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【サウジアラビア勢:移籍市場の謎】中国との違いは?長期化する可能性も?欧州クラブへの皮肉なメリットとは

サウジアラビアの勢いが止まらない。

昨年末にアル・ナスルがクリスティアーノ・ロナウドと超大型契約を結ぶと、今夏にはレアル・マドリーを退団したカリム・ベンゼマがアル・イテハドに加入。バロンドーラー2人を迎えることに成功した。またエンゴロ・カンテとの契約も決まり、さらなるビッグネームの獲得に動いていることが連日のように報じられている。その潤沢な資金力を武器に欧州サッカー界ではありえないような給与を提示し、名のあるスーパースターを次々に迎え入れようと動き続けている。

では、なぜ今になってサウジアラビア勢は積極的にスター選手の獲得に動いているのだろうか? 移籍市場に詳しいイタリア在住ジャーナリストの片野道郎氏は、「一過性の現象には終わらない可能性が高い」と予想する。今回は、サウジアラビア勢の大型補強の背景、さらに過去に似たような計画があった中国スーパーリーグとの違い、そして欧州クラブにとってのメリットを解説する。

文=片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)

  • Karim Benzema Al-Ittihad unveiling 2023Getty

    サウジアラビアの「爆買い」

    サウジアラビアの「爆買い」が夏の移籍マーケットを騒がせている。

    昨年12月に首都リヤドのアル・ナスルがクリスティアーノ・ロナウドを獲得して大きな話題を呼んだが、今夏はビッグネーム獲得に拍車がかかっている。首都に次ぐ第2の都市ジッダの名門アル・イテハドがカリム・ベンゼマ(レアル・マドリー)と年俸1億ユーロ(約157億円)の3年契約を交わし、エンゴロ・カンテ(チェルシー)の獲得(年俸は3年間で1億ユーロいう噂)も決定。さらにアル・ナスルのライバルであり優勝回数が最も多い名門アル・ヒラルも、ルベン・ネベス(ウォルバーハンプトン)を移籍金5500万ユーロ(約86億円)、年俸2500万ユーロ(約39億円)の3年契約で獲得が決定的となった。

    しかも、これはどうやら単なる“序の口”に過ぎないようだ。欧州の移籍マーケットでは、毎日のようにビッグネームのサウジ移籍の噂が飛び交っている。C・ロナウドのアル・ナスルはハキム・シイエシュ(チェルシー)、ソン・フンミン(トッテナム)、マルセロ・ブロゾヴィッチ(インテル)、ウィリアム・カルバーリョ(レアル・ベティス)、アル・ヒラルはカリドゥ・クリバリー(チェルシー)をそれぞれ狙っているというのが直近の噂だ。

    これまでにはリオネル・メッシ(PSG→インテル・マイアミ)、ルカ・モドリッチ(レアル・マドリー)、エデン・アザール(レアル・マドリー→フリー)といった超ビッグネームの名前も挙がった。サウジアラビアの主要クラブがこぞって、欧州でキャリアの終盤を迎えつつある有名選手の獲得に動いていることは誰の目にも明らかだ。

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  • Muhammad bin Salman(C)Getty Images

    国家プロジェクト

    では、その背景には何があるのだろうか。

    最も大きな、そして直接的な理由は、サウジアラビア政府がこれまで国営だった国内の「ビッグ4」(リヤドのアル・ナスルとアル・ヒラル、ジッダのアル・イテハドとアル・アハリ)を、国営の投資ファンド『PIF』(パブリック・インベストメント・ファンド)の傘下に置くという形で“民営化”し、積極的な資金援助によって戦力を強化、同時に参加チームを「16」から「18」に拡大再編するなど、サウジ・プロフェッショナル・リーグ(SPL)全体の振興・発展を目指して動き出したこと。ちなみに『PIF』は2021年秋にプレミアリーグのニューカッスルを買収して実質的なオーナーの座に収まるという形で、すでに欧州サッカーへの進出も果たしている。

    さる6月5日、『PIF』による「ビッグ4」の買収を発表した同国のモハメド・ビン・サルマン皇太子は、これは自身が中心になって策定して2016年に発表した国家発展構想「ビジョン2030」の一環であるとして、2030年までにSPLを世界のトップ10リーグに成長させ、リーグの企業価値を現在の3倍にまで高めたいという目標を打ち出した。

    この「ビッグ4」は、それだけでSPL全クラブのSNSフォロワーを96%カバーする(つまり国民の大部分が4チームどこかのファン)という寡占的な存在。新たにオーナーとなった『PIF』は、この4チームがそれぞれ少なくとも3人のビッグネームを欧州から獲得するという目標を掲げているとされる。2大都市のダービークラブに集中的にテコ入れしつつ、戦力を大きな偏りなく配分して競争バランスを保つことで、国内におけるリーグの人気と国外からの注目の双方を高めようという狙いと見ることができるだろう。

  • N'Golo Kante Ittihad 2023Al Ittihad Twitter

    一過性の現象には終わらず?

    国家戦略とリンクする形でプロサッカーリーグの振興に力を入れ、その柱に欧州からの有名選手獲得を据えるというのは、2010年代半ばに中国スーパーリーグが取ったのと同じアプローチだ。今回のサウジも当時の中国と同様、欧州の「相場」から見れば法外としか言いようのない年俸や移籍金を提示するという、いわば「札束で頬をひっぱたく」やり方で移籍マーケットを引っかき回している。

    違いがあるとすれば、当時の中国がオスカル、ラミレス、アレシャンドレ・パト(いずれもブラジル代表)、ヤニック・カラスコ、アクセル・ヴィツェル(共にベルギー代表)、ステファン・エル・シャーラウィ(イタリア代表)といった20代半ばから後半、キャリアのピークにある選手も獲得していたのに比べ、今回のサウジがターゲットにしているのは、キャリア末期を迎えたオーバー30のベテランがほとんどだということ。

    これには、サウジがすでに名声が確立されたビッグネームに的を絞ることでより即効性のある人気拡大(とそれに伴うビジネス拡大)を狙っているという側面と、中国という前例からキャリアのピークで欧州を離れるデメリットに選手やそのエージェントが敏感になっているという側面の双方があるように思われる。

    他方、中国の「爆買い」が国家戦略の転換(サッカー振興の優先順位低下)とバブル崩壊に伴ってほんの2~3年で終焉を迎えたのに対し、サウジの場合は「ビジョン2030」という一貫性と継続性を持った構想の一環と位置づけられており、その延長線上にはワールドカップ招致という大きな目標があること、さらに国内のサッカー熱の高さという歴史的な土壌の豊かさもあることから、一過性の現象には終わらない可能性が高い。

  • Todd BoehlyGetty

    「FFPのごみ捨て場」

    というのも、このオーバー30選手を主体とする有名選手の「爆買い」は、欧州サッカーの側にも皮肉なメリットをもたらす側面も持っているからだ。『ニューヨークタイムズ』傘下のWEBマガジン『ジ・アスレティック』は、5月7日付の記事でこう看破している。「ヨーロッパのクラブは、サウジアラビア・プロリーグとその膨大な資源を、ファイナンシャル・フェアプレー(FFP)のゴミ捨て場と見なすことができるようになった」。

    これはどういうことだろうか。UEFAは昨年、これまでのFFPを大幅に改訂する形で新たなクラブ経営審査ルール「ファイナンシャル・サステナビリティ・レギュレーション(FSR)」の導入を決めており、2023-24シーズンはその適用初年度となる。FSRの大きな柱のひとつは、クラブの支出に制約を加える「コストコントロール」。具体的には、選手とテクニカルスタッフの給与、そして新戦力獲得に要した移籍金の減価償却費(総額を契約年数で割った額)を合計した「スカッドコスト」が、収入の90%を超えてはならない(2023-24シーズン。2024-25は80%、2025-26以降は70%まで基準が厳しくなる)とされている。

    現時点において、チャンピオンズリーグやヨーロッパリーグに出場している欧州メガクラブ、ビッグクラブの多くはこの基準をクリアできておらず(例えばユヴェントスは110%を超えている)、人件費削減が経営上の大きな課題となっている。しかしそこで、ただでさえ年俸の高いベテランの有名選手をサウジアラビアに売却できれば、売り手である欧州のクラブは人件費削減、サウジのクラブは戦力とイメージの強化、選手自身はキャリア末期に高額年俸で、選手エージェントも仲介料でひと稼ぎと、誰にとってもメリットしかない状況が生まれる。

    「FFPのごみ捨て場」とはかなり意地の悪い表現だが、「言い得て妙」であることは確かだ。実際、C・ロナウドのアル・ナスル移籍で「サウジルート」に先鞭をつけた大物代理人ジョルジュ・メンデスは今夏も、同じポルトガルのルベン・ネベスを自身が大きな影響力を持つウォルバーハンプトンからアル・ヒラルに送り込み、さらにベルナルド・シウバ(マンチェスター・シティ)にもオファーを持ち込んでいる。メンデスはアル・ナスル、アル・ヒラルといった個別のクラブにとどまらず、そのオーナーである『PIF』にとってもアドバイザー的な存在として深く食い込んでいるという噂も聞こえてくる。

    他方、その『PIF』はニューカッスルを実質的なオーナーとして保有しているだけでなく、2022年にチェルシーを買収したトッド・ベーリーにその買収資金を提供しているアメリカの投資ファンド『クリアレイク』と密接な関係にあり、ベーリー自身ともホテルチェーンの買収資金提供という形でビジネスを共にしている。ここ数日、『PIF』傘下に入ったサウジのビッグ4がチェルシーの余剰戦力(シイエシュ、エドゥアール・メンディ、クリバリ、ロメル・ルカク)の獲得に動いているという事実も、「FFPのごみ捨て場」という概念を使えば理解しやすい。

    ただこの場合、『PIF』は売り手であるチェルシー、買い手であるサウジのクラブの双方に利害を持っているわけで、いわゆる「利益相反」にあたる状況となっていることは明白だ。UEFAやFIFAがこの状況をどのように評価し、なんらかの規制や罰則の適用に動くかは、今後の大きな注目点と言えるだろう。