もその例外ではない。『Goal』では、愛情深くクラブに心血を注ぐ現地記者に執筆を依頼し、活字でその熱量を余すことなくお伝えする。第1回の主人公は、復活を果たしていざ羽ばたかんとするバレンシアだ。

今季のラ・リーガを盛り上げているのは、世界に誇る2強でも、シメオネ率いる情熱のチームでもない。大きな失望も経験したバレンシアが、復活の狼煙を上げている。

王者レアル・マドリーと打ち合いを演じ、アトレティコ・マドリーとスコアレス、そしてセビージャからは4ゴールを挙げてみせた。いずれも黒星を喫することなく、強豪から勝ち点を奪取。序盤10試合を終えて2位と優勝争いにも絡んでいる。

2001−02、2003−04シーズンにラ・リーガを制し、チャンピオンズリーグの常連でもあった彼らは、しかしながらここ2年は二桁順位に沈んでいた。なぜ彼らは再び息を吹き返し、リーガを席巻する存在になっているのか。

いよいよ本物の薫りを見せ始めたバレンシア。その中枢に迫る。(序文=Goal編集部)

◆悪夢の終わりと、来る目覚めのとき

文=ディエゴ・ピコ(スペイン『マルカ』バレンシア支局)

企画・翻訳・構成=江間慎一郎

降格圏にどれだけ近づいたかに思いを巡らせ、ため息をついてからベッドに横たわった日々は終わりを告げた。アラベス、エイバル、グラナダとの試合に生死を賭けていた日々はやっと過ぎ去った。チャンピオンズを戦うスペイン勢を羨望の眼差しで見つめていた日々は、ついに過去のものとなった。2年半にわたる長い、長過ぎる悪夢が終わり、バレンシアはようやく目を覚ましたのだ。

シンガポールの投資家ピーター・リムがクラブのオーナーとなり、彼の右腕であるレイホーン・チャンが会長を務めてから、終わりの見えない私たちの悪夢が始まった。リムが到着したシーズンには、ヌノ・エスピリト・サント指揮下でチャンピオンズ出場権を獲得するなど、束の間の心地良い夢を見ることができた。だが、それ以降に待ち受けていたのは、外国人オーナーに買収されたクラブの典型的な、悲劇的な運命だったのである。

ヌノ辞任からの2年半、バレンシアはガリー・ネヴィル、ボロ(暫定監督)、パコ・アジェスタラン、ボロ(暫定監督)、チェーザレ・プランデッリ、ボロ(監督に正式就任)と幾人もの監督に率いられ、ジョルジュ・メンデスに頼り切った選手補強が功を奏すこともなく、果たせるかなチームは低迷し続けた。そして昨季途中、私は『マルカ』でこんなことを書き殴るまでに至っている。

「この新聞に記事を書くようになって、もう21年が経つ。しかし現在のバレンシアは、その年月の中で最も酷い。チームをこんな風にしてしまった責任者たちは猛省せねばなるまい。彼らは歴史的なクラブを粉々に、砕片にしてしまった」

私たちがバレンシアに抱えてきた愛情は、やり場を失っていた。けれども、リムたちはどん底まで落ちたことで、「リムは出て行け!」との叫び声がメスタージャに響き渡ったことで、ようやくフットボールとは何かという気付きを得た。無駄な投資と試みで巨大なクラブ然とした虚像を生み出すことをあきらめ、勝つためにすべきことを得心したのだ。

◆クラブを機能させるための必要なこと…変化した哲学

バレンシアは4月に「フットボールを知らない」との烙印をファンから押されていたレイホーンが去り、彼女同様にリムの側近の一人であるアニル・マーシーが後を継ぎ会長となった。そしてマジョルカ会長として2003年にコパ・デル・レイ優勝を果たすなど、スペインフットボール界で辣腕を振るってきたマテウ・アレマニーをCEOに迎えて組織の編成に着手。ボロに代わる指揮官には、マルセリーノ・ガルシア・トラルを招へいした。

クラブの実権を握るのが、リムとその側近であることに変わりはない。しかしフットボールの専門家たちが、クラブ内で然るべき地位を占めるようになったことは大きい。マーシーはアレマニーとマルセリーノに絶対的な信頼を寄せており、クラブとしての決定は無条件に上から押し付けるのではなく、芝生の上で実現すべきことから下されるものとなった。

チームが機能すればクラブが機能する――。

これこそ新CEOアレマニーの考え方だが、シンガポールの投資家がやって来たときから、私たちが願い求めていたことがようやく現実のものとなったのだった(もちろん、リムが財政難に陥っていたクラブの救世主としてやって来たことを忘れてはならない……)。

◆マルセリーノという“ウイルス”

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新体制で臨んだ今夏は、言葉通り揺れ動くものとなった。アレマニーとマルセリーノはコンセンサスを取りながら26の移籍オペレーション(退団19選手、獲得7選手)を実行に移し、チームの顔つきを一新させている。けれども変化の象徴はやはり、チームの輪郭たるべきマルセリーノ以外にいない。リム到着以降、新人監督、解説者、フィジカルコーチらをテクニカルエリアに立たせてきたバレンシアだが、ついに地に足のついた正真正銘の監督を呼び寄せたのである。

勉強家として知られるマルセリーノの代名詞、それはどのチームでも使用していた4−4−2システムになるのだろうか。アストゥリアス出身指揮官は、数多のチームで使用し続けてきたこの4−4−2を「ピッチ上に選手を均等に配することができ、選手の個性にそこまで依存しない」ものと説明したことがある。「一人が前へ出てプレッシングを仕掛ければ、そこを違う選手が埋める。第一に閉じるべきはピッチ中央」との守備の原則を、最も遵守できるシステムである、と。ただし、彼はこうも語っている。

「フィールドプレーヤー10人が献身的に働いて守備の安定を図るのは、私にとってシステムではない」

そこにあるべきは、チームのために働くという義務と気概。その二つに妥協の余地はない。

マルセリーノはシステムはもとより、選手たちの身体に入り込み、彼らを“仕事の虫”、あるいは“真の戦士”へと変容させるウイルスなのである。ビジャレアルでは選手たちがマルセリーノの厳格な指導に音を上げ、彼の解任というワクチンをクラブ上層部に求めた。だが昨季まで病に蝕まれていたバレンシアで、マルセリーノというウイルスは“いい薬”になっている。投与した結果、怠惰なプレーを見せているとスタンドから不平を鳴らされていたロドリゴはスペイン代表に復帰するほどの活躍ぶりを披露し、主将のダニ・パレホは最大の特徴であるゲームメイクだけでなく、ボール奪取において目を見張るような記録を残している。

マルセリーノはハリー・ポッターのように魔法の杖を一振りして、すべてを一変させたかのように思えるが、そうではない。選手たちに血と汗を流させ、歓喜の涙へと誘うのだ。

◆マルセリーノ印の4−4−2、充実の陣容でさらなる攻撃性を手に

加えて、マルセリーノがバレンシアで擁している陣容は、おそらくこれまで率いてきたチームと比べても、最も力が漲っている。それはディエゴ・シメオネが指揮するアトレティコ・デ・マドリーの陣容よりも上との印象を与えるほどだ(少なくとも、アトレティコがジエゴ・コスタとビトロを選手登録できる冬の移籍市場までは……)。

現在のバレンシアにはパレホやロドリゴ以外にもタレントが揃う。そのためにマルセリーノが実践するフットボールも単なる堅守速攻から脱却し、敵陣に居座り続けて守備陣形を崩そうと執着する意思が見受けられるようになった。「攻撃を仕掛ける際、ボール保持者には常に選択肢を用意しなければならない。次にあるのが選手のクオリティーであり、それがどのようなプレーを選択すべきかを決定する」。そう語るマルセリーノだが、現在指導する選手たちの多くは、強気な決定を下せるクオリティーの持ち主である。

インテルから買い取り義務付きのレンタル移籍でやって来たジョフレイ・コンドグビアは、まるで小回りが利く大型トラックのようだ。確かな足下のテクニックと強靭なフィジカルの二物を売りにするフランス人MFは、パレホと欧州屈指とも称せるボランチコンビを結成。彼らは学校の中庭でも一緒にプレーしていたような抜群の連係でもって、攻守の舵を取っている。またパリ・サンジェルマンからのレンタルで加入したゴンサロ・ゲデスは、ボールを持つ度にバレンシアニスタスの口をあんぐり開けたままにしてしまう。脅威的なスピードと剛柔併せ持つドリブル&シュートテクニック……。口を開けているファンは、脳内で夢と魔法の国ディズニーランドを散歩している。

そして昨季にユヴェントスからのレンタルで加わり、今夏に完全移籍を果たしたシモーネ・ザザ。EURO2016での歴史的PK失敗はすでに過去のものとなり、バレンシアのエースストライカーを現在の肩書きとする(今季リーガでは9試合9得点)。リーガ第4節、レバンテとのダービーで控えとなった際にはマルセリーノに対して不満を表したが、次のマラガ戦で鬱憤を晴らすハットトリックを達成。溜め込んだ怒りを、チームの利益に変えられる選手である。以上、少し前のことに鑑みれば、まるで“奇跡”のような補強選手たちのほか、このチームにはメスタージャのボールボーイからアイドルの座まで登り詰めたカルロス・ソレールまでいるのだ。バレンシアの4−4−2には義務と気概のほか、確かな個性が並べられている。

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◆チームに呼応するバレンシアニスタス

起きても続いていたような悪夢が終わり、バレンシアニスタスは朝日に目が眩んでいるようだ。メスタージャの観客動員数は昨季と比べて20%増となっており、スタンドはブランキネグロ(白黒)で再び満たされた。そればかりでなく、約5000人が試合の2時間前にメスタージャに集い、チームバスに大声援を送る圧巻の光景すら生まれている。

マルセリーノ率いるチームに心を打たれたバレンシアニスタスは、メスタージャを物理的にも感情的にも振動させ、選手たちにさらなる勢いを与えていく。リーガ、コパ・デル・レイを中心として、10年毎に何かしらのタイトルを手にしてきたバレンシアだが、そうした偉業を成し得るために欠かせない好循環はすでに形成されている。アラゴン王国に由来するコウモリが翼を広げているクラブエンブレムは、今一度輝きを取り戻した。

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バレンシアは果たして、どこまで到達できるのか。いずれにせよ、ビッグクラブの中のスモールクラブ、アウトサイダーの中のビッグクラブという曖昧かつ納得のいかない定義にもう一度抗う覚悟は備わっている。現実を夢のように塗り替えるべく、コウモリは飛び立った。

文=ディエゴ・ピコ(スペイン『マルカ』バレンシア支局)

企画・翻訳・構成=江間慎一郎

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