アジア王者・浦和レッズの主将・阿部勇樹が背負った“仲間の思い”と見据える究極の目標

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(C) Getty Images

2012年初冬にレスター・シティから浦和レッズへ帰還することを決めてから、阿部勇樹の心には一点の曇りもなかった。2011シーズンにJ2降格の危機に瀕する惨状を遠きヨーロッパの地で見つめていた彼は、相当な覚悟と、それに見合う代償を払って浦和に添い遂げることを決めていた。

ジェフユナイテッド千葉在籍時代には恩師であるイビチャ・オシムから「大人しすぎる」と称され、若き日から主将の責務を背負った。しかしミハイロ・ペトロヴィッチ体制、そして堀孝史体制へと移り変わった近年の浦和での立ち居振る舞いは以前と異なる。個人感情は一切排する。“浦和”を第一義に、集合体の一員として献身を誓う。危機に瀕したら、全身全霊を傾けて立ち向かう。その対象にクラブ、チーム、サポーターの垣根などない。皆を”仲間”と認識するからこそ、阿部勇樹は誠心誠意、その心情を吐露する。

2015年3月4日の埼玉スタジアムでオーストラリア・Aリーグのブリスベン・ロアーに敗戦して埼玉スタジアムのサポーターから大ブーイングを浴びたときに、阿部がゴール前のサポーターへ向けて叫んだ姿を覚えているサポーターも多いだろう。すでにACLグループリーグ第1節で水原三星(韓国)に敗戦していた浦和は、もう後がなかった。ここで希望の灯火を消したら明日はない。阿部はこう言って、”仲間”を諭したのだ。

「だからさ、とにかく一勝しなきゃ始まらないんだよ! あと、もう4試合しかないんだよ! まず勝たなきゃダメなんだよ! おれたちやるからさ! だからさ、一緒に闘ってよ!」

負けてブーイングを浴びることに不満を述べているのではない。その証拠に、阿部はサポーターとのやり取りのあとで臨んだミックスゾーンで、こう述べている。

「ブーイングを受けるのは当然だと思っている。レッズの勝利を期待してくれた方が平日でもたくさん来てくれた中で勝てなかった。僕らも悔しいけど、スタジアムに来てくださっている方々も悔しい思いをしていることが、今日あらためて分かった」

阿部の感情の中に選手、スタッフ、サポーターの線引きはない。浦和に関わる者は等しく”仲間”である。それを再認識したとき、彼の闘争心は火柱を上げるように燃え上がる。

だからこそ、”ミシャ”との別れは悲しかった。志をともにする師が責任を問われる。あれだけ大切にしてきた団結の絆が消え去る。プロの世界では当然の所作であることを承知の上で、その無情さに打ち震えた。こうなれば、残された者は職を追われた者の分まで責任を背負わねばならない。義侠心でも功名心でもない。ただひたすらに、自らの役割を認識して一念を注ぐ。愚直な彼には、それしか苦境に抗う術はなかった。

ペトロヴィッチの後を引き継いだ堀孝史は、トップチームコーチからの昇格。その堀と表向き最も親密だったのは阿部だった。当時はコーチと選手との関係で、ときに阿部がコーチとじゃれ合ったりして場を和ますこともあった。しかし、監督とキャプテンの間柄になってからは振る舞いを改めた。現場の最高責任者に最大限の敬意を払う。それが阿部にできる他のチームメイトへの示しであり、チームを適切に機能させる当然の筋道だった。

チーム最年長の平川忠亮が、阿部の心情を代弁するかのように語ってくれた。

「まずは、俺のような年長者が監督と選手との関係性を正しい方向へ導きたい。堀さんも、新たにコーチから監督になって考えるところがあるかもしれない。その際に、俺のような年長者はチームをひとつにまとめる努力をしなきゃならない」

阿部の思いはひとつだ。それは自らの立場を維持することじゃない。目標を達成するために、自らが為すべきことがある。だからこそ、彼は新指揮官から与えられた4バックのセンターバックという役割に邁進し、監督の意思を選手側の目線で内外に伝達し続けた。

2017年11月下旬。アル・ヒラル(サウジアラビア)との死闘を制し、浦和レッズが2007シーズン以来10年ぶりのアジア制覇を果たしたとき、最後尾に立っていた阿部は両手を突き上げた後、手で顔を掻きむしるような動作をした。涙で目が潤んでいる。泣き虫を自称するが、ここ数年は人前で決して泣かなかった彼の感情を突き動かしたもの。それは歓喜に咽ぶピッチと、スタンドの”仲間”たちの幸せに満ちた表情だった。

「うれしかったですよ、やっぱり。皆が喜んでいる顔、スタンドの顔が見られるから。選手の笑顔もそうですけど、真っ赤なサポーターの笑顔を見るのが一番響くから」

皆の思いを背負うことが闘う原動力になる。そう言って憚らない阿部は、精一杯の感謝を込めて言った。

「簡単な試合はひとつもなかった。今日もそうですけど、自分たち選手たちだけで戦っているわけではなかった。レッズに携わっている方、多くのサポーターも一緒に戦ってくれたことで、僕らもそうですし、観ている皆さんもそういう雰囲気を感じ取ってくれたと思います。それが非常に力強かった」

2012年初頭にレスターから帰還する間際に、彼の言った言葉がフラッシュバックする。

「このクラブを愛する者たちが再びひとつになって変革を遂げねば、このチームは生き返ることができない。それを認識しているからこそ、自分がこの場所で生きる意味は、まだあるのではないかと思ったんだ」

では、2017シーズンの浦和レッズは生き返ったのか? 周囲が歓喜に沸き立つ中で、彼はこうも言い切った。

「ACLという大会に限っては優勝という形で勝ち取れたので良かったと思う。でも、この大会がすべてではないから。まだまだ続いていくし、まだまだ頑張らないといけないなと思います」

皆は、阿部の言葉から直近のFIFAクラブワールドカップを視野に入れていると思うだろう。しかし、彼の視線はもっと先へ向いている。その手がかりは、かつて彼が口にした夢の中にある。

「俺はさ、浦和レッズでJリーグを獲りたいんだよ。それ以外に願いなんてないよ。他の全てを犠牲にしても、俺は浦和レッズでJリーグを獲りたい。それでね、その喜びを皆で分かち合いたい」

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アジアを制した今も、彼は一途な想いのすべてを成し遂げていない。深く静かに、改めて、阿部勇樹は、究極の目標を見据えている。

文=島崎英純

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