連載第1回:「我が心のアヤックス」サッカーの入り口であり、学びだった
今季のチャンピオンズリーグではどこまでいけるだろうか?
アヤックスは不思議な抽選会で得をしたね、と言われるけれど、当然のことながらここまで勝ち上がってきたクラブに楽な相手などない。
決勝トーナメントで対戦する相手はベンフィカだ。
(C)Getty Imagesアヤックスが旋風を巻き起こした2018-19シーズン以来の対戦で、この時はグループステージで対戦してホームでは92分のゴールで1-0と勝利、アウェイでは追いついて引き分けという拮抗した2試合を戦っている。
たった3シーズン前とはいえ、近年のフットボールは驚くべきスピードで進化、変化を続けているから過去のデータはあまり意味がない。ただし、今季のコンディションの比較は多少の参考になりそうだ。
対戦直前のデータで比較するとアヤックスは国内リーグで1位。18勝3分け2敗(70得点5失点)。19人が得点者で、3試合以上出場したフィールドプレイヤーで得点がないのは一人だけだ。公式戦で見れば10連勝中で4試合連続クリーンシート。公式戦通算108ゴールを挙げている。グループステージでは6戦全勝(20得点5失点)。セバスティアン・ハラーはグループステージの6戦すべてで得点を奪い、10ゴールで目下得点王だ。
一方のベンフィカは、国内リーグ3位で来季のCL出場枠に届いていない。16勝3分け4敗(60得点22失点)。このところクリーンシートは少ないが僅差のゲームを続けている。
グループステージでは2勝2分け2敗(7得点9失点)と振るわなかったが、最終戦でバルセロナをかわして決勝トーナメント進出を勝ち取っている。
ポルトガルのチームとのアウェイ戦は常に難しいが、アウェィゴールルールが廃止されたのはプラスかなと前向きに考えている。
18-19シーズンで対戦した時、アヤックスの監督はすでにエリック・テン・ハーグだった。
バイエルンと二度引き分け、決勝トーナメントではレアル・マドリーとユヴェントスを破り、トッテナムとの準決勝では第一戦に勝利し、第二戦も前半2-0とリードしたものの
逆転負けを喫し、アウェイルールで敗退という派手なアピールをしたシーズンだった。
その後はいつものように主力を何人も手放して戦力を落としたが、今季は再び決勝トーナメントに好印象で勝ち上がってきた。アヤックスに大きなパトロンや莫大な放映権料はない。あるのは優れた監督と絶対の自信を持っている育成力だ。
そんなチームが長く停滞することなく、どうやってエリートの舞台にカムバックできたのか?
■若手と中堅の融合
(C)Getty Imagesアヤックスの一番の強みは多くの若い選手で構成されていることで、インテンシティの強度と持久力は若さで解決できる。攻撃、防御、その間を行き来する2つのトランジション(切り替え)を繰り返せる選手たちがいる。強度を携えた上で走り続け、トランジションを繰り返すためのスピードも速い。
この若い選手に経験値を与えるのがプレミアリーグなどで活躍した選手たちだ。ここが以前とは違う。
例えばチームの中心にいるのがドゥシャン・タディッチと聞けばプレミアリーグファンはたいてい不思議な顔をする。
タディッチはプレミアで大活躍した選手ではないからだ。そのレベルがアヤックスの中心なら、もっと良い選手をたくさん抱えているプレミアのクラブには到底叶わないだろうと思うのだろう。
しかし、アヤックスは世界最高レベルの監督を何人も有するプレミアリーグで学んだ選手の価値を正しく評価している。
■近年のアヤックスの成長
(C)Getty Imagesそこにお金を使えるようになったのが変化のひとつだ。
かつてペップがバイエルンでトップチームを指揮している時に、続く選手を育てるセカンドチームを指揮していたのがテン・ハーグだ。彼は世界のトレンドと必要なものは何かわかっている。
そして、この監督をフロントは信頼している。
特に、先日に辞任するまでSDを務めてきたマルク・オーフェルマルスの性格はこのクラブには向いていた。最後は悲しい別れになったが、売り急がず、抱え込まず、戦力を落としすぎたなと感じたら、すぐにそれなりにお金を遣って、アヤックスのやり方を理解できている経験値を持つ選手を探してきた。
若手はユースから価値観を分かち合っているから、クラブの代謝も試合中の攻守の切り替えもシームレスに回る。
また、若さと経験値で作られたアヤックスはパスサッカーを得意としつつ、淡白さも持ち合わせている。ボールを失っても驚かないし、それほどコンパクトにもしない。ショートにし過ぎない距離を取りながらパスを回して進み、奪われそうになったら剥がしてやり直す。
システムより約束が優先するからシュートを撃てる体勢にある仲間を探す。だからゴールスコアラーが多い。
試合ごとにゴールを奪う技術と経験値を増やしながらシーズンを進め、新しい選手達が急速度で成長していく。
このようにしてデザインされたアヤックスの攻撃的なスタイルは、欧州の舞台で戦うことを初めから考えているプロモーションに見える。見栄えの良いサッカーをして若手を羽ばたかせていくアヤックスは、卒業が義務付けられている学校のようだ。
GOALベンフィカ戦でもゴールを全員が狙うだろう。フランク・デ・ブール監督の時代(2010-2016)は見ていて辛かった。エリートへのリスペクトを払いすぎていたからだ。
今は違う。
いかに魅力的であるかが優先されている。いうまでもなくチャンピオンズリーグは欧州最高のステージだ。リスペクトはいらない。
たっぷり楽しませてくれたら満足だ。(第3回へ続く)
文=倉敷保雄