長友佑都、インテルでの忘れがたき7年間…彼は何を学び何を培ったか

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先日、愛するインテルを離れ、ガラタサライへ活躍の場を移した長友佑都。インテルでどのような7年間を過ごしたのか。その大きな足跡を振り返る。

長友佑都を最初にインタビューしたのは、2011年の初夏だった。インテル・ミラノに入団したその年の1月末から5カ月足らず。冬の移籍で途中から加わった新しいチームで、1年目のシーズンを終えて間もなくというタイミングだった。

インタビューでは、ヴェスレイ・スナイデルのキックがいかに多彩か、マイコンのプレー選択の引き出しがどれだけ豊富か、新しいチームメイトたちには驚かされてばかりだと、そんな話をしてくれた。

当時のインテルには、2009-2010シーズンに3冠(チャンピオンズリーグ、セリエA、コッパイタリア)の偉業を成し遂げた錚々たるメンバーがまだ残っていた。FWにはサミュエル・エトー(インテル在籍中のカメルーン代表歴あり。以下同)やディエゴ・ミリート(アルゼンチン代表)、MFにはスナイデル(オランダ代表)のほかにも、エステバン・カンビアッソ(アルゼンチン代表)やデヤン・スタンコビッチ(セルビア代表)、DFにはルシオ(ブラジル代表)、ワルテル・サムエル(アルゼンチン代表)、マルコ・マテラッツィ(イタリア代表)、イバン・コルドバ(コロンビア代表)。長友と同じサイドバックにはマイコン(ブラジル代表)やクリスティアン・キブ(ルーマニア代表)がいた。キャプテンはハビエル・サネッティ(アルゼンチン代表)だった。

2018-02-02 2011 Nagatomo Zanetti Sneijder

何でも上達するには、良き手本を真似るのが早いという。24歳でインテルの一員となった長友は、良き手本に囲まれていた。しかも本人が、貪欲に吸収したいという意欲に満ち溢れていた。

良い環境は良い人材を育む。良い環境を保ち続ける努力を伝統というのであれば、長友は真の伝統とは何かを知っている、日本のサッカー界では稀有の存在と言えるのではないか。

長友入団後のインテルは低迷期を迎えた。セリエAでは1年目(10-11シーズン)の2位が最高で、その後の最終順位は「6位」「9位」「5位」「8位」「4位」「7位」(16-17シーズン)と推移する。イタリアのビッグ3に数えられる名門クラブが3位以内に入れず、チャンピオンズリーグは出場権すら手に入らない。3冠をもたらした英雄たちは移籍や引退で一人また一人と去って行った。ホームスタジアムのサン・シーロに通うインテリスタは落胆を繰り返し、長友にも痛烈な罵声を幾度となく浴びせたはずだ。

サン・シーロには、おそらく世界でも随一の厳しさがある。観衆はサッカーをよく知っており、プレー選択という判断を誤れば、ピッチには溜息の塊(かたまり)が降り注ぐ。それは溜息そのものであったり、「ノー」という否定の声であったり、「何をやっているんだ」という怒りの叫びであったり、同時に発生するそれらが集合体となってピッチに振り下ろされる。

筆者はかつて4年ミラノに住み、通い詰めたスタジアムである。当時何よりも感心したのが、この溜息の塊に対してだ。シュートを外す、パスをミスするという“結果への溜息”ではなく、より良い選択肢があったのに別の選択肢を選んでしまったという“過程への溜息”に感じ入ったのだ。なるほど、だから優秀なフットボーラーが次々に育つわけだと。

逆の反応もある。良い過程を積み重ねた選手には、惜しみない称賛が贈られる。2017年10月24日の今シーズンのセリエA10節、サンプドリア戦の長友は84分の途中交代時に、サン・シーロのインテリスタからスタンディングオベーションを受けている。決定機に直結するイバン・ペリシッチやマウロ・イカルディへの縦パスを繰り出すなどしてインテルの勝利に貢献しただけでなく、過程そのものが素晴らしかったからでもあるはずだ。

8万人の大観衆から溜息の塊を浴びるのも、絶賛のスタンディングオベーションに包まれるのも、誰にでもできる経験ではない。

Inter fans Inter Crotone Serie A

長友を二度目にインタビューしたのは、2012年の初夏だった。強く印象に残っているのは質問に対する具体的な回答ではなく、まとっている雰囲気であり、覚悟を持った姿勢のようなものだった。こう感じたのを覚えている。サネッティの影響が大きいのだろうと。

2011年のインタビューでは、こんな話をしてくれた。インテルでは、がむしゃらでは浮いてしまう。周りが全員冷静だからだと。こう解釈した。同じ逆境に立たされていても、淡々とプレーできる強さについての話だろう。慌てても、動じても、問題が解決するわけではない。窮地だからこそ冷静に、集中する。それがメンタルの強さだと長友はインテル入団1年目から悟っていたのだ。

2011年のインタビューでは、こうも言っていた。一流の選手は一流の人間でもある。サネッティと接していて、その事実に気付かされたと。二度目のインタビューをしながら、こう思った。長友はサネッティを人間としても良き模範としているのだろうと。その積み重ねが、1年という時間を経て長友に感じた雰囲気や姿勢の変化となっているのだろうと。

2018-02-03 2012 Nagatomo Zanetti

今振り返っても、こちらの拙い質問に、真摯に、心を込めて応えてくれていた。2012年6月下旬のその日はやたらと湿気の強いジメジメとした雨模様だったが、インタビューを終えての爽快な記憶はいまなお強い。

その後、長友はイタリア語が上達し、選手としても成長し続けてきた。昨秋、スタンディングオベーションを受けたサンプドリア戦の長友は、広い視野や確かな技術がなければ不可能な、誰にでもできるわけではないパフォーマンスを見せていた。

2014年夏のサネッティの現役引退後は、キャプテンマークも巻いた。二度目のインタビューで「偉大なる」と形容していたキャプテンに、そして40歳での現役引退後はインテルの副会長を任されているサネッティに、長友は人間性の面でも近づいているのだろうか。いずれにしても、こうは言える。やはり誰にでもできるわけではない貴重な経験を、この7年間で蓄積してきたのだと。

24歳でインテルに入団した長友は、まだ31歳。新天地となるガラタサライの本拠地イスタンブールも、実はサッカーへの情熱、その熱量ではミラノに負けず劣らずの特殊な土地柄だ。新たな挑戦が、刺激に満ちているのは間違いない。

(文中敬称略)

文=手嶋真彦

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