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PSGとレアル・マドリー、欧州の覇権を握るのはどちら?「ただの1試合」ではない“本当の理由”

対立の象徴

レアル・マドリーとパリ・サンジェルマン(PSG)。この2つのクラブは、2020年代を迎えてコロナウイルス禍という大きな困難に直面している欧州サッカーが内包する「対立の図式」を、あらゆる意味で体現・象徴する存在である。

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そもそも、クラブの歴史からして対照的だ。レアル・マドリーは1955年にチャンピオンズリーグ(CL)の前身である欧州チャンピオンズカップ(ECC)が創設された当初に5連覇を果たし、その後も2015-16シーズンからの3連覇を含めて計13回も欧州王者の座に就いてきた、名門中の名門クラブである。

ルイス・フィーゴ、ジネディーヌ・ジダン、ロナウドといったスーパースターをラウール、フェルナンド・モリエンテス、イケル・カシージャスら生え抜きが支えた2000年代初頭の輝かしい「銀河系」時代、その後経験した6シーズン連続でのラウンド16敗退という停滞期を経て、14-15シーズンにクリスティアーノ・ロナウド、ギャレス・ベイル、ルカ・モドリッチらを擁して達成した「ラ・デシマ」(10回目のタイトル)、そして前述した3連覇――。過去20年を振り返っても、レアル・マドリーは「強い」時はもちろん「弱い」時ですらも常にCLの主役であり、「ビッグイアー」を狙うあらゆるクラブにとって「必ず倒すべき敵」であり続けてきた。

一方のPSGは、レアル・マドリーのような古豪とはまったく異なる歴史を持つ新興クラブだ。それまで都市のシンボルとなるようなサッカーチームを持っていなかったパリに、首都にふさわしいビッグクラブを作ろうという地元政財界の動きによって設立されたのが1970年。国内で徐々に足場を固めた後、1990年代からは欧州カップ戦でも存在感を発揮するようになったが、その後もクラブの経営は安定せず。現在の地位を確立したのは、2011年に中東の石油国家カタールが実質的なオーナーになって以降のことだ。

潤沢な「オイルマネー」によって有力選手を買い集めて急速にチームを強化したPSGは、2010年代も半ばになるとフランス国内では他を寄せ付けない圧倒的な強さを誇るようになり、CLでも安定してベスト16に名を連ねる強豪チームとしての地位を確立する。しかし、クラブにとって唯一最大の目標であるCLにおいては、2010年代を通して最高でもベスト8止まり。19-20シーズンに初めて決勝進出を果たしたもののバイエルンの前に敗れ、今なお「ビッグイアー」には手が届かないままとなっている。

古豪と新興勢力という対照は、クラブのオーナーシップのあり方にも反映されている。レアル・マドリーは、欧州のスポーツクラブにとって雛形とも言えるクラブの会員(ソシオ)が出資者となり、その代表者による合議制で運営される、いわゆる「ソシオ制」の組織形態を今なお維持している。実質的な運営のされ方はもはや一般の株式会社と大きく変わるものではないが、「オーナー」という存在を持たず、地元マドリード出身の役員たちによる独立採算での経営を維持しているという点では、古典的なモデルに属している。

それに対してPSGは、すでに見た通りカタールというヨーロッパ外のいち国家を実質的なオーナーに持つという、欧州サッカーの歴史においては近年までなかった経営形態を持っている。20世紀を通して地元の個人や企業が出資し運営するクラブ組織であり続けた欧州のプロサッカーチームを外国人がオーナーとして保有するという動きが本格化したのは、21世紀に入ってからのこと。ロシアの富豪ロマン・アブラモヴィッチが2003年にチェルシーを買収したのを皮切りに、マンチェスター・ユナイテッドやリヴァプール、アーセナルがアメリカ資本、マンチェスター・シティがタイ資本を経てアブダビ資本の傘下に入ったのが2000年代。その後現在に至る10年あまりを通して、EU外の「グローバル資本」による欧州クラブの買収は各国で急速に進んできている(ただし「50+1ルール」という外国人オーナーへの規制を持つブンデスリーガは例外)。PSGはそうした新たなクラブオーナーシップのシンボルと言うべき存在である。

象徴的な「欧州スーパーリーグ構想」

Super League

このように対照的なクラブとしてのあり方は、現在だけでなく未来にとっても大きな違いと対立を作り出す要因にならざるを得ない。それが象徴的に表れたのが、2021年4月に勃発した“スーパーリーグ騒動”だった。

コロナウイルス禍によって欧州サッカー全体が深刻な経済危機に直面する中、レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長、ユヴェントスのアドレ・アニエッリ会長が中心となって水面下で構想を進め、UEFAが2024年から導入するCLの新しいフォーマットを総会で承認する直前というタイミングに、不意打ちというべき形で発表した「ヨーロピアン・スーパーリーグ」(ECL)。参加20クラブのうち、5大リーグを代表する15のメガクラブを創設メンバーとして毎年の参加資格を保証、強豪同士のビッグマッチを数多く開催することでファンにとっての魅力を高め、同時にビジネスとしての利益を最大化しようというのが、その基本的な枠組みだった。

<ESL構想で創設メンバーに挙げられた15クラブ>

設立に名を連ね現在もESL構想を推進

レアル・マドリー、バルセロナ、ユヴェントス

設立に名を連ねるもその後離脱

リヴァプール、マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、チェルシー、アーセナル、トッテナム、ミラン、インテル、アトレティコ・マドリー

設立当初から参加を拒否

PSG、バイエルン・ミュンヘン、ドルトムント

しかし、一部のエリートクラブだけが結集してメジャーリーグ化することで自らの地位と利益を守り、それ以外のすべてのリーグとクラブをマイナーリーグの座に追いやる結果になることが明らかなこの構想に対しては、CLの主催者であると同時に欧州サッカーを統括する立場にあるUEFAはもちろん、欧州各国政府からサッカー協会、そしてとりわけサポーターまでが猛然と反発。設立に名を連ねた12クラブのうち、レアル・マドリー、バルセロナ、ユヴェントスを除く9クラブがそれを受ける形で早々に離脱を宣言したことで、わずか48時間で頓挫するという結末となった。

このECLに対する立場も、レアル・マドリーとPSGのそれは正反対だった。レアル・マドリーのペレス会長が実質的な「首謀者」という立場で先頭に立ってこの構想を推進したのに対し、PSGは出場資格が保証された15の創設メンバーに含まれていたにもかかわらず、当初から参加を拒否し、それと対立する立場にあるUEFAと歩調を揃えることを選んだ。この動きを通じてUEFAから強い信頼を得たナセル・アル・ケライフィ会長は、ESL旗揚げに伴って辞任したユヴェントスのアニエッリ会長の後任として、UEFA傘下のクラブ組織ECA(欧州クラブ連合)会長の座に収まっている。

「覇権」争い

Aleksander Ceferin UEFA PresidentGetty Images

この立場(とその背景にあるクラブとしての立ち位置)の違いはどこにあるのか。レアル・マドリー、バルセロナ、ユヴェントスといった歴史ある名門クラブが、欧州サッカーの総元締めであるUEFAに戦いを挑んでまでスーパーリーグの実現を急いだのは、コロナ禍による財政危機という直接的な要因だけが理由ではない。現在ではなくむしろ近未来において、欧州サッカーの中で「これまでと同じようにリーダーとして覇権を保っていけるのか」という危機感もまた、大きな背景のひとつだった。

CL、そしてプレミアリーグを筆頭とする欧州サッカーは、ヨーロッパの経済が飽和して成長が頭打ちになって久しいにもかかわらず、2010年代を通して右肩上がりの成長を続け、世界中のスポーツファンを顧客とするグローバルなエンターテインメントビジネスとして不動の地位を確立した。

カタールやサウジアラビアのような国家から、NBAやNFLのチームを保有するアメリカのスポーツビジネス資本、さらには巨額の資金を動かす多国籍投資ファンドまで、さまざまなタイプの資本家が(ドイツを除く)欧州各国でプロサッカークラブの買収に乗り出しているのも、その成長性に目をつけてのことだ。10年、15年前には想像すらできなかったことだが、今や欧州サッカーはビジネスとしても「儲かる商売」「メリットが期待できる投資」になってきたということだ。

CLをエンジンとして“ビジネスとしての欧州サッカー”をさらに成長させ、それをヨーロッパ全域でのサッカー振興に還元させたい立場にあるUEFAは、こうしたグローバル資本による投資をより積極的に受け入れられるよう、CLそのもののフォーマット、さらにはファイナンシャルフェアプレー(FFP)をはじめとする競争ルールそのものを見直そうという取り組みを、ここ数年にわたって進めてきた。

具体的にいうと、CLは2024-25シーズンからグループステージを現在の6試合から10試合に増やすと同時に、リーグ戦の方式も4チームによるホーム&アウェイ総当たりから、全てのチームが異なる9チームと対戦して勝ち点によって順位を決定する「スイス方式」へとフォーマットを変更。FFP制度は、これまでの「原則として赤字経営を許容しない」立場を見直し、「クラブの財務体質を健全に保てる限りでオーナーによる赤字補填を許容する」方向でのルール改定が計画されている。

 

もしオーナーによる赤字の穴埋めが認められれば、巨額の資金を持つグローバル資本に支えられたPSGのようなクラブが有利になることは明らかだ。例えばPSGは2017年夏、FFPの制約をぎりぎりでクリアしながらネイマール、キリアン・エンバペの獲得に総額4億ユーロ(約524億円)規模の移籍金を投下した。FFPの改定が構想通りの形で行われれば、こうした赤字前提の大型補強は従来よりもずっと容易になる。他方、独立採算で経営するしかないレアル・マドリーやバルセロナ、バイエルンのようなソシオ制のクラブ、総体的に資金力が少ないオーナーを持つ大部分のクラブは、補強で遅れを取った結果として競争力が総体的に低下する可能性も小さくない。

これらは、現時点ではあくまで仮定の話だ。しかし、歴史と伝統に支えられたネームバリューとブランド力こそを競争力の源泉としてきたレアル・マドリーのようなクラブからすれば、PSGやRBライプツィヒ、マン・Cやニューカッスルが「カネの力」で下克上を果たすという未来は、何としても阻止すべきものに映るに違いない。ペレスやアニエッリが強引にも見えるやり方でスーパーリーグの実現に動いた大きな動機もそこにあったというのは、決して的外れな推測ではないはずだ。その一方で、PSGがスーパーリーグへの参加を拒否して、自らに有利な方向へのルール見直しを進めるUEFAの側に立ったのも、きわめて理に適った選択だったということになる。

皮肉かつ残酷なラウンド16

Champions League Real Madrid PSGGetty / Goal

このように、レアル・マドリー対PSGという対戦カードは、欧州サッカーという大きなパノラマにおいて、過去、現在、そして未来のいずれにおいても対照的かつ対立的な立場にある2つのクラブの直接対決という側面も持っている。それがシーズンのクライマックスではなく、まだ本格的な戦いの入り口に過ぎないラウンド16で起こるというのも、見方によっては皮肉かつ残酷だとも言える。この段階でCLから敗退するというのは、クラブにとってそのシーズンが半ば失敗であることすらも意味するからだ。

 

これはとりわけ、リーグ・アン優勝はすでに「当然の義務」でしかなく、CLで優勝することだけが実質的な目標となっているPSGにより当てはまる。上で見た通り、ピッチ外での対立においては、UEFA側についているという政治的な立場だけでなく、純粋な資金力という点からも現時点で優位に立っているPSGだが、この対決を通して失うものがより大きい立場にあるのもまた彼らである。

とはいえ、もちろんレアル・マドリーにとっても、この早い段階でよりによってPSGの前に敗退を喫するというのが、プライド上もイメージ上も大きな屈辱となることは明らか。そうしたピッチ外の観点から見ても、これがラウンド・オブ・16で最も注目すべき対決であることは間違いないところである。

取材・文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)

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