今季の目標:主将としてチームを1部残留へ導く
結果:最終節の土壇場で残留確定
採点:90点
■主将としての逆転劇
残留確定を告げる試合終了のホイッスルが鳴り響いた瞬間、背番号24は雄たけびを上げるとピッチに倒れ込んで泣き崩れた。不振に陥るチームの主将を引き受け、ドイツで唯一54年前のリーグ創設から1部を守り続けてきた名門クラブを救うという想像を絶するプレッシャーの重さが伝わってくるシーンだった。
土壇場で残留を成し遂げたHSVだが、現地では“またか”という論調が強い。残留争いに巻き込まれるのは最近4シーズンで3回目。前回も土壇場からの復活劇だっただけに、北部放送局NDRも「全くいつも通りの衝撃」という見出しでシニカルに残留を報じた。あくまで、これまでと同じように自分たちで招いたピンチから何とか抜け出したという見解だ。
キャプテンとしての酒井の働きを評価する報道も今のところは出てきていない。まるでキャプテンなんていてもいなくても変わらないとでも言いたげな様子とさえ言える。しかし、まさにそんな「キャプテンに頼らないチーム」こそ、酒井が目指していたものだった。
「いい意味でキャプテンはいた方が良いし、悪い意味では頼ってしまうということもある。だから周りに意見を言ったり、あんまり自分が発したりしないようにするというのを意識してきました」
そう語ったのは、残留を成し遂げた後の酒井だ。
■初ミーティングがチームの“気づき”に
象徴的だった試合がある。2月上旬に行われたホームでの第19節レヴァークーゼン戦だ。年明けからヴォルフスブルク、インゴルシュタットと残留を争う下位相手に連敗を喫したHSVにとって、何とか立て直したい一戦だった。そんな大事な試合を、累積警告による出場停止処分を受けていた酒井はスタンドから見守らなければならなかった。ピッチでプレーできないどころか、声を出してチームを鼓舞することもできない状況だったのだ。
だが、酒井には手応えがあった。実は、酒井はインゴルシュタット戦の前にキャプテンに就任してから初めて、チームメイト全員を集めて意見を交換した。重要な試合を前に、チームからふわっとした雰囲気が漂っていたからだった。「今日の練習は集中してないとは言わないけど、良くなかった。みんなはどう思う?」と酒井が尋ねると、同じようにチームの緩みを感じ取っていた選手もいれば、何も感じていない選手もいた。それ以上議論するのは良くないと判断した酒井は、そこでミーティングを切り上げた。
結局、インゴルシュタット戦には敗れてしまうことになったが、チームが気の緩みを自覚する上では非常に意味のある集まりになったのだ。その結果、インゴルシュタット戦後には「今週の練習は本当に完璧だった。あとはこれを試合に出すだけだ」とギスドル監督も褒めるほど集中した練習ができている。
実際、レヴァークーゼン戦でHSVの選手たちが見せたその必死なプレーからはチームの高い集中力と勝利への強い執念が感じられた。チームの勝利に喜びすぎて、声を嗄らして取材ゾーンへやってきた酒井の見解も同じで、「誰がどのポジションで出ようと、みんな一人ずつが最後までボールを追って、体を張ってというのをやったのが勝因だったかなと思う」と振り返った。
■主将欠場の一戦から粘りが生まれる
試合内容自体は決して褒められるものではなかったし、あそこで先制点を奪われていたらというシーンもあった。だが、執念にも似た粘り強さで数少ないチャンスをモノにして奪った勝利だった。それは最終節のヴォルフスブルク戦も同じではなかっただろうか?
「こういう試合の時は本当に運みたいなのが本当に必要なので、それも含めた勝ちです。ウチの気持ちが勝ったからあれも入らなかったと思うし、逆に後半の始め、うちにああいうシーンがあったのに、1センチも1ミリも諦めずに、やり続けたので今度は俺らに運が向いたと思うし。全部含めてウチの勝ちかなと思いますね」
これはレヴァークーゼン戦後のコメントだが、最終節ヴォルフスブルク戦後のコメントと言われても違和感はない。そして、以下が最終節ヴォルフスブルク戦後のコメントだ。
「今シーズン何度も何度もああいうシーンっていうのはあったし、先制されたけどそこでどうにかして追いついてどうにかして追い越すという試合もあった。まさにそんな試合を体現した試合だったかなと思います」
「内容自体は良くなかったし、向こうの方が上だった。これはホントに技術云々ではないところで勝ったのかなという風に感じます。気持ちもそうだし、雰囲気もそうだし、もしかしたら天候、もしかしたらピッチ、ボールの空気だったり、色んないろんなことが重なって僕らに勝利が転がってきたと思います。ホントに些細なことに自分たちがどれだけこの2週間、3週間、気を遣って生きてきたか。そこは自分たちを褒めたいなと思う」
こうして振り返ってみると、最終節の土壇場での逆転残留は奇跡や偶然ではなく、そうなるように戦い続けてきたチームとキャプテンがもたらした必然としか思えない。
■移籍の可能性は?
10%
チームで主将を務めるだけに、移籍は考えにくい。しかし、ドイツにおける慢性的な技巧派サイドバック不足を考えれば、主将として窮地のクラブを救ったキャプテンシーを評価するクラブは必ずあるはずだ。
文=山口裕平
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