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【インタビュー】ジェフユナイテッド千葉で開花する新たな才能・田邉秀斗。「知らずに」進学の名門校で全国制覇、気分屋だった少年がプロで燃やす野望/月間ベストヤングプレーヤー

 8月中の明治安田生命J2リーグの5試合を2勝2分け1敗とし、そのうち4試合をクリーンシートとしているジェフユナイテッド千葉。川崎フロンターレから今夏に育成型期限付き移籍で加わったDF田邉秀斗は加入直後から頭角を現し、8月中も全5試合に先発出場した。また、千葉では川崎Fで本職としていたサイドバックではなく、3バックの一角に据えられてユーティリティ性を示し、機を見たドリブルや縦パスでアクセントを加えている。

 DAZNと複数メディアからなる「DAZN Jリーグ推進委員会 月間表彰」において、8月度の月間ベストヤングプレーヤーに田邉を選出した。(インタビュー日:9月11日 聞き手:上村迪助/GOAL編集部)

■千葉加入後は即主力に定着

――まず、加入後からここまでの手応え、ここまでの出場を経て、より自信を持った部分と、逆に足りないなと感じている部分がありましたらお教えください。

以下に続く

 自分の良さは攻守ともにスピードのあるプレーだと思っています。攻撃面であればドリブルのボール運びだったり、守備だったらカバーリングだったり、裏に抜けたボールの処理だったりを得意としています。あとは、川崎フロンターレで学んだトラップ・パスの技術を自分の強みにして、FWに当てる1本の縦パスなど攻撃のスイッチを入れるところは、試合に出し続けてもらってより自信になっています。足りない部分としては、今まで公式戦にそこまで出ていなかったので、試合の運び方だったり、時間帯によるプレーの違いだったりが少し経験不足なところがあり、時間帯に合ったプレーがまだできていないかなと思います。

――フル稼働する期間はプロになってからこれが初めてになっていると思いますが、8月は5試合すべて先発出場して、失点した試合が1試合のみ。チームにかなりの好影響を及ぼしていると思いますがご自身で感じる部分はありますか?

 失点のところは、尹晶煥監督をはじめ、守備の意識にチーム全体として重きを置いているので、そこは全体の意思統一もあって失点は少ないのかなと思います。勝ち切れない試合、同点や0-0で終わる試合が多いですが、そういうところは守備陣が耐えて耐えて、攻撃陣が少しでも気持ちよく攻撃に専念できるようにと思いながら自分は守備をしています。

――千葉は田邉選手の加入をきっかけに4バックから3バックに戻りました。キーマンとして注目を集めていますが、指揮官からはどのような要求を受けていますか?

 先ほども言ったように自分の強みはスピードのあるプレーなので、スペースがあればどんどん前に運んでいってほしいし、チャンスがあれば縦パスをどんどん入れていってほしいと言われています。あとは落ち着かせるところでビルドアップをしっかり丁寧にやることなどを求められています。

――語っていただいたようにスピードでもとても目立っていますが、50メートル走のタイムはどのくらいでしょうか?

 5秒8くらいです。

――スピードを武器にドリブルで前に進んでいく姿はチームの後押しになっているかと思います。その中で後ろの新井章太選手や経験豊富な米倉恒貴選手、鈴木大輔選手など、心強い先輩たちから声をかけられることはありますか?

 僕が途中から加入したということで、試合中もかなり色々な先輩方から声をかけてもらいます。一番声をかけてくださるのは新井章太さんでしょうか。試合中も後ろから頻繁に声をかけていただき、ハーフタイムも、ロッカーでも隣になることが多く、そこで話させてもらうこともあります。練習の合間もそうですが、コミュニケーションが取れるところはどんどん取って、自分のポジション的に一番近い選手なので色々と教えてもらうところは教えてもらって、たくさん吸収しています。

――伸び盛りの年齢ですが、意識して伸ばそうとしているところはありますか?

 意識しているところは、ちょっとしたトラップのボールの置きどころだったり、パスの精度だったり、守備の選手である以上ミスは許されないポジションだと思うので、その部分でのミスを1試合に1個でも減らすことです。その分、1個のチャンスが増えるぐらいの気持ちでやりたいと思っています。

――過去に遡ってしまいますが、まず静岡学園高校から川崎Fに加入し、そこから千葉に育成型期限付き移籍して主力として出番を得ています。激動の2年間を振り返っていただけますでしょうか。

 静学では高校2年のときに選手権(全国高等学校サッカー選手権大会)で優勝することができて、その後に川崎Fの方から声をかけていただきました。自分ではまったく実感がなかったです。その時は、テレビで見ていた日本トップレベルのチームに自分が加入させてもらうということが信じられなくて。入ってみたらレベルが違いすぎて、追いつくので精一杯ぐらいの、最初はそんな感じでした。「ここでやっていくのか」という不安がとてもありました。こうやって今は千葉に加入させてもらい、思っていた以上に活躍はできていると自分では思っていますが、それは静学で学んだ技術だったり、川崎Fで学んだ個人戦術だったり、そういうトラップ・パスの技術だったりが自分に染み付いている、生かせているのかなと思っています。

――今シーズン、チームでのこれからの目標や意気込みがありましたらお教えください。

(J1参入)プレーオフ圏内に入ってJ1に昇格するということが一番の目標です。

■超名門進学も「入るところを間違えたかな」

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――過去の話題となります。サッカーを始めたきっかけなど、ご自身の原点として覚えているものがありましたらお教えください。

 幼なじみの子のお兄ちゃんがサッカーをしていて、その幼なじみがお兄ちゃんに続いてサッカーチームに入るというのを聞いて、そこで呼んでもらいました。小学1年生の時です。

――足は昔から速かったのでしょうか?

 いえ、そんなこともないです。中学校とかだと自分よりも速い子が何人もいましたし、足が速いぞと胸を張って言えるほどではあまりありませんでした。

――小学生年代では、山田荘SCというところでプレーをされて、そこから県内の強豪の奈良YMCASCに進みました。小学生年代、中学生年代でどのような指導を受けていたか、覚えていることはありますか?

 小中の時はとても気分屋で、例えば雨の日などで練習したくないなと思ったら、端っこで泥遊びをしていたこともありました。小学生の時ですけど、そういう感じの子どもだったので、まずは(小中学生年代で)そこを叩きなおしてもらえたのが一番大きいかなと思います。

――それから超名門・静岡学園高校に進学するには大きな決意があったのではないでしょうか。その時の気持ちや、進学後の練習などで衝撃を受けた思い出がありましたらお教えください。

 中学校2年、3年の前ぐらいまではまったく試合に出ていなくて、ふてくされていた時期でした。それが3年生になってから監督に見てもらえるようになって、そこから試合にずっと絡ませてもらえるようになりました。それがあってサッカーの楽しさも改めて知りました。それで試合に出させてもらうことによって、静学のスカウトの人に声をかけていただいて加入させてもらうことになりました。めちゃめちゃ失礼な話なんですけど、高校サッカーは全然知らなさすぎて、静学がどんな高校か知らなくて(笑)。入学した時は、リフティングでも今まで使ったことがない肩とかかかととか、全然わからない場所でみんなしていたので、「入るところを間違えたかな」と最初は思いました。

――静岡学園を知らなかったというのは衝撃的でした。そこから現実的にプロになる決意をしたのは高校在学中でしょうか?

 目指せるなと思ったのは、静学に入学させてもらってからです。静学のレベルの高さや、静学からプロに行かれた先輩方の数の多さ、プロで活躍されている先輩方を見て、ここで本気でサッカーに取り組めば自分もプロの道に行けるんじゃないかと思いました。

――選手権制覇の直後、2020年にはU-18日本代表に招集されてスペイン遠征に臨み、メキシコ、スペインとの試合に出場しました。

 その頃は、選手権で優勝して気持ちよくなっていたというか、何でもできるような気になってしまって。その時に海外の選手と試合をして、能力の差だったり、技術の差だったり、改めて世界との差を実感しました。そこでさらに、これではプロになれない、これでは戦えないと気付かされました。

――海外の選手以外にも、チームメイトに佐々木雅士選手(柏レイソル)や中野伸哉選手(サガン鳥栖)、三戸舜介選手(アルビレックス新潟)など、今すでにJリーグで頭角を現している選手たちがいました。チームメイトから刺激を受ける部分はありましたか?

 そうですね。その時、自分は初めての代表招集で、自分の年代で上手いと言われている選手たちと一緒にやらせてもらえるという立場で行きました。その時はそういう考えでしたが、今は自分も全然負けていないと思います。同年代なので、負けていないなというよりは負けられないという気持ちが芽生えています。

――ライバルや連絡を取り合っている選手など、同世代で意識する存在はいますか?

 ライバルとかではありませんが、三戸舜介選手はTwitterとかでも(プレー動画が)回っているのを見てすごいなと思います。あと三戸選手はJFAアカデミーにいたので、高校の時に静学も参加していたプリンスリーグでも知っていて、めちゃめちゃすごいなと思います。

■夢はプレミアリーグ

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――また話題を変えさせていただきます。海外サッカーで好きなチームや選手はいますか?

 好きなチームは、今ではないですが、昔のミランがとても好きでした。今だと好きなチームはありませんが、マンチェスター・シティのカイル・ウォーカーが自分のサイドバックの理想像ではあります。

――幼少期も含めて憧れていた選手はいますか?

 自分が生まれた年が「日韓ワールドカップ」の2002年で、その時はちょうど(デイヴィッド)ベッカムだったりとか(スティーブン)ジェラードとか、キックがめちゃくちゃ上手い選手が目立っていて、自分の名前も「秀斗」という名前をつけてもらったので、ずっと「ジェラードの動画を見ろ」とか「ベッカムの動画を見ろ」みたいな感じで言われていました。だから昔は、特にその2選手がアイドルというか、ずっと動画を見ていた選手です。

――海外サッカーといえば、静岡学園の先輩であり、昨年末に川崎Fからセルティックに移籍した旗手怜央選手はどうしても気になる存在ではないでしょうか。チャンピオンズリーグ(CL)初戦のレアル・マドリー戦はご覧になりましたか?

 もちろん。静学の大先輩でもあるので、そこは学ぶことしかないですし、川崎Fの時もかなりお世話になったので、追える試合は全部見させてもらっています。

――旗手選手は川崎Fではアタッカーからサイドバックに適応しながら活躍し、ユーティリティ性も優れています。田邉選手もディフェンスラインすべてでプレーできる特徴がありますが、昨年は同僚としてプレーについて話すことはありましたか?

 まだまだ自分のレベルでは学べることが少なすぎて、すごい動きをしていても全然、自分ではまだ理解できない部分があります。「あ、ここでこういう動きをするんだ」とは思いますが、自分ではできなくて、かなりレベルが違うなと川崎Fにいた時からずっと思っていました。

――ご自身もユーティリティな選手としてポジションを変えることの難しさなど、旗手選手のやっている複雑さがより実感できる部分とかはありますか?

 身体能力がどれだけずば抜けていても(複数ポジションへの適応は)できないなと思います。(旗手)怜央さんはサッカーIQがとても高く、どのポジションでも監督が求めているプレーをされているので、とても勉強になります。

――海外も含めて様々なチームタイトルや個人賞がありますが、田邉選手がキャリアの目標に掲げているものや野望がありましたらお教えください。

 最終的な目標は、今世界のトップクラスであるプレミアリーグで勝負することです。そのためには日本代表にも選んでもらわないとダメですし、日本代表に入る前に自分の所属元、川崎フロンターレでレギュラーに定着し、J1でもかなり実力があると言われる選手にならないとダメだと思っています。まだ全然スタート地点にも立てていないので、まだまだこれからやり続ける努力をしていかないとなと思っています。

――最後となりますが、ファン・サポーターの方々へのメッセージをお願いします。

 千葉に所属させてもらっているので、プレーオフ圏内に入ってJ1に昇格というチームの目標を目指しています。いつかは所属元である川崎フロンターレに戻ってレギュラーに定着し、日本代表に選ばれ、海外で勝負する選手になっていきたいと思いますので、応援よろしくお願いします。

――ありがとうございました。

 ありがとうございました。

■プロフィール

DF 30 田邉秀斗 Shuto TANABE
2002年9月9日生まれ。180cm/73kg。京都府出身。利き足:右。山田荘SC-奈良YMCASC Jrユース-静岡学園高校-川崎フロンターレを経て今年7月よりジェフユナイテッド千葉に育成型期限付き移籍。J2通算8試合出場、ルヴァン杯通算2試合出場(2022年9月11日時点)。

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