「ポルトガルの選手たちは様々な理由で外国に出て行く。我がポルトガルは冒険者の国だ。昔にさかのぼれば、新世界を求めて国を出発し、陸や海を越えていった先人たちがいる。それが我々のDNAだ。外国に行けば、その国に適応できなければならない」
マンチェスター・シティのトップチームのパフォーマンスアナリストを8年間にわたって務めたペドロ・マーケスはそう語る。外国でプレーするということについてすべてを知っており、シティ時代には彼のおかげでロベルト・マンチーニやマヌエル・ペジェグリーニはプレミアリーグ制覇を成し遂げることができた。
だが現在の彼はリスボンに戻り、ベンフィカの若手チームのテクニカルディレクターとして、信じられないほど大勢の若き才能を生み出し続けている。彼の目標は、欧州トップリーグに優秀な若手を送り込むことだ。
実際、数えきれないほど多くのベンフィカのアカデミー出身選手たちがヨーロッパのトップクラブで活躍している。マーケスの古巣マンチェスター・Cにはベルナルド・シウバ、ルベン・ディアス、エデルソン、ジョアン・カンセロがいるし、マンチェスター・ユナイテッドにはヴィクトル・リンデロフ、アトレティコ・マドリーにはジョアン・フェリックス、バレンシアにはゴンサロ・ゲデス、パリ・サンジェルマンにはダニーロ・ペレイラ、さらに、しばらくバイエルン・ミュンヘンにいた後現在はリールで活躍しているレナト・サンチェスがいる。
ベンフィカは過去10年で輩出した選手たちのおかげで9億ユーロ(約1100億円)を懐に入れた。これは、ヨーロッパの5大リーグのクラブに対抗すべく、膨大なキャッシュ・フローを行ってきた結果だ。
■アカデミーの重要性
Getty Imagesベンフィカユースのテクニカル・コーディネーターを務めるロドリゴ・マガリャンイスは『Goal』で自身の夢を語る。
「アカデミー出身の選手が4、5人いるベンフィカでチャンピオンズリーグを優勝することが私の夢だ。我々が輩出してきた選手たちの才能を見れば、できないことではない」
「私にとってベンフィカは最高のクラブだ。他のどんなクラブもベンフィカほどレベルは高くない。ここで育った選手たちは、ベンフィカの魂を持って成長する。大事なのは情熱。情熱がなければ高いレベルに到達することはできない」
若手育成は、2回のヨーロッパチャンピオン、37回のポルトガルチャンピオンを誇るベンフィカの、長い将来を確かなものにするための基本戦略だ。
すでに成熟し、有能な選手はイングランドやスペイン、ドイツやイタリアなどに占拠されつつある。2020年版の『Soccerex Football Finance』で、世界64位と評価されたベンフィカが彼らに対抗することは難しい。何しろ、一つ上の63位には、昨季にイングランド3部への降格をかろうじて免れたストーク・シティがいるほどなのだ。
ポルトガルの巨人が今シーズン、ギリシャのPAOKに敗れてチャンピオンズリーグ本大会出場を果たせなかったのは大きな驚きであったが、ベンフィカはセンターバックのディアスを6800万ユーロ(約83億円)でマンチェスター・Cに移籍させ、逆にニコラス・オタメンディを獲得する決定を下した。
Getty優秀なアカデミー出身選手を現金化するのはこれが初めてでなく、おそらくこれが最後でもないだろう。
マーケスは「我々にとって、投資はクラブの長期ビジョンであり、戦略の柱となる。ここ10年、15年にわたってそうしてきたし、我々のサスティナビリティの一部なのだ。我々は投資を成功させ、選手たちに付加価値を与えようと日々努力している」と語り、アカデミーの存在意義を口にする。
「我々は若者たちのサッカー選手になりたいという夢をかなえる手助けをするのが仕事だ。だが、アカデミーがクラブにとっても価値あるものでなければならないこともわかっている」
「その価値とは、アカデミー出身選手がトップチームで何分でもいいからプレーすることだ。同じ才能を持つ別の選手を連れてくる必要がないようにね。理想的には、選手たちをトップチームに上げてエスタディオ・ダ・ルスでプレーさせるために我々は働いている。だが、彼らの中にはいずれ外国に行く者もいることはわかっている」
■ペップも評価する“ベンフィカ産”
Getty Imagesマンチェスター・シティのペップ・グアルディオラ監督はベンフィカの育成プログラムのファンだと公言している。エティハド・スタジアムで指揮を執ってきた4年間で、ベンフィカ出身の選手をチームに多く加入させてきた。
テクニカルで戦略的なアプローチで知られるグアルディオラ監督は、自身の高い要求に応えられながら、試合中に起こる予期せぬ出来事に対処できる賢い選手を好む。その点で、ベンフィカ出身の選手は要望をかなえる存在だ。
ベンフィカのU19チームの監督であるルイス・アラウージョは、若手の育成において重要視していることを語る。
「我々が選手たちに教える最も重要なことのひとつは、試合の流れを読むことだ。プレーの方法はひとつではない。我々は選手たちに意思決定の方法と試合を読むことを教えなければならない。ひとつの形を教えるのは良くない。監督が変わったりクラブが変わったりしたら、何をしていいのかわからなくなってしまうからね」
「たとえば、ルベン(ディアス)は試合中にリーダーになったり監督になったりできる。常にチームメイトと話し合い、今何が起きているのかチームメイトに教えることができる。ペップが我々のアカデミーの出身選手を好む理由のひとつは、それだろうと私は思う。スペクタクルなテクニックのある選手たちが試合の流れを読むこともできるんだ」
■ベンフィカで大成しなくとも…
Getty一方で、ベンフィカでは成功できなかった選手もいる。トップチームでたった3試合に出ただけでベンフィカを去ったベルナルド・シウバもその一人だ。
ここ15年は、6歳から15歳までの選手たちに関わってきたマガリャンイスは「我々の視点は他の人とは違う」と話し、他の生え抜き選手とは異なるキャリアを歩んだベルナルド、そしてジョアン・フェリックス(※トップチームで継続してプレーしたのは1シーズンのみ)について語る。
「我々の成功の秘訣の中には、大人のサッカーでも通用するものもあるだろう。たとえばベルナルド・シウバはU9からU13までのチームでは、高いパフォーマンスを発揮する素晴らしい選手だった。だが、U14からU16のチームでは輝きを無くしていた」
「データを見ればわかるが、ベルナルドやフェリックスは成長をじっと待つ必要のある選手だった。彼らには、ゲームを読む力や意思決定力、優れたテクニックがある。そういう選手には、スキルを向上させる良い環境を与えなければならない。なぜなら、彼らはフィジカル面で他の選手と同じレベルに成長すれば、超一流になれるからだ」
ベルナルド・シウバはベンフィカを去った後、モナコを経てビッグクラブであるマンチェスター・Cへとたどり着いた。一方で、フェリックスは2019年夏、クラブの最高記録である1億2600万ユーロ(約153億円)でアトレティコへと加入。マンチェスター・Cやバルセロナ、ユヴェントス、マンチェスター・ユナイテッドもこぞって、このフォワードに興味を示していた。
彼には生まれもったセンスやスキルがあったと言うのは簡単だ。だが、アラウージョは、努力とハードワークがあってこそ、トップレベルに到達できると強調する。
「これは1960年代から続く我々の文化だ。実際、ベンフィカがチーム一丸となってエウゼビオやマリオ・コルナを育てていたとき、彼らは常に戦い、決して諦めなかった。非常にハードワークをする選手だったし、我々は彼らに、ハイレベルの選手は常にハードワークをしていると教えてきた。努力しないでハイレベルな選手になったものはひとりもいない。生まれながらの才能があるからこそ、努力が必要なんだ」
■選手の成長が喜び
Getty Images才能をいち早く見抜くのもベンフィカの成功のカギのひとつだ。
ベンフィカは200人態勢でポルトガル全土のユースの試合を見ており、国内に5つの拠点を持っている。若い選手たちを発掘し、リスボンにあるベンフィカのアカデミーに入れるかどうかを決めているのだ。
コーチングスタッフは技術を高めようと何年もかけるが、「コーチングしすぎない」ことが重要であるとマーケスは話す。
「ときには天性の才能を傷つけないようにしなければならない。成長過程では天性の才能を大事にし、あれこれ指導するよりも個性が発揮できるよう手助けすることが大事だ」
また、アラウージョも「我々は、その選手がすでに持っている個々のスキルを花開かせてやるんだ。8歳のときのディアスはすでに立派なリーダーだった。我々は、その個性を試合で発揮できるよう手助けした」と語る。
ベンフィカには、選手たちが様々な年齢のグループに分けられたチームに進んでいくための明確な道がある。いずれは、ポルトガルサッカーの2部リーグに当たるリーガプロに属するBチームへと進むことになるのだ。
マーケスは「我々は選手たちとともに何年もハードワークする。たくさんの誇らしい瞬間を経て、選手たちは成長するんだ」と語り、選手の成長する姿を見るのはかけがえのない喜びであると話す。
「ユースで初めてベンフィカのユニフォームを着て試合に出て、プロリーグの『B』チームでプレーして、その先にトップチームがある。そして初めてのチャンピオンズリーグとか、エスタディオ・ダ・ルスでの初ゴールとか、代表チームへの招集とつながる。そんな姿を見るのはファンタスティックだよ」
もちろん、ベンフィカだけでなくヨーロッパの他のトップクラブも、育成プログラムを大いに活用しており、いまやポルトガル代表は、クリスティアーノ・ロナウドという偉大なクラックのみに頼るチームではない。
ポルトガル代表は現在ネーションズリーグとEUROのタイトルホルダーであり、来年の夏に延期されたEURO2020でも優勝候補になるだろう。
「私はベンフィカのために働いており、ベンフィカのために選手を成長させることが私の仕事だ」と、アラウージョは語るが、ポルトガル代表を見ることも忘れない。
「ポルトガル代表になったベンフィカの選手を見た場合、ほんの1年前ユースで戦っていた18歳(サンチェス)がEURO優勝を果たしたことも、我々の勝利だと思う」
「私はポルトガル人だから、ポルトガル代表が強いというのは嬉しいし、それが、私たちが成長を後押しした選手によるものであれば、さらにハッピーだよ」
▶サッカー観るならDAZNで。1ヶ月間無料トライアルを今すぐ始めよう
【関連記事】