【石川直宏引退特集】永遠のライバル・茂庭照幸が語るナオ「まだ終わってない。駒沢でガッツリ止めにいきたい」

シェア閉じる コメント
茂庭照幸(セレッソ大阪)にとって、石川直宏(FC東京)は時にチームメイトであり、ライバルでもあった。茂庭が今季限りで現役を引退する石川についての思いを語った。

茶髪の小さなアタッカーと、幼き頃のセンターバック。石川直宏と茂庭照幸は小学生の頃から神奈川県で熱い火花を散らすライバル同士だった。その後、石川は横浜F・マリノス、茂庭はベルマーレ平塚(現湘南ベルマーレ)でプロとしての第一歩を踏み出し、2002年にFC東京で再会する。この運命のいたずらに導かれるように二人はいつしかライバルでありながら親友となり、お互いにとってかけがえのない存在となっていく。今は再び別々の道を歩み、石川が一足先にスパイクを脱ぐことになったが、そのライバル関係は変わらない。二人にしか分からない物語を、これからも紡ぎ続けていくのだろう。

――いきなりですが、ズバッと聞かせてください。茂庭選手にとって、石川選手はどのような存在でしたか?

とにかくずっと目標でしたね。最初は俺が一方的に意識していて、その後は目標にしつつライバル視していました。あいつのほうが常に俺の前にいて、追い掛けていた感じです。小学生の時に初めて対戦して、「何だこいつは?」って思って、それからずっと俺にとっての目標でした。

――そんな長い付き合いの石川選手が現役引退を決意しました。本人からどう報告されて、どう返したんですか?

ナオが腹を決めた直後……6月くらいだったと思います。「まだ何人かにしか言ってない」って話してました。ただ、その日に引退するのであれば、すぐにでも東京へ飛んで行ったでしょうけど、復帰に向けて頑張っている中で「今シーズンいっぱいで引退する」という話だったので、「お疲れさま」という声も掛けていないし、「ああ、そうなの。オッケー」という軽い感じでした。

――8月の引退会見、石川選手は茂庭選手のことを「彼は僕の中ではずっとライバルですし、嫌な相手でした」と評していました。

俺にとってもライバルですよ。逆に俺が先に引退することになったと仮定して、会見で「ライバルは?」と聞かれたら「石川直宏です」と答えます。

――そのコメントを聞いた時は、どう思いましたか?

最初は知らなくて、後から聞いたんですけど、「ああ、そうかそうか」って。「大丈夫、俺もそう思っているから」って感じですね。ただ、俺自身は自分がナオを超えたと思ったことはないです。だいたいいつもナオが頭一つ抜けていて、自分が頑張っても何とか並ぶくらい。何をもって俺が超えたことになるかは分からないですが、一度たりともあいつを抜いたことはないと思っていますから。

2017-12-01-moniwa

――そんな二人のライバル関係は小学生時代にスタートしています。当時の印象を教えてください。

「茶髪でサラサラヘアの、ちっちゃいけどすげえヤツがいる」って話を聞いていて、「いやいや、ちょっと待て」と。「そんなの俺が止めてやるぞ」と思っていたんですけど、逆にチンチンにやられてちゃって(笑)。

――小学生当時は、茂庭選手が厚木ゴールプランダーズ、石川選手が横須賀シーガルスに所属していました。神奈川県内のライバルチーム同士だったそうですね。

ナオはもう神奈川県内で知らない人間はいないくらい有名な選手でした。うちのチームも強くて県内のチームとの試合では年間に1~2回くらいしか負けないチームで、シーガルスにも負けていなかった気がするんですけど、ナオにはやられてましたね。

――お互いをしっかり認識するようになったのはいつ頃ですか?

中学生の頃だと思います。県選抜などでチームメイトになりました。ただ、当時はまだそんなに深い関係ではなかったです。

――実際に親交が深まっていったのは?

本格的に意識し始めたのは、FC東京でチームメイトになってからかな(編集部注:石川は2002年4月に横浜FMから、茂庭は同年開幕時に湘南から期限付き移籍加入)。それまでも年代別の日本代表で一緒だったし、もちろん面識はありましたけど、大きく変わったのはそこですね。もちろん俺はそれ以前からずっと意識していたし、負けたくないという気持ちは持っていたんですけど、東京では俺とナオが二人セットで扱われたり、ナオのバーターで俺もイベントや取材に呼んでもらったりすることが増えて、「お前には負けねーよ」って気持ちがより強くなったのは確かです。近くにいることで分かり合えた部分はあるし、だからこそ負けたくない部分があったのかもしれないですね。

――付き合いが長く、石川選手のことをいろいろ知り尽くしていると思います。そんな茂庭選手だからこそ知っている石川選手の素顔を教えてください。

まずチームのことを第一に考える熱いヤツですね。俺自身もナオのことを深く知る前は“表情を変えずクールにサッカーをするヤツ”ってイメージが強かったんですけど、一緒にいる時間が長くなって、腹を割って話す機会が増えると、ホントは熱いヤツなんだって思うようになりました。誰にでも内に秘めた“炎”はあると思いますが、ナオの炎は表に出さないぶん熱いんです。客観的に見たらそんなに分からないし、発言もサラッときれいにまとめるから、キャラ設定はクールでスマートなんですけど、実際はそうではなくて。世間が見ているナオと、近くで見ているナオの間には、割と温度差があると思いますよ。“東京のプリンス”と呼ばれて、常にカッコ良く見せることが求められますけど、泥臭いことも全く厭わないし、内に秘めたものは熱いですね。

――チームの中にいて、石川選手の熱さを感じられる場面は?

俺たちが一緒にプレーしていた頃の東京って、熱い人ばかりだったんですよ。内に秘めるタイプより、外に発散させる人の集まりだったので、ナオのキャラクターはあまり目立たなかったですね(苦笑)。でも、若い頃は二人で「俺たちで東京を強くするんだ」という話ばかりしてましたよ。どうすれば強くなるのか、どうすれば俺たちが中心になっていけるのか。そういう話ばかりでした。

――ちなみに当時、その答えはどう導き出されたんですか?

まずは2004年にアテネ・オリンピックがあったから、そこに出て世界を知らないとダメだと考えていました。一緒にオリンピックに出よう。そして日本代表に選出されようって話はしていました。あとは試合後の反省会みたいなもので、「もっとこうできた」とか、「次はこうしよう」って話を延々と。いつも同じような話になって最終的な結論には至らないんですけど、何度も何度も熱く話し込んだ記憶があります。

――FC東京を強くしたいという思いが結実し、2004年にはJリーグヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)決勝で浦和レッズをPK戦の末に撃破してクラブ初タイトルを獲得しました。

ホントにうれしかったですね。表彰式ではナオと一緒に優勝賞金の目録ボードを掲げて、抱き合って喜びましたしね。ただ、あの決勝は自分のサッカー人生で一番きつい試合でした。試合後、なんかお腹が痛いと思ったんですよ。そうしたら血尿が……。さすがに血尿が出たのは、あれが最初で最後です(苦笑)。

――プライベートでも同じ時間を過ごすことが多かったんですよね?

ナオとはずっと一緒にいたんで、すべてを知ってますよ(笑)。一つだけ教えると、食事会とかの集まりがあると、ナオはいつもちょっとだけ遅れて来るんです。当時はそれがカッコイイと思っていたらしくて(笑)。それまで場の空気を作っておくのが俺の役割で、あいつはいつもちょっと遅れて、注目を浴びながら登場する。それに対して俺が「お前、遅れて来るのがカッコイイと思ってるんだろ」ってイジるのが定番でした(笑)。

2017-12-01-moniwa-nao

――その後、茂庭選手は2009シーズン限りで東京を離れ、セレッソ大阪に移籍します。味の素スタジアムのファン感謝イベントでファン・サポーターにあいさつ後、石川選手から花束が贈呈されました。

あいつ、花束を持ってきた時にボロボロに泣いてたんですよね。「モニが泣かないから泣いちゃったよ」って言ってましたけど。もちろん自分も東京を離れる悲しさ、離れなければならなくなった悔しさはありましたけど、そういった感情は前段階で整理していて、本当に感謝の気持ちであいさつするつもりだったんです。別に引退するわけじゃなかったし、前に進もうと考えてスッキリしていたんですけどね。俺自身は冷静でいられたんですけど、ナオや他の選手は整理できていなくて、悲しがってくれたのかもしれないなと。自分のために泣いてくれるのはうれしかったですけどね。

――2010年3月のJ1第3節でプロとして初めて対戦しました。そこから二人が同時出場した試合の対戦成績は、リーグ戦ではC大阪が3勝2分けで無敗。天皇杯ではFC東京が1勝、ナビスコ杯では両チーム1勝ずつ。対戦相手としてはどんな存在でしたか?

東京や代表の紅白戦、平塚時代の練習試合とかではやってましたけど、確かに公式戦ではセレッソへ移籍してからが初めてでしたね。あの頃のナオはすごく活躍していて、みんなナオには手を焼いてましたよ。当時のセレッソもいいチームでしたけど、みんなビビっちゃってて、「速い」とか「うまい」とか言ってたから、「大丈夫。俺が止めてやる。止め方も教えてやるから、みんなついてこい!」って言ってました(笑)。ナオに対しては、腰が引けると簡単に置いていかれちゃうんですよ。なおかつ、ナオが自分の間合いに相手に誘い込む前にアタックに行こうとしても、あいつのスピード感やボールのさらし方を把握していないと置いていかれてしまう。そこを注意しないといけないんですよね。

――そして今回、12月3日のJ3第34節でFC東京U-23とC大阪U-23が対戦します。二人ともメンバーに入れば、“最後の対戦”が実現する可能性があります。

できれば俺もメンバー入りしたいと思ってます。もちろん公式戦なので使ってもらえるかどうかは分からないけど、もし俺がスタメンでナオがベンチに座っていたら、ベンチ前でスローインになったり、ファウルでプレーが止まったりするたびに相手ベンチに向かって「出てこいよ!」って手招きしますよ。実際にピッチで対峙することになっても、「かかってこいよ」って煽ると思います。

――試合会場は、奇しくも石川選手が東京のユニフォームを着て初めてピッチに立った駒沢陸上競技場です。

会場は駒沢なんですよね、ナオが東京デビューした場所。俺はその試合には出てないんですけど、東京にナオが来て、先にレギュラーになって、俺も発奮してレギュラーを目指したので、原点に戻るような感じではありますね。

――では最後に、石川選手へのメッセージをお願いします。

そうだな……。でも、今はまだナオに対して「お疲れさん」という気持ちになれないんですよ。そう思いながらナオにタックルはできないんで。もし駒沢で実際にマッチアップしたら、ガッツリ止めに行くつもりですから。ナオへのメッセージは試合が終わってから考えますよ。

インタビュー・文=青山知雄

▶Jリーグを観るならDAZNで!1ヶ月間無料のトライアルを今すぐ始めよう。

次の記事:
「さらに良い選手になる」W杯制覇に貢献のポグバにへ元同僚イブラヒモビッチが大きな期待
次の記事:
ブラジル正GKアリソンのリヴァプール移籍が決定「CL準決勝でアンフィールドに魅了された」
次の記事:
クルトゥワのレアル・マドリー行きはチェルシーの代役確保次第で進展か
次の記事:
チェルシー加入のジョルジーニョ「自分はプレミアリーグにいないタイプ」新天地での活躍に意気込み
次の記事:
鎌田大地、数日中に去就が決定か…クラブはキャンプ前に戦力の整理に踏み切る?
閉じる

私たちは最高のオンライン環境を提供するため、クッキー(Cookie)を使用しています。当社のウェブサイトを利用することにより、当社のプライバシーポリシーに従ってクッキーの使用に同意するものとします。

もっと見る 同意する