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日本人グループがイングランドのプロクラブ、チャールトンに出資。「アジアと欧州をフットボールでつなぎ、プラットフォームになっていく」その狙いを聞く

 この夏、アジア発のマルチクラブ・オーナーシップを構築するフットボール事業会社ACAフットボール・パートナーズ(ACAFP)が、イングランドのプロクラブ、チャールトン・アスレティックFCの株式を取得した。

 日本人グループがイングランドのプロクラブの株式を取得する初のケースとなったが、仕組みとしてはチャールトンに出資するグローバル・フットボール・パートナーズ(GFP)へACAFPが資本参加し、クラブの少数株主となることで実現した。

 2021年7月、シンガポールに設立されたACAFPは、22年2月にベルギー2部KMSKデインズを買収し、23年2月にはスペイン4部(今季5部)のトレモリーノスCFのオーナーとなった。そして今回、3番目のクラブをグループに迎え入れたことになる。1905年に創設されたチャールトンは118年の歴史を誇り、1947年にはFAカップを獲得している古豪だ。ロンドン南東に本拠地を置いており、現在はEFLリーグ1(3部相当)に所属する。

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 ここでは、ACAFPのCEOであり、GFPの取締役に就任した小野寛幸氏に、出資の背景と今後目指すものについて話を聞いた。

■アカデミーのポテンシャル

acafp-ceo-ono-20230901ACAFP

――チャールトン出資の理由を教えてください。

 イングランドの歴史あるクラブで知名度もあります。今は3部ですが、投資をすることで価値を高めていけるポテンシャルを感じました。私たちは投資の文脈として「アカデミー」があり、若い選手が鍛えられステップアップしていく機会を提供したいと考えて動いています。チャールトンにはそのアカデミーのレベルの高さや可能性の部分で、非常に惹かれました。

――他に候補となるクラブはあったのでしょうか?

 イギリス、特にロンドンのクラブは買収したいからといってすぐに「買える」ものではありません。GFPのボードメンバー(であるチャーリー・メスベン)の人脈もあり、ターゲットが2、3クラブぐらいあったなかで、幸いにも1番手の候補を獲得できました。

――アジアの選手を送り込む計画はありますか?

 可能性はあります。ただ、グループの方針として「アジア人だから優先的に」というところはありません。昨季、ベルギーのデインズにインドネシアの18歳の選手が加入しましたが、欧州、日本、東南アジアと横並びで見た時に、チームに必要な能力とポジションの選手だったから獲得しただけなんです。チャールトンに関しては夏移籍のギリギリのタイミングでもありましたので、今後徐々に特徴が反映されてくるのではないかと思っています。

――欧州のビッグクラブはアジアでのマーケティングを積極的に行っています。一方で、ACAFPがグラスルーツというアプローチを取られた理由を教えてください。

 世間の誰もが知っているビッグネームのアジア地域でのマーケティングはファンベースを拡大するためですよね。でも、私たちはまず認知から始めなくてはいけないという自覚があります。

 自分自身がそうだったんですが、中田英寿選手、中村俊輔選手がセリエAに移籍したときとても嬉しかったんです。自国の選手が欧州に行くことで、自国の代表が強くなっていく過程を見てきました。私は東南アジアに10年いますが、東南アジアでそのカギを握る若者たちを追いたいという気持ちがやはりあるんです。そういう点で若手育成というアプローチを一つの軸にしています。

――欧州クラブへの出資といえばシント=トロイデンが多くの日本人選手を獲得し、ステップアップする選手も出てきています。日本で知名度を上げるにはそういった手法もあるのではないでしょうか?

 僕ら経営陣は日本人が中心ですが、日本に限らず東南アジア地域の8億人を見ている部分が異なるかと思います。日本含めたアジア地域全体の選手のプラットフォームになりたい気持ちを持っています。

■プレーヤーの選択肢を増やす

Deinze_Marselino-20230901KMSK Deinze

――東南アジアでいえば、インドネシア代表のアルハン選手が東京ヴェルディに所属していますが、なかなか定位置を掴めていません。欧州だとさらにハードルは高くならないでしょうか?

 そこの言及はなかなか難しいのですが、今デインズにいる18歳のインドネシア代表マルセリーノ・フェルディナンは、昨季ベルギー2部で400分プレーしました。また、東南アジアのオリンピックと言われているシーゲームズでの32年ぶりの金メダル獲得に(アルハンとともに)貢献しています。

 彼のベルギー移籍にあたっては、体作りや精神面のケア、食事など順応に向けてかなり準備しました。肉体改造も重点的に行って、獲得当初と比べて当たり負けしなくなってきています。判断のスピード、豪快なワンタッチプレーといった持ち味が、体作りができたことで、活かせるようになってきたと思います。

 移籍して活躍できるかどうかは、様々な要素が絡んでいます。私たちの場合、コンディショニングや身体のケアを行うプロであるスペイン人が2人常駐しており、専用の機材を使って個々の体に合ったトレーニングを提供しているんですね。

――デインズ、トレモリーノスに出資されての具体的な成果はありますか?

 デインズに関しては、カタール・ワールドカップの時期に2週間、浦和レッズから選手3名の練習参加を受け入れました。今までにない取り組み(シーズン中に短期でトップチームに選手を受け入れる/送り出す)ということで、Jクラブの方々とも情報交換できました。私たちにとっても勉強にもなりました。

 また、マルセリーノを獲得したことによってソーシャルのフォロワーがかなり増えました。獲得して1週間で10倍、今は17倍にまで上がってきています。ベルギー2部ではありますが、「自国の若者が海外で活躍する」といったストーリーに一定の関心を持ってもらえる手応えを感じています。

 一方で、課題としては、それをどうやってマネタイズするか、です。マルセリーノのゴールシーンはインスタグラムで300万ビュー程度は獲得できます。その数をどうお金にかえていくか。成果の次の課題だと思っています。

 トレモリーノス買収の成果は、マルチクラブ・オーナーシップ事業会社としてのメッセージ性を強く出せたという点です。0から1も大きかったのですが、1が2になるとやはり伝えられるものが異なってきます。

 1から2にする際に、どういったクラブに投資すればメッセージ性を強く出せるか? を考えました。そこであえてスペイン4部…今季は5部に降格してしまいましたが、「アカデミークラブ」という位置付けのクラブに投資をしました。そこがチャールトンの資本参画につながる布石になっており、すごく意義深い投資になったと感じています。

 マルチクラブ・オーナーシップの本質といえるクラブ間交流の部分では、デインズのアシスタントコーチをトレモリーノスの監督へ スライドさせました。財政も厳しい状態だったのですが、ロッカールーム等も整備し、ちゃんとサッカーができる環境も整えました。

 あと、マルチクラブ・オーナーシップの強みで言えば、一つのクラブで活躍できなかったときに、別のクラブに行ける点があります。ベルギーが合わなければスペインといったように、「箱」として選手に提供できる。そこが我々が持つユニークなところでもあると思っています。

 また、トレモリーノスはサン・フェリックスというクラブと業務提携をしました。サン・フェリックスはアカデミーのクラブで、南アンダルシア地方のU-19・1部リーグに所属しています。つまり、選手たちは、セビージャ、カディス、レアル・ベティスといったラ・リーガのクラブのU-19の選手たちとリーグ戦で凌ぎを削ることができるんです。

 アジアの若い選手をこのチームに受け入れれば、同世代のスペインのトップの選手たちと切磋琢磨できます。この座組みを今Jのクラブにも共有し始めているところです。

――日本では今、高校を卒業して直接海外移籍する選手が増えています。チェイス・アンリ選手もそうですし、福田師王選手もそうです。

 増えてきていますね。私たちのネットワークを使えば、イギリス、ベルギー、スペインという選択肢があります。例えば、大学に 在籍しながら1年間、18歳の1年限定で留学をするということもできます。若い選手のチャレンジを後押しする、選手それぞれの実態に即したルートの提供、まだみんなが知らないルートを開拓することが 私たちの役目だと思っています。

■プラットフォームを作りたい

――デインズを買収して2シーズン目となります。変化はありましたか?

 1シーズンを戦い抜いて改めて感じました。サッカーは昇降格が1年に1回あって、その流れはいわゆるスタートアップの世界とは「そもそもの時の流れが違う」ことを実感しました。Jリーグに限らずサッカー界に対する理解が深まりました。これが感想です。

 一方で、私は「サッカーはサッカーとして」という言い方をしているのですが、入場料と放映権料だけがビジネスじゃないと思っています。経営者として、複数クラブを買って合理化、効率化を目指すことも含めてサッカーのワンシーズンではない時の流れは作れると思っています。

 IT企業にはサッカークラブの経営は難しいともよく言われますが、他の事業でスピード感を出していけばいいんじゃないだろうかと。そういうことを一緒に情報交換していける経営人材が増えたらいいですね。

――最後にACAFPが目指すものを教えてください。

 最近、フットボールプラットフォームという言い方をしています。フットボールでビジネスを作っていきたい。そして、選手とその後ろにいる国の人々の思い、彼らの物語に寄り添うような形でビジネスを展開したい。選手たちに機会を提供し、夢を掴むその過程をみんなで応援する、そういう「装置」になっていければ。私としては今、マルチクラブ・オーナーシップというより、フットボールプラットフォームを作りに行くといった、もう少し大きな概念でサッカー事業に取り組んでいきたいと思っています。

Profile
小野 寛幸(おの ひろゆき)
証券会社に入社後、投資銀行部門で企業買収や資金調達を担当。10年前よりシンガポールに移住し海外でのキャリアも積む。投資ファンドの組成・運用事業を主とするACA Investments Pte Ltdで投資ファンドの責任者をする傍ら、マルチクラブ・オーナーシップ構想を核にしたフットボールビジネスを行うACA Football Partners Pte Ltd (ACAFP)を立ち上げる。ベトナムなど東南アジアでの豊富な投資事業経験も活かし、ACAFPにおいてはCEOとしてグローバル規模での資金調達及び事業構築をリードする。

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