あなたは24歳以上ですか?

Help us verify your age by providing an honest response. This site contains gambling advertising for 24+.

Age-restricted content

賭け事に関するコンテンツを閲覧するには、年齢要件を満たしていません。トップページへリダイレクトされます。

alt
kobayashi yoshiyuki(C)Getty Images

千葉の小林慶行監督「オシムさんの時代からジェフの試合に来てくださっていた」田村修一さんを悼む

ジェフユナイテッド千葉の小林慶行監督が、フリーのサッカージャーナリストとして活躍した田村修一さんの死を悼んだ。

千葉は17日に千葉市内のユナイテッドパークで公開練習を実施。いつもどおり、我々報道陣が取材の準備を進めていると、クラブの広報から一つの知らせが届いた。

「練習後、小林監督からみなさんにお話しがあるようです」

ざわつく記者陣。千葉の試合を約2年間追っている筆者にとっても初めてのことだった。そのうち、チームは約2時間のハードな練習を終えた。それから少しして、小林監督が我々の前に現れた。

「田村さんのことで、ご相談があって…」(小林監督)

指揮官は、先月末に膵臓がんによって、68歳で逝去した田村さんの訃報に胸を痛めていた。日本人唯一の「バロンドール」審査員だった田村さんは、人一倍の熱量で世界のサッカーを追い続け、元日本代表監督のフィリップ・トルシエ氏とも深い絆で結ばれていた。また、千葉の取材に足繫く通い、同クラブの監督だったイビチャ・オシム氏とも信頼関係を築き上げたジャーナリストだった。

晩年も、小林監督の率いる千葉の取材によく訪れ、試合後には鋭くも、愛のある質問をたくさん浴びせてきた。筆者も、今年1月にフクダ電子アリーナでお会いした際には、「これ、あげるよ」と元オランダ代表のヨハン・クライフの写真がプリントされた年賀状をいただき、田村さんの優しさに触れたばかりだった。

小林監督は何度も言葉を交わした田村さんの死を受けて、「何かできることはないか」と報道陣を集めたのだった。そして我々に頭を下げながら「感謝の気持ちを伝えたい」と自身の想いを明かした。そして19日に行われたオンライン取材で、小林監督は田村さんに哀悼の意を表した。

「先日、いつもジェフの取材をしていただいていた田村修一さんが亡くなったとお聞きしました。オシムさんの時代からジェフの試合に来てくださっていたと聞いていますし、自分自身も特にこの2シーズンはジェフに関心を持っていただいたと思っています」

「ホームゲームにもたくさん足を運んでいただき、記者会見でも相当な数のやり取りをしたと記憶しています。時にはきびしくも、(自分たちが)勇気を持てるような記事を書いていただいた。それくらいの愛を、ジェフに対して注いでくれました」

「僕自身がこの場でクラブを代表してというのは違うのかもしれませんが、少なくとも僕が(監督を)やっていたこの2年間は、すごく愛を感じるような、時にはきびしく、時には包み込むような記事を書いてくださった田村さんが亡くなってしまったことを、非常に残念に思いますし、今まで本当にありがとうございました、という感謝の気持ちでいっぱいです」

千葉は21日午後7時30分に東京都のMUFGスタジアム(国立競技場)で、FC東京と対戦する。

文=浅野凜太郎

この物語を楽しんでいただけましたか?

GOAL.comをGoogleの優先情報源に追加して、より多くのレポートをご覧ください。

GOALをGoogleでフォロー