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AFC チャンピオンズリーグ

アジア制覇は“未来への羅針盤”…槙野、柏木、西川らが語る悲願の瞬間と新たな挑戦

12:15 JST 2017/11/27
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AFCチャンピオンズリーグ決勝・第2戦で浦和レッズがアル・ヒラル(サウジアラビア)を下し、10年ぶり2度目のアジア王者に輝いた。GK西川周作、MF柏木陽介、DF槙野智章らが、ビッグタイトルへの想いを語った。

埼玉スタジアムの夜空に、浦和レッズの勝利の賛歌『We are Diamonds』が誇らしげに響き渡る。いつもは勝ったばかりの一戦に出場した選手とリザーブの選手が歌いながら、ファンやサポーターと喜びを分かち合う神聖なる光景が、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)の頂点に立った2017年11月25日の夜だけは違った。

ベンチに入れなかった選手、堀孝史監督以下のコーチングスタッフ、クラブスタッフに淵田敬三代表取締役社長までもが加わって肩を組み、一列になって至福の思いに浸っている。

「僕の方から『社長、入ってください』とお願いしたんですよ」

かつてはファンやサポーターが歌っていたところへ、「選手たちも一緒に歌おう」と発案したDF槙野智章が、悪戯っぽく笑いながら舞台裏を明かす。それだけ特別な勝利だった。

試合終了間際に飛び出したMFラファエル・シルバの劇的な一発で、アル・ヒラル(サウジアラビア)を1‐0で撃破。2戦合計2‐1のスコアで手にした、10年ぶり2度目のアジア王者。数々の苦戦を乗り越え、歴史を共有した誰もが感極まっていた。槙野が続ける。

「何回歌っても毎試合、毎試合特別だし、ピッチから見える光景というのはすごいものがあるんですけど、今日は格別なものがありました。ベンチに入れなかった選手やスタッフ、社長も入ってみんなで歌えたのは本当に嬉しいですよね」

待ち焦がれてきた瞬間でもあった。2006シーズンにJ1、翌2007シーズンにはACLを制して以来、浦和はタイトルを求められ続けてきた。昨シーズンのJリーグYBCルヴァンカップこそ獲得したものの、真の実力が反映される長丁場のリーグ戦、そして浦和以外ではガンバ大阪しか手にしていないアジア王者を常に期待されてきた。

しかし、肝心な一戦で一敗地にまみれてきた。それも、聖地と言ってもいい埼玉スタジアムで期待を裏切り続けてきた。例えばリーグ優勝に王手をかけていた2014シーズン。ガンバとの直接対決となった第32節で痛恨の黒星を喫すると、名古屋グランパスとの最終節でも苦杯をなめて、ガンバの逆転優勝をお膳立てしてしまった。

2ステージ制とチャンピオンシップが導入された2015シーズンも、もつれ込んだ延長戦で2ゴールを奪われた末に、準決勝でガンバに屈した。昨シーズンのチャンピオンシップ決勝では敵地で鹿島アントラーズに先勝し、ホームでの第2戦でも開始早々に先制しながらFW金崎夢生に2ゴールを奪われ、アウェイゴール数の差で下克上を許した。

J1連覇を達成したサンフレッチェ広島から2014シーズンに加入し、ゴールの番人を託されたGK西川周作は、胸中に忸怩たる思いを募らせてきたと明かす。

「この素晴らしいスタジアムの雰囲気を3年間経験させてもらいながら、ここぞという時に勝てないと言われてきました。サポーターの方々にも悔しい思いをさせてきたし、自分たちの力でしか払拭することができないと思ってもいたので、リーグよりも先にアジアを取れたことは自信にもなりますよね」

広島から移籍してきた選手が、浦和には少なくない。先陣を切る形で2010シーズンに加入し、広島時代の恩師で、2012シーズンから浦和の指揮を執ったミハイロ・ペトロヴィッチ前監督と再会したMF柏木陽介も、タイトルを渇望してきた。

「めちゃ泣くだろうなと思っていたんですけど。交代してベンチに戻ろうと思ったらピー、ピー、ピーだったので、何か中途半端な気持ちで泣けなかったというか。もちろん、素直に嬉しかったけど」

大一番では青木拓矢とボランチを組んで先発し、後半途中からは長澤和輝とスイッチする形で最前線へ。アル・ヒラルが攻勢を強める中でボールをキープして時間を作り、相手ボールになるとプレスの一の矢としてがむしゃらに走り回った。

最後は足がつったほど奮闘した。93分にMF梅崎司との交代を告げられた直後にアジア制覇を告げる主審のホイッスルが鳴り響き、しばらくすると大会MVP獲得という予期せぬ吉報も飛び込んできた。「個人的にはMVPをもらえるようなプレーはしていないんだけど」とはにかみながらも、支えてくれた仲間たち、そしてファンやサポーターへの感謝の思いを口にした。

「自分一人では戦えないし、僕自身は周りに生かされて、周りを生かすことのできる選手だと思っているので。サウジアラビアのチームは攻守の切り替えが速いというイメージはないんだけど、みんな真面目に頑張るし、上手いし、やりづらさというものがあった。スタジアムの雰囲気を含めて、みんなの勝ちたいという気持ちが勝ったと思う。連戦じゃなかったら今夜くらいパッといかせてほしいというか、むしろここでビールかけをしてワーッとやりたかったんですけど」

そして、槙野だ。約1年間在籍したブンデスリーガのケルンから、恩師と慕うペトロヴィッチ監督が就任した浦和へ期限付き移籍し、翌2013シーズンから完全移籍に切り替えた。浦和の一員として迎えた6年目で、アル・ヒラル戦前には最大級と言っていい武者震いを覚えた。

入場時に視界へ飛び込んできたのは、メイン、バック、そして南北のゴール裏のすべてが連動した美しく壮大なコレオグラフィー。自身のインスタグラムに「人生かけて闘います!!」と書き込んでいた槙野の闘志とモチベーションは、鳥肌とともに極限まで高まった。

「アウェイでアル・ヒラルのサポーターが作った6万人(のコレオグラフィ)もすごかったけど、今日はもっとすごいものを見ました。手をつないで一緒に入ってきた女の子も、あれを見て動けなくなったほどですから。浦和に関するすべての人たちが作り上げ、僕たちを引き上げてくれたからこそ、実力以上のものを出せたと思います」

日々の練習でファンやサポーターと積極的に交流する槙野は、ちょっとした違和感を覚えることがあったと打ち明ける。「昔は強かったんだよ」という言葉をかけられた時だったという。

「昔の強い浦和というのは正直、僕はわからないですけど。ただ、『昔は』という言い方にすごく引っかかるものがあったんですよ。こうして大きなタイトルを取ったことで、少しは皆さんのイメージが変わることを願っているし、もちろんこれで満足することなく、もっともっと素晴らしい結果を出していかないと。2007年はクラブワールドカップを3位でフィニッシュしたんですよね。次はその目標ですよね。それを超えなきゃいけないと思っています」

広島時代からともに戦い、苦楽をともにしてきたペトロヴィッチ監督は7月末に事実上“解任”された。恩師が残した遺産に敬意を表しながら、コーチからバトンを引き継いだ堀孝史監督のもとで、前任者のスタイルとは対極の位置にある、堅守速攻を軸に据えた結果を重視するスタイルを練り上げてきた。

すでにJ1優勝の可能性は消滅し、来シーズンのACL出場権を獲得できる3位以内にも入れない。慣れ親しんだ「可変システム」から、ハリルジャパンにも共通する「4‐1‐4‐1」に変わった中で、死闘の連続の末に手にしたアジア王者が未来へ進む羅針盤となる。

UAE(アラブ首長国連邦)を舞台に、来月6日に開幕するFIFAクラブワールドカップ2017では、アル・ジャジーラ(開催国代表)とオークランド・シティ(オセアニア代表)の勝者と対峙する9日の準々決勝で勝利すれば、レアル・マドリー(ヨーロッパ代表)と準決勝で激突する。

「昨年のチャンピオンシップ決勝で鹿島に負けて、その鹿島がクラブワールドカップで勝ち上がって、たくましくなっていく姿をテレビで見ていました。僕たちも成長していかなきゃいけない」

ファンやサポーターへの恩返しにもなる、ビッグタイトル獲得の余韻に浸るのは一夜だけ。続投が決まった堀体制でも浦和の主軸を務めるであろう広島出身の3人は、万感の思いを胸の奥底にしまい込みながら、決意も新たにアジアから世界へと挑戦の舞台を求めていく。

文=藤江直人

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