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メキシコがワールドカップで挑む“5戦目”の呪い【W杯特別コラム】

それは呪いではないし、型どおりのことでもない。ワールドカップに挑むメキシコ代表に何世代にもわたりまとわりつく見えない糸でもない。“エル・トリ”は自国開催大会以外で“5戦目”、つまり準々決勝に進んだことがない。だがそこには見えない壁があるわけでもない。

少なくとも彼らは信じてほしいのだ。彼ら自身がそう信じているように。今年こそは違うのだと。

■選手は“その先”を目指す

ロシア行きを決めて以来、メキシコの選手たちは5戦目が目標ではないと明言してきた。彼らのゴールはその先だ。

以下に続く

エースのハビエル・“チチャリート”・エルナンデスはこう語る。

「W杯を勝ち取りたい。僕の頭にはそれしかない」

アンドレス・グアルダードの想いも強い。

「夢なんだ。僕自身の4度目のW杯で、“キント・パルティード“(5戦目)に到達するだけじゃない、もっと先に進みたい」

そして主将のラファエル・マルケスは、今月のセレモニーで強気な姿勢を示した。

「疑いようもないことだ。このチームは“5戦目”のことなど毛頭考えていない、チャンピオンを目指している。それが我々のモチベーションだ」

とはいえ、メキシコが世界の頂点に立つためにはその“5戦目”に到達する必要がある。歴史はその難しさを物語っている。

■PKに泣いた1994年大会

1994年大会のピッチ。そこに立つ選手たちはまだその兆候に気付いていなかった。メキシカン・フットボールの誇りを取り戻す、そのことだけに集中していた。1988年のU20選手権でのスキャンダルで、メキシコは全世代で2年間の出場停止処分を受けた。そのため、A代表も1990年イタリア大会に参加できなかった。

アルベルト・ガルシア・アスペ、ホルヘ・カンポス、クラウディオ・スアレスらを擁するチームは6大会連続でラウンド16まで勝ち上がった。だがそれとともに、メキシコは最も準々決勝進出を逃した回数の多いチームという記録も刻まれることになった。

1994年アメリカ大会の決勝トーナメント1回戦、ブルガリア戦。メキシコは、開始早々ストイチコフに先制を許したが、ガルシア・アスペのPKで同点に追いつく。だがPK戦でメキシコの最初のキッカーを務めたガルシア・アスぺは、GKボリスラフ・ミハイロフが守るゴールに決めることができず。メキシコGKカンポスも最初のシュートをセーブしたが、ミハイロフは続く第2、第3キッカーもセーブしてみせた。

ブルガリアのシンデレラストーリーは続く。レチコフがスポットから放ったシュートが決まると、カンポスは地面に体を投げ打った。ガルシア・アスペは手で顔を覆った。

Mexico 1994Getty Images

■6大会連続の“5戦目”未到達

それから4年後のフランス大会。決勝トーナメント1回戦のドイツ戦、ルイス・“エル・マタドール”・エルナンデスのゴールがメキシコを準々決勝へと導きつつあった。だが残り15分でラウル・ララがクロスをクリアし損ね、ユルゲン・クリンスマンがすかさずゴール。それからすぐオリバー・ビアホフが追加点を挙げ、ドイツが勝利をもぎとった。

2002年はすべてが違って見えた。今度の相手はアメリカ。ブライアン・マクブライドが早々に先制すると、ランドン・ドノバンがメキシコのバックラインを翻弄し追加点を決める。2-0となってすぐ、アメリカサポーターが歌う”ドス・ア・セロ!“(2-0だ!)というチャントが響き渡った。

2006年大会はメキシコにとって特に痛ましい記憶として残っている。アルゼンチンと対決したエル・トリは、前半6分にラファ・マルケスのゴールで幸先よく先制したかに思われた。だがそのわずか4分後、フリーキックからエルナン・クレスポのシュートがメキシコFWハレド・ボルヘッティに当たり、ゴールマウスに吸い込まれた。そしてエル・トリが5戦目を懸けた試合はまたも延長戦にもつれこんだ。そしてこのときは、マキシ・ロドリゲスの胸トラップからゴール隅に叩き込んだ、目の覚めるようなボレーシュートで砕かれた。

2010年大会はまたしてもアルゼンチンとの対戦となった。今回はカルロス・テベスのオフサイドが見逃され、早々に失点する不運に見舞われた。その後、メキシコは十分にチャンスを作ることもできない。南米の雄が2点を積み重ね、試合の結果が決した後半、南アフリカを去るエル・トリのプライドはチチャリートのゴールでささやかながら守られた。

そして前回大会。全米が苦悩するPK判定が下される。1-1で迎えた試合終盤、アリエン・ロッベンがPKを獲得した。クラース・ヤン・フンテラールがこれを決め、この大会でもメキシコは4試合目でW杯を終えることとなった。メキシコでは多くの街でロッベンの倒れる様子が「#NoEraPenal(あれはペナルティじゃなかった!)」の文字と共に描かれ、いまでも街中で売られている。

Robben 2014 02 05 2018Getty Images

■グループリーグとの違い

なぜこれほど何度も繰り返されるのか? ノックアウトステージの難しさ、と言う者もいる。

Juan Carlos Osorio Mexico 06212017

メキシコ代表指揮官のフアン・カルロス・オソリオは『Goal』にこう語る。

「我々は途方もなく遠いところに行きたいわけじゃない。だが現実を見てみると、グループステージを突破したら、次の相手は当然だが優れたチームだ。だが我々はその試合でも、格下相手と同じような戦い方で臨んでしまう」

「だが今の我々はトップチーム相手にも戦えると思うよ。ウルグアイ、ポルトガル、ベルギー、ポーランドといったチームに良い戦いができたからね。昨年そういった戦いができたことからも、彼らと同じレベルにあると言えるだろう」

元メキシコ代表GKオズワルド・サンチェスは、かつてのチームもまた強力だったが、集中しきれていなかったと言う。決定的な瞬間にスイッチが切れてしまい、そういうわずかな瞬間が違いを生んだと振り返る。

■集中力の欠如

「集中力の欠如だ。重要な選手たちが集中力を切らしていたのだろう。1998年大会、1-0で我々がリードしていた状況で、いかにしてドイツは2ゴールを奪ったか。我々が集中できていなかったからだ」

「2006年のドイツ大会でもそうだ。アルゼンチン戦では唐突なオウンゴールを喫した。そして、マキシ・ロドリゲスに大会ベストゴールを決められてしまった」

「細かな部分だ。戦術コンセプトがふっと頭から消え、集中力を欠く、そんなわずかな瞬間で勝負が決まってしまう。メキシコでは有名な“No era penal(PKではなかった)”というものもある。だが、それ以上に、精神面に目を向けたら、メキシコチームの集中力に問題はなかっただろうか。人間は時間をかけて状況から学ぶものだ。今はすべてが過去のことであり、物事は異なるものになっている」

サンチェスは気づいている。彼は2006年大会でピッチに立ち、その前の2大会でもメンバーにいた。彼が正しく、集中力の問題だというのなら、それは確かに精神的なものなのだろう。

では今回メキシコが変わるにはどうすればいいのだろうか。オソリオのチームが歴史を変え、新たな流れを作るにはどうすればいいのか。全ては彼らの頭の中にある。

Juan Carlos Osorio Andres Guardado Mexico

■メンタルゲーム

イマノル・イバロンドはよく笑う読書好きのスペイン人だ。彼はメンタルコーチとして、スペインの五輪チーム、バスクのスポーツチーム、そして現在はメキシコ代表チームで、選手がポテンシャルを最大限発揮できるように精神面からサポートする。一方で、彼自身の競技での成功は限られたものだったという。

彼は心理学者ではない。だがアスリートがトレーニング場、ジムなどフィールド外で成功を収められるようサポートする技術を持っている。メキシコ代表がメンタルコーチを雇うのはこれが初めてではない。2006年にはリカルド・ラ・ボルペが雇われたが、エル・トリとの仕事で多くのことはできなかった。だが、今回は多くの選手がイバロンドのような人物とつながりを感じている。

コパ・アメリカ・センテナリオのチリ戦で0-7という大敗を喫したメキシコ。その後に彼はチームに加わり、選手たちの信頼を少しずつ勝ち得てきた。

Chile Mexico Copa America Centenario 2016

ウェールズとの親善試合の前日、彼はメキシコメディアにこう語っていた。

「まず、私は主にグループワークを中心に行った。私がこのチームのもとに来たとき、あの0-7の試合のあとで彼らは少し自信を失って、難しい時期にあったんだ」

「だから私はまずグループワークから始め、選手たちの自信を取り戻すベストの方法は何か考えることにした。その結果、個別のワークをする以上に彼らのことをよく理解し、彼らに自信を与えることができたんだ」

チームにはヨーロッパでプレーする選手が10人以上いるが、彼らと北米を拠点とする選手たちとは話す話題が異なる。そこでは“5戦目”のことは話題に上がらない。

「その“問題”について私は聞いたことが無いね。“5戦目”について誰からも話はなかった。このチームは成熟し、高い能力と才能を持ったグループだと私は思う。ヨーロッパをはじめ、言葉を学ばないといけないような場所やチームに適応しなければならない場所でプレーするには、強靭なメンタルを持っていないといけない。彼らにはそれが備わっているんだ」

「“5戦目”は障害や壁の類ではない。彼らは自分たちのストーリーを描くという目標がある。彼らはとても団結しているし、連携できている。強力で、良い雰囲気なんだ。それはもう信じられないくらいにね」

これは彼が会見と後日行われたインタビューで繰り返してきたことだ。

「“5戦目”については考えてない。我々は初戦のことだけを考えている」

初戦で良いパフォーマンスを見せ、2戦目、3戦目と続けない限りは5戦目にたどり着くことはありえない。

すべての選手がイバロンドのコーチングを受けるわけではない。イバロンドは彼のアドバイスを受けない選手ともよくやっているし、彼のコーチングを受ける選手にとっては役に立つものだと指揮官は語る。

「彼と話す選手もいるし、そうしない選手もいる。どちらも良く機能しているよ。だがだからといってそれを選手たちに強制しようとは思わない。強調しておきたいのは、彼らはそれぞれの領域でチームをとてもサポートしてくれている。我々は彼らの力を最大限活用すべきなんだ」

■心理的アプローチ

たとえ選手たちが“5戦目”について語らなかったとしても、歴史はまだメキシコを苦しめる要因となりうると、マルタ・ヘレディア博士は指摘する。

スポーツ心理学者としての実務に加え、ヘレディア博士は“ラ・シコロヒア・イ・エル・フトボル”(スポーツ心理学とサッカー)という論文を執筆する研究者だ。メキシコ大学UNAMでスポーツへの適応のためのコーディネーターとして働いていた。

メキシコが飛躍するためには新たなアプローチが必要だと彼女は主張する。

「『モチベーションが大切で、たくさんの欲求を持ち、魂を与え、個性や多くのものを持っている』と、彼らは長い時間こだわっていました」

しかし、物事を変え、心理的なテクニックを掘り下げて選手たちの精神的な健康を保つことができれば、ファンが選手に向ける期待にもうまく対応できるようになる。テコンドー選手であるマリア・エスピノーサのオリンピックでの成功を例にあげて話す。

「最近メキシコのアスリートや若い人々はいくつかの競技でブレイクスルーを実現してきました。メキシコ人は劣っている、できるわけがないといった考えを拭うことができたのです」

「そこから何がわかるでしょうか? グループ内での良い関係性を見つける必要があります。『勝ち抜けられっこない!』という展望のせいで、“5戦目”に向けてとてつもないすごいプレッシャーが選手たちにかかるのです」

Juan Carlos Osorio Mexico 05282018Kevork Djansezian

■ストーリーを変える

そのプレッシャーは、まだプロとしての足場を固めようとしている最中の20歳の少年の肩に重くのしかかっている。エドソン・アルバレスは才能ある選手だが、クラブ・アメリカでは過去の大会でケガや出場停止発生でレギュラーには定着していなかった。だが彼はその才能を認められ、チームには彼の居場所がある。

アルバレスはロッカールームで“5戦目”についての会話はないと語る。彼が生まれたのは1994年大会の後のことで、記憶にあるのは2006年大会だ。他の選手はそれを話題に出すこともない。彼はこれまで“5戦目”について十分に聞いてきた。報道陣もそのことについて多くの質問を投げかけてくる。

「僕たちは1試合ずつ進んでいくつもりだ。一歩ずつね。その先に飛び越えていくことなんかできない」

「僕たちは落ち着いているよ。そしてまとまっている。僕たちはこの歩みを“5戦目”まで続けることができるはずだし、決勝にだって行ける」

チームリーダーであるマルケス、チチャリート、グアルダードらは、彼らは究極の目標を見据えており、その中の一戦を見てはいないと彼に語ったという。だが、それはメキシコに横たわる象徴でもあり、オソリオのチームにとっては成功と失敗を分ける分水嶺だ。アルバレスは歴史を作り、マルケスやオソリオが成し遂げたことのない、“5戦目”へとメキシコを連れていくかもしれない。

■「単なる事実」

Juan Carlos Osorio MexicoLaurens Lindhout

ディフェンディングチャンピオンのドイツを含むグループFと、ブラジルが優位なグループEの交錯は、2002年大会や2014年大会でエル・トリが直面したこと以上に難しいものかもしれない。また、ディエゴ・レジェスやアンドレス・グアルダードら主要選手が負傷のために100%の状態ではない。

これまでのトーナメントでのメキシコが勇敢に反証しようとした、より厳しい現実がやってくる可能性もある。単に十分ではないかもしれない。オソリオは語る。

「私はこれが心理的な問題だとは思わない。単なる事実でしかない。彼らが進めるのはそこまでだった、というだけだ」

次の試合で勝つか引き分けるか、常に議論が繰り広げられる。前回のW杯ではあの有名なPK判定があった。ラファ・マルケスとアリエン・ロッベンのものだ。

「まだ試合がある状況だ。次のラウンドに進むためにゴールが足りなければ、我々はそれに挑戦するだけだ。ただその場にいるだけで幸せだとか、恥ずかしい振る舞いをしないようにとか、負けたくないといった姿勢ではなく、我々はより攻撃的な意識でより勝利を目指すつもりだ」

文=ジョン・アーノルド/Jon Arnold

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