■メンタル含め「トレーニングできる状況じゃなかった」
7月28日に発生した最大震度7の「令和8年熊本地震」の影響で、全体練習は8月5日に再開したばかりだった。心身ともに、決して万全の状態ではなかったはずだが、選手たちは「熊本のために」と最後まで粘り強く戦った。
熊本県宇城市小川町出身の熊本DF薬師田澪もその一人だ。「平成28年熊本地震」も経験している。しかし、今回は「物が全部倒れて、建物が全部やられてしまった。道路の隆起もすごくて、自分が中学生だったときの10年前とは、比にならないと思いました」と、振り返った。
「母さんが一人で実家にいたので、母さんが心配でしたし、本当にショックが大きかったです。メンタルがやられた。地震の次の日は(メンタルが)やられっぱなしだった」
28日も、チームはいつも通り熊本県民総合運動公園内施設でトレーニングを行っていたが、練習の途中で地震が発生した。その場で大きな揺れを感じて、トレーニングは即中断。全員が急いで家族と連絡を取り合うなか、薬師田は母親と連絡がつかなかった。
急いで実家に駆けつけると、家族は無事だったものの、家の食器が散乱し、窓ガラスも割れていた。地震から2日経ち、チームは参加が可能なメンバーのみトレーニングを行ってきたが、薬師田の姿はなかった。実家は電気も通らず、4、5日間は復旧作業に追われたという。
それでも、5日のトレーニングから合流。「メンタルを切り替えられた」と約1週間ぶりのサッカーに打ち込めたのは、支えてくれた人々のおかげだと語った。
「いろいろな人に支えられて片付けが終わってから、家族に『サッカーをしていいぞ』と言ってもらった。本当に感謝しています。まだまだ断水も続いていますが、家族に感謝してプレーしたい」
「正直、薬師田はトレーニングできる状況じゃなかった」と熊本の片野坂知宏監督は22歳を案じていた。しかし本人は「サッカーになったら、ピッチに立ったら戦うと決めていた。熊本に勝利を届けたいと思っていた。サッカーのマインドには、試合前から入っていた」と、この日の開幕戦で先発フル出場を果たした。
余震は続くが、次はホームで勝利を届けたい
指揮官が「90分持つかな」と心配するなか、薬師田はセンターバックの位置で奮闘。ホームの相模原に攻め込まれ、シュート14本を浴びる厳しい展開だったが、最後まで体を張った守備でゴールを割らせなかった。
試合はそのまま0-0で終了。ホイッスルが鳴ると、スタジアム全体から拍手が起こり、相模原と熊本のゴール裏からは大きなエールが贈られた。
「アップのときから相模原さんも含めて横断幕は見えていました。X(SNS)でも、いろいろなクラブが横断幕を掲げてくれているところを見ていたんです。自分は熊本の宇城市出身で、感謝し切れないくらいありがたかったです。今後、しっかりとプレーで返せたらと思います」
「宇城市が震度7という状況で、全員がありがたみ、日常の尊さを改めて感じた。自分はそれをピッチで表現するだけだったので、応援してくれた方々に感謝の気持ちを持って、プレーしました」
片野坂監督は「何より全員が体を張って、粘り強く闘ってくれた」としつつ、「薬師田が想いを持って戦ってくれると思っていた。最後まで集中を切らさずに頑張ってくれた」と起用の意図を明かした。
チームは15日、栃木SCとホーム開幕戦を迎える。まだまだ余震は続いており、引き続き警戒は必要で、不安な日々は続く。それでも、熊本イレブンはJ2復帰を目指す自分たちのサッカーで、熊本の人々を勇気づけたい。
1週間後、舞台はえがお健康スタジアムだ。試合を終えた薬師田は意気込む。
「どんな状況でも最後まで戦う姿勢を見せたいですし、泥臭く、どんな形でも得点を決めて、サポーターと分かち合いたい、ホーム開幕なので、勝利を全員で分かち合いたいです。プレーで表現することが一番。試合を見ている人が、熊本の選手が戦っているなとか、最後まで諦めていないなと思ってもらえるように、ホームで戦いたいです」
取材・文=浅野凜太郎



