マドリーとCL
レアル・マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウに隣接するメトロの駅、スタジアムと同名のサンティアゴ・ベルナベウが一時閉鎖となった。全面改装を行ったスタジアムに合わせて、駅構内の面積を約3倍に拡張するなどリニューアル工事を行うため、2027年初頭まで使用できなくなっている。マドリディスタはスタジアムが目の前にある駅を使用できなくなり、一駅分歩くか、バスを使って通う日々を過ごすことになる。
ベルナベウ駅が使えなくなって初めて迎える試合、チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝のバイエルン・ミュンヘン戦は、スタジアムへの険しい道のりが報われない一戦になる予感が漂っていた。コンパニ率いるバイエルンは欧州でも突出した完成度を誇り、陣容が完璧とは言えず、シーズン途中に監督交代も行った混迷期のマドリーにとっては、手がつけられない相手と考えられていたためだ。
しかしマドリーは、どこまでもマドリーだった。CLという舞台で、彼らが死んだとみなしてはいけないようだ。
フットボールの質
Getty Imagesバイエルンが見せたフットボールの質は、確かにマドリーを凌駕していた。ヨズア・キミッヒ&アレクサンダル・パヴロヴィッチがゲームをつくり、マイケル・オリーセが圧倒的な突破力でアルバロ・カレーラスを再三にわたって苦しめ、ハリー・ケインが偽9番的な動き、コンラート・ライマー&ヨシプ・スタニシッチの両SBがインサイドから前線に顔を出すことでマドリー守備陣を撹乱。局所局所でDFを引きつけてスペースを生み出すほか、多数の選手がペナルティーエリアに雪崩れ込み、マドリーの選手たちがゴール近くまで引くことで空く手前のスペースから、ハリー・ケインが狡猾にゴールを狙った。
前半のバイエルンのゴール期待値は「2.26」と、マドリーの「0.78」を大きく上回り、そこでも優位性が明らかになっている。しかしダヨ・ウパメカノが決めるだけのシュートを外すなど、この日の彼らは大事なところでプレー精度を欠いてしまった。それでも前半終わりと後半立ち上がり、ヴィニシウス・ジュニオールの2回にわたる不用意なパスをきっかけに2点を奪取している。
静寂と熱狂
Getty Imagesバイエルンのパフォーマンスはベルナベウの意思を挫いた。CLでは圧倒的な熱狂を見せるマドリディスタの神殿だが、0-2となった後には静寂と怒りが空間を支配。観客はバイエルンが攻め続けるのをただ眺めて、ヴィニシウスが速攻からのシュートを外すと、拍手や激励をするのではなく指笛や罵声を浴びせていた。
しかし、少なくともCLという舞台で、マドリーを死んだとみなしてはいけないようだ。もっと言えば、彼らは後半途中から今季の中でも傑出したパフォーマンスを見せている。
バイエルンはボールを保持して攻め込み、それを奪われればマンマーク気味のプレスですぐ奪い返して、再び自分たちのターンに持ち込もうとした。チャンスをつくっているためにリードを広げることに執着したわけだが、マドリーの突出した個の力をマンマークで抑え切るのは至難の業だった。エデル・ミリトン、ジュード・ベリンガム、ブラヒム・ディアスも投入したマドリーは、引くだけでなく前に出てプレスを仕掛け、トレント・アレクサンダー=アーノルドらのロングボールからフェデリコ・バルベルデ、キリアン・エンバペ、ヴィニシウスがバイエルンのDFラインの裏へ抜け出した。
マドリーの勢いは凄まじく、73分にはトレントのグラウンダーのクロスからエンバペが1点を返すことに成功(エンバペは今季CL10試合14得点!)。このゴールで、ベルナベウにも火がついた。「コモ・ノ・テ・ボイ・ア・ケレール(どうして愛さずにいられようか)?」というお馴染みのチャントが響き渡ったことを皮切りに、マドリーがボールを奪う度、速攻を仕掛ける度、観客は喝采と掛け声でチームを鼓舞……バイエルンは気圧されてプレーの質を落としていた。結局、マドリーはマヌエル・ノイアーの好守連発に阻まれて、同点には追いつけなかったものの、それでも2ndレグに向けて望みはつないでいる(最終的なゴール期待値はマドリー「2.20」、バイエルン「2.92」)。
まだ死んでいない
Getty Imagesチームとして問題を抱え続けるマドリーだが、それでもCLで戦う彼らは特別だ。今季マドリーが苦戦してきたのは、基本的に後方で守って速攻を仕掛けてくるチームである。相手が引いて守れば、プレーメーカー不在やエンバペ&ヴィニシウスの共存問題が顕著となるが、CLではマンチェスター・シティやバイエルンなど“自分たちのフットボール”を押し付けてくる攻撃的なチームが相手で、マドリーはその強力無比なカウンターを生かすことができる(……もちろん、マドリーがもっとボールを保持して効果的な攻撃を仕掛けられるならば、それに越したことはない。が、今のチームにできることではない)。選手たちも“CLモード”と言える特別な気合が入るようだ。今日に限れば、4-4-2で2トップを務めたエンバペ&ヴィニシウスの守備意識も決して低くはなかった。
バイエルンのフットボールの方が練度、クオリティー、組織力で優れているのは間違いない。それでもフースバル・アレーナ・ミュンヘンでの2ndレグ、彼らは1stレグの後半のように、マドリーがもう死んでいるとみなすべきではない。マドリーは相手が前のめりになればなるほど、バルベルデ、ヴィニシウス、エンバペを走らせるカウンターの威力を増大させる。劣勢や手負いの彼らほど、不気味な存在はない。
帰り道
ベルナベウからの帰り道、多くの人々がぞろぞろとベルナベウ駅の一つ先にあるヌエボス・ミニステリオス駅へ歩いて向かっていった。試合前に降っていた雨はもう止んでいたが、もちろん愛するチームが負けたために、彼らの表情は晴れやかというわけではない。とはいえ、ここ最近にあった自クラブを批判する雰囲気はなく、同点まであと一歩足りなかった悔しさの方が色濃く漂っている。
シャビ・アロンソの解任騒動、陣容的な行き詰まりに不満を抱えるサポーターは決して少なくない。今季終了後に変化を求める声があるのは当然だ。しかし、この日のマドリーが最後に応援の声を生んだのも、また事実だった。
片耳で聞くスペイン語のラジオは「惨敗するかと思ったが、意外といけた」と話している……概括的な感想はそういうものだったのかもしれない。いずれにしろ、今季のマドリーは、まだ死んでいない。一駅分を余計に歩く帰り道も、沈黙が続くような耐え難い苦痛にはなっていなかった。
誰かが「アラ・マドリー!」と言えば、違うところから「アラ・マドリー!」がこだましている。
取材・文=江間慎一郎






