ガイナーレ鳥取、岡野雅行代表取締役GM…毎日寝る前に想像する鳥取の未来

2017-10-27-Tottori-Okano
ガイナーレ鳥取の岡野雅行代表取締役GMが、J3という厳しい環境に身を置く背景やクラブの将来に抱く夢について語った。

「理由と言われると分からない。呼び寄せられるんじゃないですかね、そういうところに」

明治安田生命J3リーグ・ガイナーレ鳥取、代表取締役GM“野人”岡野雅行、45歳。

現役時代はJリーグ屈指のビッグクラブ、浦和レッズの看板選手として活躍。日本代表としても25試合に出場している。1997年11月16日、FIFAアジアワールドカップ・フランス大会のアジア第3代表決定戦では日本代表をW杯初出場に導くゴールを決め、日本中に歓喜の渦をもたらして一躍、時の人となった。

その知名度はサッカー界でも屈指。浦和の看板選手としての人気や、快活なキャラクターを持ってすれば、コーチ業や解説業など現役引退後の選択肢は少なくなかったはずだ。それでも岡野はJ3鳥取での挑戦を選んだ。

導かれるように鳥取のGM職に就き、2017年4月には “代表取締役GM”としてクラブの代表権も持った。今も営業や会食、スポンサー回り、講演など多忙な日々を送り、クラブの認知度をより高めるための、より応援してもらうための活動に奔走している。しかし、冒頭の言葉どおり、その職に就いた理由は本人すらもわからないと話す。

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なぜ、あえて茨と言われる道を選ぶのか? そのルーツは岡野の高校時代まで遡る。

「とにかく厳しい高校生活でしたよ。毎日泣いてました(笑)。周りが青春を謳歌しているときに、点呼があったり、正座していたり、お経を読んでいたり毎日毎日、何やってるんだろうっていう生活を繰り返していました。もう本当に地獄のような厳しい生活でしたね」

そんな修行僧のような浮世離れした高校生活を送る中で、道なき道を選び、自ら道を切り開いていく“野人”の人格が形成されていく。すべては自己責任、自分次第。人に何かをお願いするのではなく、まず自分が動く。周囲の人間や環境は言い訳にならない。何事も形にするためにはまず自分が動くことが第一歩、という教えだったという。

「あの厳しい高校から逃げずに卒業したという自信はあると思います。失敗しても諦めずに立ち向かっていくとか、失敗を恐れないとか、そういうところは高校時代に自然と身につきました。人生良いときは良いに決まっている。なので、大変な時にどうやって楽しむか、どう良くしていくかという考え方になりました。その作業が実は一番楽しかったりするんですよね」

高校時代は周囲の懐疑的な声に心を折られることなく、自分の力でサッカー部を新設した。大学時代には「もうサッカーなんて辞めちゃえば」という厳しい言葉を浴びながらも、洗濯係から這い上がりプロへの道をつかんだ。浦和加入後も同級生に「どうせ1年でクビになるから、お金だけは貯めておきな」と言われながら、持ち前の快足で確固たるポジションを築いた。そして、ついには日本代表まで登りつめ、20年のプロ生活を全うした。その根底にあるのは反骨心だ。

「厳しい言葉や無理って言われると燃えちゃうんですかね。“絶対に無理”だということはない。“絶対に無理”っていう言葉こそ、逆に絶対にないと思っているので」

岡野の鳥取での生活は現役時代も含めると9年目となった。現役最後となった2013シーズンにチームはJ3に降格。今季でJ3での4シーズン目を過ごしている。

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2016シーズンは16チーム中15位、今シーズンは第28節終了時点で17チーム中16位。厳しいチーム状況は今も続いている。ピッチ上でも経営面でも「課題だらけ」と岡野自身が分析する中でしっかりと足元を固めることの大切さは忘れていない。

「2020年にJ1に昇格するという目標があるので、もちろんJ2には早く昇格したいです。J3を勝ち抜くだけならば、フィジカル重視の選手を集めてシンプルにボールを前に蹴るサッカーをすれば、その可能性は高められます。ただ、それではJ2で戦えない。だから、うちは育成面の基盤を整えながら、トップではもう少しレベルの高いサッカーを目指しています。それが今は相手に読まれて、成績は伴っていませんがJ2に昇格する早さばかりを選んでいると失うものも多いと思っています」

また、岡野が日々奔走し、地域にクラブやサッカーを根付かせようとしているのは人口最少県の鳥取県。マーケットのサイズは決して大きくない。だが、そのサイズが小さいのであれば、それなりのやり方があるというのが岡野の発想だ。

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「もう9年住んでいるんですが、鳥取には情の厚い人が多いというか、一度仲良くなると強い絆が生まれる。それはガイナーレについても同じです。今は成績が伴っていないから、客足が少し遠のいていますけど、ガイナーレ自体の認知度は高い。チームの成績が一番だと思うんですけど、何かきっかけがあればまた一気にドーンと戻ってきてくれると思います。鳥取には東京のようにいろいろと娯楽があったり、多様性があったりするわけではない。でも、規模が小さいからこその一体感があったり、クラブとして伝えたいことを伝えやすかったりと鳥取だからできることは実感しています」

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絶対に無理なことはない。だからこそ挑戦できる。恵まれた環境ではないかもしれない。その中で岡野を突き動かすモチベーション。それは高校時代に育まれた反骨心と、毎晩寝る前に想像するクラブと鳥取県の未来だ。

「僕が毎日のように夢見ているのは、ガイナーレがJ1に昇格したら、鳥取がどんなことになるのかということ。鳥取にレッズサポーターが大挙して押し寄せることになるわけですよ。当然、『ホテルが足りないぞ』となる。じゃあ、ホテル作らなきゃいけない。『アクセスが悪い』となったら、『新幹線を通すか』となるかもしれない。入場者が増えれば、(とりぎん)バードスタジアムも大きくなる。そうすると鳥取県や県民の皆さんの機運が今よりも高まって、『鳥取をもっとサッカーの県に!』となるかもしれない。そして、練習場やクラブハウスが大きくなって選手の環境が良くなれば、ガイナーレから日本代表選手が生まれるかもしれない。すると今度は、その選手を目当てにマスコミやファンが鳥取に押し寄せる。そうなればビルが建ったり、ショッピングモールができたりするかもしれない。ガイナーレがJ1に昇格するとそんな大変なことが起こって、鳥取自体が活性化するという夢を見ながら今日も寝ます(笑)」

インタビュー・文=Goal編集部

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