20220812kmskdeinze-shiraishi©︎KMSK Deinze

日本人初!ベルギープロリーグ指揮官への挑戦。異色の経歴を持つKMSKデインズ白石尚久監督に聞く

 欧州はじめ世界各国でプレーする日本人選手は多い。2022-23シーズンの欧州CL/EL出場クラブに所属する日本人選手は8月12日時点で14人を数える。日本のサッカーは明らかに進歩しているといえるだろう。

 今季、選手ではなく、クラブ経営・指導者の「海外組」として欧州のプロリーグに挑戦する日本人たちがいる。ベルギー2部KMSKデインズだ。1926 年に設⽴された歴史あるサッカークラブで、今年 2 ⽉よりシンガポールの ACA フットボール・パートナーズが新オーナーとなり、経営陣に小野寛幸氏と飯塚晃央氏が参画、監督として白石尚久氏が招へいされた。

 白石監督は5月の就任会見でチームの目標を「一部昇格」と語り、「ゆくゆくはCLで優勝する日本人監督になること」を個人の目標として挙げている。クラブの成長の第1歩となるベルギー2部での新シーズン、GOALでは新企画としてKMSKデインズに関わる日本人スタッフの挑戦を追っていく。

以下に続く

 まずは開幕を控えた白石監督に、自身のバックグラウンドと今のチーム作りについて話を聞いた。

■社会人30歳で履歴書を全世界に送る

20220812kmskdeinze-shiraishi-2©︎KMSK Deinze

――白石監督とサッカーの関わりを教えてください。

 サッカーを始めたのは遅くて、17、8歳ぐらいでした。その歳でサッカーを始めてJリーガーとしてプロになるのは難しいので、大学を卒業してアルゼンチンに行ったんです。アルゼンチンに4年、その後フランスに3年行き、選手を辞めて日本に戻りました。

――経歴を拝見すると、02 年27歳で現役引退、08年にバルセロナアカデミーのコーチに就任とのことですが、この間6年くらいずっと指導の勉強をされていたのでしょうか。

 していないです。会社に行っていました。でも、30歳の時に「生きている実感がするのはこれじゃない」と思って。そこで、会社の休みにインターンでフェイエノールトやアーセナルにサッカーの勉強をしに行きました。そこからどんどん気持ちが変わっていって、世界中に履歴書を送りました。最終的にチェルシーとバルセロナのアカデミーに“引っかかって”、バルセロナを選んだという経緯です。

――指導者を目指すうえで、欧州を選ばれました。日本でなかった理由は?

 僕はほとんど日本でサッカーをやったことがないんです。サッカーを学ぶ最初のステップがアルゼンチンだったんですね。当時は、まだマラドーナがボカ(ジュニオルス)でプレーしていたころです。今だとメッシになりますが、異色の才能を持った選手たちがいて、ショートパスを回して攻撃的なサッカーをやっていました。監督にも恵まれて、サッカーの面白さをすごく感じました。選手もアルゼンチンからヨーロッパに行きますし、ヨーロッパのサッカーに自ずと興味が湧いたんです。

■本田圭佑の個人分析官としてミランへ

20220812kmskdeinze-training©︎KMSK Deinze

 白石監督は、バルセロナのアカデミーのコーチを経て、CEサン・ガブリエルの女子チーム、スペイン4部エウロパの監督として指導者の経験を積んでゆく。その後、「パフォーマンスアナリスト」という形でイタリアの名門ACミランに仕事の場を移した。

――パフォーマンスアナリストというのは、どういうお仕事なんですか?

 サッカーの映像を分析する「分析官」ですね。僕がスペインでコーチを始めたころにはなかった仕事です。2014年にルイス・エンリケがバルセロナの監督になって、試合映像を分析する人たちを採用し始めました。たまたま僕は(フアン・カルロス)ウンスエという、当時のエンリケのアシスタントコーチと知り合って「こういうのが必要になってくるよ」と教えてもらったんです。

 確かに自分も女子の監督をやっていた時に「相手がどうするか知らないのにどうやってトレーニングを作って、どうやって戦略を立てていくんだ」と思っていたんです。そこから興味が出始めました。スペインではアシスタントコーチが映像分析をしてトレーニングを構築することが多いのですが、僕も監督やアシスタントコーチをやりながら、そういった「パフォーマンス・アナリシス」をやっていました。

――その後、ACミランに行かれる経緯は?

 本田圭佑が僕をACミランに引っ張っていったんです。この時「本田が個人で分析官をつけたぞ」と話題になりました。サッカー選手が個人で自分のパフォーマンスを分析する人間をつけるのは当時珍しかったですから。

――本田選手とは以前からお知り合いだったのですか?

 じゃなかったんですよ。友人を介して紹介してもらいました。当時、本田選手はオーストリア2部のオーナーだったので、僕は「監督をやらせてほしい」といったことを話しにミラノに行ったんです。そしたら次の日の朝8時に飛行場に向かっている途中にメッセージが来て、「僕の個人分析官をやってください。ミランの会長と社長に話すから考えてください」と。「えっ?」と驚きましたが、「次の日の朝に行きます」と返信したら「分かりました。さすがですね」と(笑)、それだけで決まりました。

――その後、メキシコのパチューカに行かれたのも本田選手と一緒に。当時からパフォーマンスアナリストを個人でつけていた本田選手は先駆者ですね。

 年齢的なものもあったかと思います。フィジカルでどうにかなる年齢を過ぎて、でもプレースピードを上げたい、そのためにはサッカーを知ることが必要になってくる。自分がどうプレーしていて、何ができて、何ができていないか。選手が個人で理解していくという時代が来ていました。

 当時のミランはヴィンチェンツォ・モンテッラが監督で、スペイン風のサッカーをやっていました。本田選手はスペインのサッカーがすごく好きでずっと研究していましたが、実際にプレーを見たら、チームがやろうとしているスペインのサッカーにマッチしていなかったんです。それで「いや、これはこうしたほうがいいよ」と映像を見ながら他の選手と比較したりしました。

 当時は僕もフィジカルのデータをどう見るか全然分からないので、ミランラボの人たちに教えてもらいながらやっていました。選手はプレー判断が速ければ先に動けます。次に何がどう起こるかというのを知っていると動けるんです。だからフィジカルを鍛えるんじゃなくて先に動く、脳の意思決定をする速さを上げることが大事ですよという話をしたんですね。

 過去に個人としてパフォーマンスアナリストをつけていた選手は世界でも1人ぐらいしかいなかったと思います。バルセロナのキャプテンのプジョルですが、次に本田選手がやった。すると一気に周りの選手もアナリストをつけ始めました。

■言葉の壁は映像とアニメーションで

20220812kmskdeinze-training2©︎KMSK Deinze

 本田圭佑の個人分析官を終えた後は、オランダのエクセルシオール・ロッテルダムでアシスタントコーチ兼テクノロジーストラテジスト、ベルギーのシント=トロイデンでアシスタントコーチを歴任。そして今季、KMSKデインズの監督に就任することになる。

 白石監督が率いるチームは、まさに「多国籍」だ。選手リストを見ると、地元ベルギーはもちろん、スペイン、フランス、ルワンダ、コートジボワール、二重国籍だとスペイン/ベネズエラ、ドイツ/ウクライナ、ドイツ/ナイジェリア、ベルギー/ハイチと言った国名が並ぶ。そんなプロチームを監督としてキャンプから始めるチーム作りは初めてのこととなる。

――多国籍のチームです。大切にしていらっしゃることは?

 言語という部分で共通理解を得るために、戦術のトレーニングや動きを教える時には、必ず映像とアニメーションを使って“見せて”教えています。 言葉で説明するのは時間がかかるので。トレーニングや試合の前に「相手はこういうプレーをする。なので、こういうトレーニングをやった。試合ではこう動いてほしい」といったことを具体的に見せるためにアニメーションを使うんです。ビジュアリゼーションして説明することによって、誰もが分かると思うんですね。プレシーズンは、まずコンセプトを教えて、全員が同じ方向に向かうことが大事なので。

――その指導ノウハウはご自身で考えられているのですか?

 経験からですね。自分が外国人で選手だった時に、言葉で説明されても分からなかったんです。映像とアニメーションで教えてもらえれば、見れば一発で分かりますから。

――多国籍ですが、日本人選手を獲得される予定はありますか?

 デインズの選手を獲得するコンセプトとして、自分たちが探しているポジションのスタイルに合う選手で、その選手がたまたま日本人だったということはあると思います。我々が求めている選手のパフォーマンスを見て、その中にリストアップされたのが日本人であれば獲得にいくでしょう。でも、基本的に日本人であろうが、ベルギー人であろうが、その他の国籍の人間であろうが、必要であれば関係なく獲得にいきます。

――就任されて、想定と違ったことはありますか?

 想定どおりです。選手は何ができて、何ができていないかは、トレーニングがスタートしないと把握できないと思っていたので。案の定、そうでした。

――今までのキャリアでも、サッカー面でも「次に何が起こるか」を想定されてアクションを起こしていらっしゃるのだなと感じます。

 なんとなくですけど「こうなったら多分こうなるだろうな」だとか「こういうふうにすれば、この選手のパフォーマンス、チームづくりはこうなるだろうな」という想定はありますね。

――開幕以降はいろいろなことが起きると思います。GOALでは白石監督とデインズの挑戦を継続して追っていきたいと思います。

 ありがとうございます。今週末からいよいよリーグ戦が開幕し、僕たちの挑戦も本格的に始まります。簡単にいくことばかりではありませんが、まずは守備を整えるシステム構築を進めて、日本のみなさんにも良い結果を届けられるように頑張ります。

【試合情報】
●2022-23ベルギー2部リーグ
計12チームでリーグ戦全22節を戦う。1位が自動昇格、2位が1部17位と昇降格プレーオフに進む。
第1節:8月14日 RSCA Futures vs KMSK Deinze

●KMSKデインズのオーナーであるACAフットボール・パートナズは9月上旬より独自のビデオストリーミングサービス「PlaysiaTV」のローンチを12日、発表した。白石監督のインタビューはじめ、オリジナルコンテンツを随時配信予定。視聴者はコンテンツの視聴時間や回数、アクションの回数に応じて報酬を得る等ゲーム的な要素も組み⼊れられる予定。

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