David de Gea Manchester United 2022-23Getty Images

【デ・ヘア退団の必要性】マンチェスター・ユナイテッドが下した「冷酷な判断」を「歓迎すべき」理由

12年間マンチェスター・ユナイテッドのゴールマウスを守り続けた守護神の退団が決定した。先日、ダビド・デ・ヘアは「12年間、ありがとう。誇りだった」とのメッセージを公開。公式戦545試合出場、190回のクリーンシートとクラブのGK史上最多記録を残してマンチェスターを後にする。

このニュースの解釈の仕方は2つ。クラブは減給での契約更新をオファーし選手も一度それを受け入れたが、後に撤回。結果的にフリーでトップレベルのストッパーを失った。これは本当に世界トップクラスのクラブがやるマネジメントなのだろうか? ユナイテッドで12年間を過ごし、何度も何度もチームを危機から救い、クラブ最多記録を残した守護神に対する仕打ちとして正しいことなのだろうか? グレイザー一家とサウジアラビアによる終わりの見えない買収劇に揺れるクラブの、新たなマネジメントミスと言われても仕方がないだろう。

しかしもう1つの解釈として、「ユナイテッドがプレミアリーグと欧州における“真のエリート”に戻るため、チームが待望し、必要とするスタイルに適合するGKの獲得のため、厳しくも重大な決断を下した」という見方もできるだろう。確かに冷酷には見えるかもしれないが、前へ進むためには必要なことだったのかもしれない。

文=リチャード・マーティン

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    多すぎたミス

    デ・ヘアに関しては厳しい現実を見なければならない。昨季は重要な場面であまりにも多くミスを犯し、クラブに損害を与えたことは間違いない。確かにプレミアリーグ最多クリーンシートを達成してゴールデン・グローブ賞を受け取ったものの、失点につながるミスが連発している。彼の放出を正当化するには十分なほどに。

    序盤のブレントフォード戦(0-4)、FAカップ3回戦のエヴァートン戦(3-1)、ヨーロッパリーグのレアル・ベティス戦、さらに準々決勝セビージャ戦の2試合、そしてFAカップ決勝戦と、例を挙げればきりがない。決定的な場面で重圧に敗れることはここ数シーズン続いていたことであり、ユナイテッドが契約について慎重に検討を重ねたのもうなずける。

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    現代サッカーへの適応

    デ・ヘアはミスが多いだけでなく、現代サッカーに求められるプレーに適応できないことも露呈。特にプレスをかけられた際、ビルドアップに難があることは明らかだった。これはスペイン代表のファーストチョイスから外れた主な理由であり、ユナイテッドでもエリック・テン・ハーグ監督の就任でその欠点はより目立つようになってしまった。

    前述のブレントフォード戦やセビージャ戦は、彼のキックの質の低さを示す最も顕著な例だが、シーズンを通してビルドアップの不安はつきまとい続けた。4月のニューカッスル戦(0-2)もそうだし、FAカップ決勝もそうだ。彼の不安定なパフォーマンスにより、おそらくテン・ハーグはより長い時間ボールを保持するというプランを断念することになったのだろう。

    そうして彼が新たに望んでいるのは、アヤックス時代の教え子でもあるアンドレ・オナナだ。昨季はインテルでチャンピオンズリーグ決勝進出の立役者となり、大胆なドリブルや的確なショート&ロングパスを持ち味とする、自身が求めるGK像に完璧に合致する選手を求めている。

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    必要だった別れ

    ユナイテッドのオナナ獲得オペレーションは順調に進んでいるという。複数メディアの報道では、まもなくインテルとも合意に達する見込みであり、新守護神の到着は間近に迫っているようだ。

    ユナイテッド加入を目指すGKは、どんな選手でも自分が疑いようのないNo.1になることを望んでいる。例外はほとんど無いだろう。そんな中で仮にデ・ヘアのようなチームにとって重要な存在がいる場合、加入を躊躇することは間違いない。出場機会の保証が得られなければ、引く手あまたの選手は他クラブを選択するだろう。だからこそ、ユナイテッドにとっては必要な別れだったと言える。

    一方でデ・ヘアにとっても、新たなライバル到着で出場機会やプレー面での迷いが生じるよりも、新たな挑戦で自信を取り戻す方がキャリアにとってプラスになるはずだ。

  • Erik ten Hag David de Gea Manchester United 2022-23Getty

    テン・ハーグの懸念

    『デイリー・メール』によると、デ・ヘアの主な退団理由はテン・ハーグ監督が彼の能力を疑問視したからだという。昨季は公の場でミスを擁護し続けてきたが、一方でベティス戦後は「無視できない」とはっきりと疑念を示すこともあった。FAカップ決勝でマンチェスター・シティに敗れた後も、デ・ヘアについて問われた際には「次のステップに進んでタイトルを獲得したいのであれば、改善しなければいけない問題がある」と明言している。

    仮に報道が事実だった場合、テン・ハーグのこの判断は歓迎されるべきだろう。元同僚であるジョゼップ・グアルディオラや躍進したアーセナルが示すように、GKのビルドアップは現代サッカーにおいてマストであり、タイトルを目指すのであれば必要な変化なのである。

  • Joe Hart Man CityGetty

    ペップも通った道

    過去を振り返ると、グアルディオラも同じような決断を下している。2016年に彼がシティに加わった際、No.1にはジョー・ハートが君臨していた。リーグ2度の優勝やFAカップ制覇の立役者で、ロッカールームでも絶大な人気を誇り、ファンの間ではアイドル的な存在でもあった。

    しかしグアルディオラのスタイルは明確であり、ハートはそれに適合しないと判断された。プレミアリーグ初采配でウィリー・カバジェロを起用し、その後ハートをトリノへレンタルで放出。バルセロナからクラウディオ・ブラーボを呼び寄せた。ハートは後に『In The Stiffs』でこう語っている。

    「彼は僕の経歴や何を達成してきたのかを良く知っていたし、どういうスタイルなのかも理解していたんだ。だけど2時間の話し合いは、最終的に『これがうまくいくとは思えない』という彼の言葉で終わった。『私が君の中に見ているものは、私がGKに求めているものではない』とね」

    結局ブラーボが正解だったとは言い難いが、その1年後にベンフィカからエデルソンを獲得。このブラジル代表は在籍6年間で5度のリーグ優勝を達成している。“スイーパー・キーパー”としての才能がクラブに、そして世界にどれほど影響を与えたかを示している。

  • Erik ten Hag David De Gea clap Manchester United 2022-23Getty Images

    これからのユナイテッド

    グアルディオラがバイエルンに在籍していた際、テン・ハーグは2年間リザーブチームを率いており、彼らが志向するプレースタイルは共通している。だからこそグアルディオラのように、テン・ハーグが自身の好むスタイルを実現できるGKを望むのも自然な流れなのだろう。グアルディオラはチャンピオンズリーグ決勝のインテル戦の前、『CBS Sports』で興味深い発言を残している。

    「オナナのようなGKがいると、相手陣内の深い位置までハイプレスを実現するのは難しい。例えばユナイテッドだと、彼らはロングボールを蹴るんだけどね」

    デ・ヘアの欠点が、テン・ハーグの再現したいスタイルに影響を与えたことは間違いない。過去12年間の献身とは別に、前へと進んでいくチームの足かせになっていたのだ。確かに外から見れば、功労者に対するユナイテッドのやり方や判断は冷酷に見えるだろう。だが、クラブの決断は前向きに捉えることだってできるはずだ。

    たとえオーナーの無責任な決断によってクラブ状況が苦しくなっているとしても、たとえ判断が遅れたとしても、やらないよりはマシなのだ。これでついに、テン・ハーグの望むGKを迎える準備ができた。ユナイテッドにとって、今回の決断は歓迎すべきなのだろう。