というのも、このオーバー30選手を主体とする有名選手の「爆買い」は、欧州サッカーの側にも皮肉なメリットをもたらす側面も持っているからだ。『ニューヨークタイムズ』傘下のWEBマガジン『ジ・アスレティック』は、5月7日付の記事でこう看破している。「ヨーロッパのクラブは、サウジアラビア・プロリーグとその膨大な資源を、ファイナンシャル・フェアプレー(FFP)のゴミ捨て場と見なすことができるようになった」。
これはどういうことだろうか。UEFAは昨年、これまでのFFPを大幅に改訂する形で新たなクラブ経営審査ルール「ファイナンシャル・サステナビリティ・レギュレーション(FSR)」の導入を決めており、2023-24シーズンはその適用初年度となる。FSRの大きな柱のひとつは、クラブの支出に制約を加える「コストコントロール」。具体的には、選手とテクニカルスタッフの給与、そして新戦力獲得に要した移籍金の減価償却費(総額を契約年数で割った額)を合計した「スカッドコスト」が、収入の90%を超えてはならない(2023-24シーズン。2024-25は80%、2025-26以降は70%まで基準が厳しくなる)とされている。
現時点において、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグに出場している欧州メガクラブ、ビッグクラブの多くはこの基準をクリアできておらず(例えばユヴェントスは110%を超えている)、人件費削減が経営上の大きな課題となっている。しかしそこで、ただでさえ年俸の高いベテランの有名選手をサウジアラビアに売却できれば、売り手である欧州のクラブは人件費削減、サウジのクラブは戦力とイメージの強化、選手自身はキャリア末期に高額年俸で、選手エージェントも仲介料でひと稼ぎと、誰にとってもメリットしかない状況が生まれる。
「FFPのごみ捨て場」とはかなり意地の悪い表現だが、「言い得て妙」であることは確かだ。実際、C・ロナウドのアル・ナスル移籍で「サウジルート」に先鞭をつけた大物代理人ジョルジュ・メンデスは今夏も、同じポルトガルのルベン・ネベスを自身が大きな影響力を持つウォルバーハンプトンからアル・ヒラルに送り込み、さらにベルナルド・シウバ(マンチェスター・シティ)にもオファーを持ち込んでいる。メンデスはアル・ナスル、アル・ヒラルといった個別のクラブにとどまらず、そのオーナーである『PIF』にとってもアドバイザー的な存在として深く食い込んでいるという噂も聞こえてくる。
他方、その『PIF』はニューカッスルを実質的なオーナーとして保有しているだけでなく、2022年にチェルシーを買収したトッド・ベーリーにその買収資金を提供しているアメリカの投資ファンド『クリアレイク』と密接な関係にあり、ベーリー自身ともホテルチェーンの買収資金提供という形でビジネスを共にしている。ここ数日、『PIF』傘下に入ったサウジのビッグ4がチェルシーの余剰戦力(シイエシュ、エドゥアール・メンディ、クリバリ、ロメル・ルカク)の獲得に動いているという事実も、「FFPのごみ捨て場」という概念を使えば理解しやすい。
ただこの場合、『PIF』は売り手であるチェルシー、買い手であるサウジのクラブの双方に利害を持っているわけで、いわゆる「利益相反」にあたる状況となっていることは明白だ。UEFAやFIFAがこの状況をどのように評価し、なんらかの規制や罰則の適用に動くかは、今後の大きな注目点と言えるだろう。