「そんなに人生甘くないぞ、と神様が言ってくれたのだと思う」/杉本健勇(セレッソ大阪)インタビュー

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(C)Tomoo Aoyama
飛躍の時を迎えたセレッソ大阪のストライカーが自身の成長とそのきっかけとなった2人の選手の存在を明かした。

2017シーズンの明治安田生命J1リーグで22ゴールを叩き出しながら、最終節でハットトリックを達成した小林悠(川崎フロンターレ)に得点王争いで大逆転を許してしまった杉本健勇。今シーズンはセレッソ大阪の新エースとして一気に名を馳せたが、本人が「一番になりたい。二番目やったらベッタ(ビリ)と一緒」と話すほど強く望んでいた得点王のタイトルを最後の最後で逃す結果になってしまった。

悔しさに溢れたアルビレックス新潟との最終戦後、彼が神妙な面持ちで残したのは「実際にそんな甘いものじゃないと自分に言い聞かせています」というコメントだった。だが、自分を冷静に客観視できるようになったのも今シーズンの大きな成長と言える。

尹晶煥監督からセンターフォワードに据えられた2017シーズンの開幕当初は「逃げたくて仕方なかった」と振り返る。だが、そこからチームを勝利へと導く絶対的大黒柱へと飛躍を遂げた。念願の日本代表デビューも果たし、2018年のFIFAワールドカップ ロシアの大舞台もつかみそうなところまで来た。

リーグ戦終了直後に左肋骨骨折と左足首の違和感を訴え、12月に行われたEAFF E-1サッカー選手権の日本代表を辞退することになってしまったが、年末に手術を受けて2018年はスッキリとした形でピッチに立てるはず。短期間で飛躍的成長を遂げた浪速の大型ストライカーに、自身のキャリアにとって大きな節目となるであろう2018年に懸ける思いを聞いた。

――2017年はJ1復帰1年目でJリーグYBCルヴァンカップを制し、J1で3位に入ってAFCチャンピオンズリーグ(ACL)の出場権を獲得するなど、セレッソ大阪にとっても大きな飛躍のシーズンになりました。

昨年末のJ1昇格プレーオフで上がったことで、最初は『プレーオフで昇格したチームは1年でJ2に落ちる』と厳しいことを言われていて、自分たちは絶対にそうなりたくないと思ってシーズンに入りました。結果的にYBCルヴァンカップでクラブ初タイトルを取り、J1でも3位に入ったことで『ようやった』と言ってくれる人はたくさんいるでしょう。だけど自分としてはそうじゃない。あと2~3試合勝ってたら、Jリーグのタイトルも取れていた。まだまだ甘さはあると思うし、今は3位になったうれしさより、一番を取れなかった悔しさのほうが大きいですね。クラブ全員がもっと上を目指してやっていかなければと感じています。

――残念ながら得点王は逃しましたが、ここまでゴールを重ねられた要因は?

気持ちの面であったり、フィジカル的な準備は徹底的にやってきました。メンタルの部分では「自分が点を取ってチームを勝たせるんだ」という思いがどんどん強くなった。自分が点を取って負けたら嬉しくもないし、何の意味もない。そういう自覚は高まりましたね。フィジカル面も何年も前から取り組んできたトレーニングの成果が今、出てきた。今シーズンはホントにサッカーに100%の力を注いできたつもりなので、それが結果に表れているのは自信につながりますね。ユンさんが前で使ってくれたことも大きかったと思います。昨シーズンは左サイドでプレーして、左から中に流れてゴールという形にも自信を持ち始めていた。ユンさんから「最初からFWで使う」と言われたのは、まさにそんな時。でもシーズン当初はやりにくかった。なかなか点が取れなかったし、今まで積み上げてきたものが一回ゼロに戻るみたいな感覚もあって、「左に戻りたい」ってずっと思っていました。いろいろな葛藤がありましたけど、自分がもともとやりたかった場所は一番前。ストライカーになりたかった。そう頭を整理して、「よし!」と手応えを感じたのが、J1第7節のガンバ大阪戦くらいから。徐々に点が取れるようになって自信が出てきました。その試合の1点目、第23節のジュビロ磐田戦の1点目、第29節のサガン鳥栖戦で決めたゴールは自分でも印象に残っています。うまくいかない時もずっと使い続けてくれたユンさんには感謝してます。「味方のために走れば必ずチャンスは来る。ゴールも回ってくる」というのは、この1年間、ユンさんから言われ続けたこと。それはホントに強く印象に残ってますね。

■転機となった大久保嘉人との出会い、柿谷曜一朗の離脱

――ヴァイッド・ハリルホジッチ監督に初めて日本代表候補合宿に呼ばれた2015年春頃は今ほど自信に満ち溢れていなかったと思います。変化のきっかけは?

大きかったのは(大久保)嘉人さんの存在ですね。あの人は「決めるから、俺に出せ!」って仲間にすごく要求する。それでホントに決める。周りに怒ることもあるけど、一番結果を残してるから誰も何も言えない。その姿に衝撃を受けました。ホントに「この人、すげえ」と思ったし、「自分もそうならなあかん」って悔しさも感じました。そこからセレッソに戻って周りにメッチャ要求するようになったので、「いきなりメッチャ変わったな。何かあったん?」って周りもビックリしたと思います(苦笑)。それくらいの気持ちでやらなあかんし、嫌われることを怖がらんとこうと思った。もともとは気を使う性格なんで、正直、不安はありましたけど、サッカー選手の人生は短い。別に嫌われようが、嫌われなかろうがどっちでもええって考えになった。そこからよくなってきた気がしますね。

もう一つの転機は、2016年6月の(柿谷)曜一朗くんのケガ。それまでは少し甘えてた部分があったけど、『俺が絶対に一年でJ1に上げてやる』という気持ちが湧いてきたんです。一年で川崎フロンターレから戻った時も「今年上げられなければ、サッカーやめる」くらいの覚悟は持っていたけど、ケガをした曜一朗くんが悔しい気持ちも見せずに頑張ってる姿を見て、より強い自覚が生まれたのは確か。シーズン前半戦はわずか1点だった自分が後半戦で13点を決めることができたのも意識の変化が大きかった。曜一朗くんのケガがなかったら、あそこまで成績を残せたか分からないし、今もこんな状況になっていなかったかもしれない。(曜一朗くんには)正直、「ありがとう」と言いたいですね(笑)。

――ゴール量産で日本代表待望論が高まり、最終予選の大一番となった2017年8月のオーストラリア戦直前にようやく招集を受けました。

自分としては「もう入らなヤバイな」という思いがありました。「そろそろ一回は入らなあかん。ロシアは一年後やろ』って。初めて呼ばれて「チャンスが来た」と思ったし、いろいろ注目もされましたけど、結局、オーストラリア戦はベンチ外。こんな屈辱はないですよ。ホント悔しかったし、恥ずかしかった。そこで「もっと俺、頑張らなあかんな。結果残したる」って気持ちにはなりましたね。そこから次のサウジアラビア戦で代表デビューし、11月のブラジル、ベルギーの2連戦でも出させてもらいましたけど、ブラジルはホンマにうまかった。当たりも強いし、速いし、すべてのレベルが違った。ほぼ日本人の中でプレーしている自分はそういう外国人選手との戦いに慣れないといけないと感じました。だけど、敵わない相手とは思わなかった。絶対にあいつらに、絶対に勝たれへんかって言ったら、勝てる可能性は十分ある。ブラジル戦の前半は前から行くのか、ブロックを作って守ってカウンターをするのかに少し迷いがあった。ガンガン行くと向こうはポンポンかわすんで、もうちょっと引きながら守ってカウンターを狙えば、また違う展開になったのかなと。もちろん監督が決めることですけど、チームとしてのレベルを上げていくことも大事だと思いますね。

――ハリルホジッチ監督からの要求は?

ハリルさんは『真ん中にいろ』と。それ自体は僕もいいんです。ただ、自分はボールを触りながらリズムを作りたいタイプ。セレッソでは下がったり、サイドに流れたりしながらボールを出してもらったりしますけど、代表は1トップなんで、相手に背を向けた時にワンタッチで落とす仕事をハリル監督に徹底して言われる。結構怒られますね。紅白戦の時なんかメッチャ、ヤバイ(苦笑)。セレッソと代表は別物なんで、それを理解した上で、自分の存在感をもっともっと出していかないといけないと思ってます。

――ロシアワールドカップに向けてはいかがですか?

僕は(9歳の時に)2002年日韓ワールドカップを見て、ワールドカップのすごさを知りました。「僕もここにいる人たちみたいになりたい」と思ったことはよく覚えています。そんな自分が今、その舞台に立つチャンスに直面している。それはすごいことだけど、日本代表メンバー23人に割って入るのは並大抵の努力じゃムリだとも感じます。ただ、すごく偉そうな言い方になるかもしれないけど、23人に入ってワールドカップに出るのが目標じゃなくて、そこで日本が強豪相手に勝ち、自分が点を取って活躍することを思い描いています。出るだけじゃ意味がない。そういう気持ちは強いですね。僕はまだまだ代表で何も残せていないし、全然ギリギリのところにいる。それでも試合に出る時は1トップなんで、「自分が中心や」ってくらいの気持ちでプレーせなあかん。もっと自信を持って積極的にやっていかないといけないと強く感じています。残されたアピールのチャンスは数少ないけど、全力を尽くして大舞台を勝ち取りたいです。

インタビュー・文=元川悦子

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