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槙野智章が守ったハリルの教え3カ条…アジアの舞台で躍動し“最後の挑戦”へ

まさに会心の勝利だった。上海上港(中国)が誇る破壊力満点の攻撃陣を完封し、浦和レッズがアジアの頂点に王手をかけた。左サイドバックに入ったDF槙野智章は、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の教えを糧に上海上港のブラジル代表FWフッキを抑え込むことに成功。チームをアジアの頂点に近づけるとともに、自身もロシア行きの切符をグッと引き寄せる活躍を披露した。

ハリルの教え――。槙野を選手として大きく成長させたのは、まさしく彼の厳しい要求だった。

■ハリルが槙野に求めた3カ条とは?

ハリルホジッチ監督を始めとする日本代表のスタッフから、槙野の下にはプレーの分析映像集が定期的に送られてくる。中身は所属する浦和レッズにおけるパフォーマンス。その内容に関して、槙野本人は「散々叩かれています」と苦笑いしながら明かしてくれた。

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「代表合宿のたびに『これがダメ』とか『このように直せ』と言われていて。30歳なのに褒められない立場ではあるけど、そうして怒られることが、僕のことを成長させたいという(監督の)気持ちが、僕自身を『変わらなきゃいけない』という気持ちにさせてくれる」

ハリルホジッチ監督が就任した直後の2015年5月。国内組だけを集めて千葉県内で行われた日本代表候補合宿でも、槙野は真っ先に標的にされていた。

「槙野に何を言うかはもう考えてある。彼のための映像も、20日前から用意してある」

こう宣言していた指揮官は、合宿初日の夕食前に槙野と個人面談を実施。独自に編集したプレーの映像を見せながら、実に20項目ものプレーに対してダメ出しを連発した。

その中でセンターバックとしても、サイドバックとしても、絶対に順守しなければいけない3カ条を徹底された。それは自陣において「相手に前を向かせない」「相手をゴールから遠ざける」「不要なファウルは犯さない」という要求だった。

迎えた18日のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)準決勝第2戦、左サイドバックとして先発フル出場した槙野は、フッキと対峙。屈強なボディを誇るアタッカーとの壮絶な肉弾戦に真正面から挑み、3カ条をほぼ完遂した上で完勝した。

例えば17分。挨拶代わりとばかりに、フッキに激しいチャージを食らわせながらボールを跳ね返した。ペナルティエリア付近で前を向かせずにボールを下げさせた66分のプレーに対しては、平日の夜にも関わらず4万4357人が駆けつけた埼玉スタジアムに「槙野コール」が響き渡った。

グループステージでも同組だった上海上港との対戦は今大会4度目。フッキはうち3試合に出場しており、1-1で引き分けた9月27日の準決勝第1戦では、利き足の左足から強烈な先制弾を決められている。槙野はこの経験を糧に第2戦に臨んだ。

「第1戦では食いつきすぎて、何度か入れ替わられてしまう場面があった。それが僕にとっていいシミュレーション、いい参考になった。自由にさせないことを自分の中で常に心掛けてやっていたので」

フッキのポジションは右ウイング。左サイドバックの槙野とは必然的にマッチアップする。浦和は第1戦でアウェイゴールを奪っており、第2戦では勝利だけでなくスコアレスドローでも決勝進出が決まる試合となった。

だからこそ、今シーズンのACL最多となる9ゴールを叩き出しているエース潰しに全神経を集中させた。映像を徹底的にチェックし続け、第1戦の反省も込めながらフッキのクセを洗い出した。

「1センチなのか、それともほんの数ミリのところなのか。彼へどれだけアプローチすればヘッドダウンするのか、あるいはしないのか。それをずっと研究してきました。チームでしっかり分析してくれるスタッフがいるし、素晴らしいフィードバックがあった。それにプラスして個人のところで対面する選手をしっかり見ることは、僕にとっても大事なことでもあるので」

相手を下に向かせることができれば、ハリルホジッチ監督が掲げるキーワードでもある一対一の攻防、つまり“デュエル”で主導権を握れる。しかし、入念な準備が奏功していた矢先の44分に、勢い余ったチャージがラフプレーと判断されて警告を受けてしまう。

ハーフタイムのロッカールームでは「あまり行くな」と、退場を危惧するチームメイトから自重を求められた。心がますます燃え盛ってくるのを、槙野は感じていた。

「これで一歩引いてしまえば、彼の怖さを止められないと思ったので。イエローカードをもらった不利な状況だからこそ前に出る。2回ほどファウルしてしまいましたけど、それでも前に出られたことが僕にとってすごく大きかった。ファウルなしで止められればベストだけど、取られたら仕方がないし、危険な位置でファウルをしないことが一番大事。僕はゴール付近ではファウルをしなかったし、よく言われるデュエルの部分で、自分の中でも非常に楽しくできた90分間でした」

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■ロシアW杯へ、最後の挑戦

プレーは激しく、心は冷静に――。フッキのようなワールドクラスの猛者とは、Jリーグの舞台ではなかなか対戦できない。自身を「孫悟空」に例えながら、槙野は試合中に抱いた思いを「強い相手と対戦すると、ワクワクして仕方がなかった」と笑顔で振り返る。

「そういう状況をJリーグでも自分の中で作っていかなきゃいけない。海外組と国内組が置かれている状況は、そこに大きな違いがある。海外組に比べると、国内組は70~80パーセントの力でできちゃうところがあるので、常に高いモチベーションと意識を持ってプレーすることが大事だと思う」

ハリルホジッチ監督はすべての選手に、同じようなアプローチで短所を矯正させようと試みている。その中で忌憚のない指摘から逃げることなく、向上心を全身から発散させながら食らいついてくる槙野のようなタイプを好む傾向が強い。

上海上港との第1戦で見せたプレーに指揮官から及第点を与えられた槙野は、ニュージーランド、ハイチ両代表と対戦したキリンチャレンジカップ2017で唯一2試合にフル出場を果たした。余談になるが、指揮官が重視する体脂肪12%以下も、10月シリーズに招集された国内組の中では槙野だけがクリアしている。

そして上海上港との第2戦を実際に視察したハリルホジッチ監督は、浦和について「守備のハードワークがすごかった。モダンなフットボールだった」と絶賛。特に目立った選手としてキャプテンの阿部、遠藤、そして槙野と最終ラインの選手の名前を挙げている。フッキ、オスカルらトップクラスの選手に対して見せたパフォーマンスが彼の株をさらに上げたことは想像に難くない。

「時間を掛けて映像を作ってくれるし、その映像を編集するために時間を割いて試合を見てくれてもいる。代表にとって僕は必要なんだということの裏返しだと感じるからこそ、僕も変わろうと思える」

槙野はケガをしていた時期を除き、2015年3月のハリルジャパン初陣から常に招集されてきた意義を彼自身はこう受け止めている。今年で30歳。まだ見ぬワールドカップの舞台へ、最後の挑戦になると覚悟を決めている。

チームは12分にラファエル・シルバが決めた値千金の一発を死守し、アルヒラル(サウジアラビア)が待つ決勝進出を決めた。アジア王者になれば、アラブ首長国連邦(UAE)で12月に開催されるFIFAクラブワールドカップ2017の出場権を獲得し、さらに強い相手と対戦できることになる。自身を成長させてくれるライバル選手、そして大舞台が手の届く場所にある。世界標準に意識を固めた槙野が、貪欲に前進を続けていく。

文=藤江直人

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