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Lorenzo PalmisaniGOAL
翻訳者:

ロレンツォ・パルミザーニ、ブッフォンを学ぶことを決してやめなかったイタリアの新たな逸材

サッカーを愛するイタリアでは、3大会連続でワールドカップ出場を逃した痛みが深い傷を残している。だが今、新世代が巻き返しに向けて立ち上がろうとしており、その最前線にいるのがロレンツォ・パルミザーニ(22)だ。セリエAデビューで驚きをもたらしているこの若手は、GOALの最新「隠れた逸材」として、イタリア代表デビューも間近に見えている。

コモの指揮官セスク・ファブレガスは、自軍の選手がシュートを打つたびに、すでに喜ぶ準備ができている。腕を組んだ姿勢を解き、拳を握る。だが、フロジノーネのGKロレンツォ・パルミザーニ(22歳)がまたしても立ちはだかる。アルゼンチンの逸材ニコ・パスであれ、悪名高い点取り屋アナスタシオス・ドゥヴィカスであれ、誰が打ってもパルミザーニは必ず的確な答えを出してみせる。

「パルミザーニは本当に多くのセーブを見せた。もし4-1で勝っていても、不当ではなかっただろう」と、試合後にファブレガスはため息交じりに語った。最終結果はフロジノーネの2-0勝利。コモにとっては5カ月ぶりの黒星であり、昇格組フロジノーネにとっては5試合で3勝目となった。 

マッシミリアーノ・アルヴィーニ率いるチームは、これで最初の5試合のうち3試合に勝利。パルミザーニはこの印象的なスタートで決定的な役割を果たしており、2度のクリーンシートを記録している。2度目となったコモ戦では、文句なしのマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。

イタリアメディアは彼に最高評価を与えた。コモ戦後、Sportmediasetは「イタリアは本当にまた1人、ゴールマウスの怪物を生み出したのか?」と問いかけた。イタリアは伝説的GKに不足している国ではない。ディノ・ゾフ、ジャンルイジ・ブッフォン、そして現在マンチェスター・シティの守護神を務めるジャンルイジ・ドンナルンマに聞けば十分だ。

とりわけブッフォンとの比較は、パルミザーニにとってうれしいものだろう。あの伝説的GKは彼のアイドルだからだ。「ロレンツォはいつもブッフォンを思い描いていた」と、父ピエロはTuttosportに語っている。「これまでの人生で“ジジ”の動画をいくつ見たのか、知りたくもないくらいだ」

ロレンツォが末っ子であるパルミザーニ家にとって、この数週間は感情に満ちた時間となっている。「私たちは素晴らしい時間を過ごしています。ごく普通の家族ですし、こうした感情を受け止めるのは簡単ではありません。特にコモ戦の後はなおさらです」

一家は人口3万人の町アラトリに暮らしている。「みんな私たちのことを喜んでくれていますし、この町ではロレンツォが大人気なんです」と、母グラツィエッラは笑顔を見せる。「彼に会うために家まで来る人もいます」 

「パルミザーニのユニフォームを着て歩いている人たちを見ると、鳥肌が立ちます」とグラツィエッラは言う。「でも、調子に乗ってはいけません」と、母親らしい口調で釘も刺す。「きっとそんなことはしないと確信しています。学校の成績も良く、技術系の学業も修了しましたし、彼のことで問題が起きたことは一度もありませんでした」 

Frosinone Calcio v Como 1907 - Serie A 2026/27Getty Images

2年前のアラトリで、「Palmisani」と書かれたユニフォームを着ている人はほんのわずかだった。22歳の彼は、経済的に苦しんでいたオルビアでの失敗の後、2度目の経験としてルッケーゼへ期限付き移籍し、セリエCでプレーしていた。

「私たちは彼のことを心配していました」とピエロは振り返る。「オルビアでは物事がうまくいかず、ルッカでも厳しい経験になりました。そこでフロジノーネは、トップチームで彼を成長させることを決めたのです」。この選択は成功だった。

パルミザーニは9歳のとき、モレ・ビスレティの下部組織からフロジノーネに加わった。そのきっかけを作ったのは両親だった。ピエロはアラトリで小さな女子チームを指導し、妻はGKとしてプレーしていた。 

GKとしての遺伝子が表れるまでには少し時間がかかった。「私たちはよくロレンツォを試合に連れて行っていましたし、彼は少しずつこのスポーツを好きになっていきました。でも最初からGKだったわけではありません」と父は説明する。 

「彼は中盤を好んでいましたが、ある日GKをやりたいと言ったんです。いずれは1人きりになる場面があるから、メンタルの強さが必要だと伝えました。でも彼は頑固だった」。その頑固さに突き動かされ、パルミザーニは2013年にフロジノーネの下部組織へ加わった。しかし、トップチームでチャンスを得たのは20歳になってからで、それもあの2度の厳しいレンタル期間の直後だった。

昨季にはレギュラーに定着し、38試合で15回のクリーンシート、セーブ率80%を記録。フロジノーネをセリエB2位へ導き、セリエA昇格を勝ち取った。

U20 Germany v U20 Italy - International FriendlyGetty Images

その後、まずセリエAデビューを果たし、次にU-21代表へ招集され、さらに暫定監督シルヴィオ・バルディーニの下でイタリア代表にも招集された。ただし、まだデビューはしていない。

そのセリエAデビューの相手が、よりにもよってユヴェントスだった。ブッフォンのチームであるだけでなく、ピエロとグラツィエッラが血の中にユヴェントス愛を宿すほどのユヴェントスファンだからだ。ロレンツォも例外ではない。

「私たちはみんなユヴェントスのファンなんです。しかも運命が、まさにユヴェントス相手にセリエAデビューする機会を与えたなんて……」と、ピエロは目を輝かせる。さらに特別なのは、ユヴェントスがパルミザーニを獲得候補の最上位に置いているという事実だ。

「ユヴェントスは、もちろん夢です」とピエロは語る。愛するユーベからの関心に心を動かされながら、インテルと同様にユヴェントスもパルミザーニでスカッドを強化したいと考えているという。「私たちにとって最も大事なのは、息子がいつも幸せでいることです。でも、そうですね。まずはユーベ、それから他のすべてです。私たちの家族はずっとそうでした。まずユーベ、それから他のすべてです」

ブッフォンを研究するために費やした時間は、どうやら実を結んだようだ。ユーベ移籍は大きな何かの始まりになるかもしれない。もっとも、今はまだ、グラツィエッラが言うように地に足をつけているのが一番だ。

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