ジェイドン・サンチョの光と影：イングランド最大の才能がマンチェスター・ユナイテッドで苦悩するまで

南ロンドンのケニントンで生まれ育ったサンチョ。2021年の調査では、プレミアリーグの10％近い選手がこの地域の出身であることがわかっている。イングランドにおけるサッカーの温床だ。

ジョー・ゴメスやルヴェン・ロフタス＝チーク、アーロン・ワン＝ビサカらはTVシリーズ『South of the River』に出演したほんの一部である。そしてこの地域に点在する「ケージ」と呼ばれるコンクリートのピッチでスキルを磨いたサンチョは、この地域最大のスタート言えるだろう。

サンチョが初めてクラブに所属したのは7歳の時。ロンドン北にあるワトフォードに15歳まで所属した。本人は2022年、マンチェスター・UのHPで「ワトフォード時代は本当に楽しかったよ。幸せだったし、本当に自由にプレーできた。自由で好きなことをやっている時に最高の選手になれるんだ」と話している。

サンチョの才能はイングランド中に知れ渡り、2015年にマンチェスター・シティへ移籍。本人はこれを「小さな社会から抜け出す良いきっかけだった。悪い影響もたくさんあったんだ」と振り返っている。

フィル・フォーデンやブラヒム・ディアス（現レアル・マドリー）と同じくU-18チームでプレーを続けていたサンチョ。しかし、2017年のアメリカツアーにフォーデンが帯同した一方で、自身はメンバー外に。これに納得できず、練習参加を拒否している。

ジョゼップ・グアルディオラ監督は、サンチョがトップチームで戦う準備ができていないと考えた。しかし、本人は違った。移籍を熱望すると、2017年におよそ800万ポンドでドルトムントへと完全移籍。すぐさまトップチームに合流する。

サンチョの自信は、トップチームデビュー戦となった10月のフランクフルト戦ですぐに証明されることに。2018年4月のレヴァークーゼン戦では、初ゴールを含む2ゴールを叩き込んでみせた。

ドルトムントでのパフォーマンスを無視できるはずもなく、ガレス・サウスゲイト監督は10月のインターナショナルウィークで初招集。UEFAネーションズリーグのクロアチア戦、ラヒーム・スターリングに代わって出場し、初キャップを飾った。なお、18歳200日でのデビューは当時の史上7番目の記録となっている（現在は9番目に）。

イングランド代表デビューを飾ってから2週間後、アトレティコ・マドリー戦でチャンピオンズリーグ初ゴールをマーク。4-0快勝に大きく貢献し、その評価をさらに高めた。

サンチョの躍進はシーズンを追うごとに加速し続け、2018-19シーズンのブンデスリーガで12ゴール18アシストを記録。そして、次のシーズンはさらにセンセーショナルだった。ブンデスリーガ1試合平均1ゴール以上に絡む大活躍（32試合17ゴール17アシスト）。文句なしに、世代を代表する選手へと成長を遂げた。

2021年5月のDFBポカール決勝戦、ライプツィヒを4-1で撃破し自身初の主要タイトルを獲得。チームメイトであったアーリング・ハーランドと共に2ゴールの大活躍だった。そしてこれが、ドルトムントのユニフォームを着た最後の試合である。

サンチョは退団の際、「若い僕にチャンスを与えてくれたドルトムントにはいくら感謝してもしきれないよ。BVBで今のような選手に成長できたんだ。DFBポカールの優勝で、僕の最高の時間は終わりを告げた。でも、ファンのみんなの愛情は永遠に忘れない」と語っている。

数年間に渡る接触の末、2021年7月についにマンチェスター・Uへと移籍。伝えられる移籍金は7400万ポンドだ。2年間ライバルに所属していたとはいえ、彼は素直に感情を表現している。

「子供の頃から、マンチェスター・Uは誰もが知るビッグクラブだった。もちろん勝ち取ったトロフィーもそうだし、偉大な選手たちがたくさんいたんだ。だから今、このシャツに袖を通せて幸せだよ」

EURO 2020では主にサブ起用がメインだったサンチョ。そして母国の聖地ウェンブリー・スタジアムで行われた決勝戦では、同点で迎えた延長後半にPK要因として投入される。しかし、PK戦では無常にも失敗。イングランドは敗れ去った。そしてサンチョやブカヨ・サカ、マーカス・ラッシュフォードら失敗してしまった3人には、ネット上であまりにも卑劣な誹謗中傷の被害にあった。

2021年夏、クリスティアーノ・ロナウドの電撃復帰もあってマンチェスター・Uに対する期待感は高まった。しかしチームはピッチ内外で混乱し続け、過去30年間で最悪の勝ち点を記録し、6位でフィニッシュ。悪夢のシーズンとなった。そしてサンチョも、リーグ戦ではわずか3ゴールと厳しいファーストシーズンとなっている。

マンチェスター・Uでの2シーズン目、宿敵リヴァプール相手にゴールを挙げて勝利に導くと、レスター戦やシェリフ戦（ヨーロッパリーグ）でもネットを揺らし、7400万ポンドの価値を証明し始める。エリック・テン・ハーグ監督は「彼はフィジカルを鍛えなければいけないことを理解しているし、それが結果に現れている。ポテンシャルを考えればさらに改善の余地はあるし、もっともっと重要な存在になれるだろう」と評価している。

しかし、その輝きはすぐに影を潜めた。試合での貢献度は日を追うごとに下がっていき、テン・ハーグはメンバーから外す決断を下す。個人的なトレーニングプログラムを開始することとなった。

「序盤戦は素晴らしい活躍をしていたが、その後はレベルが下がった。なぜそうなったのか、何が原因なのか、時々わからなくなるね。大抵の場合はゆっくりとそうなっていくもので、時間をかけて観察するものだ。だが、スタッツが裏付けている。彼はゴールやアシストがなくなっただけでなく、決定的な場面でのアクションも少なくなった。フィジカル面の問題ももちろんだが、大半がメンタル面だ」

サンチョは2023年2月にようやくチーム復帰を果たし、ノッティンガム・フォレスト戦ではファンから熱烈な歓迎を受けた。本人もSNSで「信じられないよ！ ここ数週間のサポート、特にファンのみんなには心から感謝したい。僕は全力を尽くす。ピッチに戻ってこられて嬉しいよ。またすぐに会おうね！」と綴っている。

その後リーズ戦では逆転弾、続くレスター戦でもゴールを奪うことに成功。しかし、最後の3カ月はその2得点のみで終わった。

サンチョは夏のプレシーズンでは“偽9番”として起用され、期待を感じさせるパフォーマンスを見せた。しかし、開幕から3試合連続で先発から外れることに。そしてついに、アーセナル戦ではメンバー外となっている。そしてこれが、指揮官との衝突のきっかけとなった。

テン・ハーグは選手に対して厳格な姿勢を貫いてきた。クリスティアーノ・ロナウドに対してもそうだったように。サンチョにとって、厳しい道が待っているのは間違いない。時間もかかるだろうし、そのまま失敗に終わる可能性も考えられる。そうなれば、イングランドにおける最大の「茶番劇」になるだろう。

この国で最も才能ある選手であることは間違いない。だからこそ、この物語のハッピーエンドを心から願いたいものだ。