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湘南に何が起こっていたのか?パワハラ報道、Jリーグ裁定、曹貴裁監督退任までのクラブの決断

 チーム内におけるパワーハラスメント行為が認定され、Jリーグからけん責と公式戦5試合の出場資格停止処分を受けていた、湘南ベルマーレの曹貴裁(チョウ・キジェ)監督が8日付けで退任した。

 湘南ベルマーレから発表されたリリースを通して、曹前監督はクラブに関わるすべての関係者にあらためて謝罪。そのうえで「これはクラブ側と重ねて協議をさせていただいた上での結論」と位置づけ、ベルマーレの一員になって15年目、トップチームの指揮を執って8年目の途中で辞する胸中をこう綴った。

「今回のJリーグ裁定にて処分が決定し、関係者のみなさまのご心情に触れ、あらためて自分の指導者として、人としての力のなさを痛感致しました。この反省からもう一度初心に立ち返り、受け手が感じる気持ちに深く寄り添い、ともに歩んでいける真の強さを身につけなければいけないと思っています」

以下に続く

■「適正な範囲」を超えていた指導

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 一部スポーツ紙による報道で、曹前監督のパワハラ行為疑惑が表面化したのが8月12日。Jリーグの依頼を受けて結成された、外部の弁護士4人からなる調査チームが、東京・文京区のJFAハウスで調査結果を発表した4日の記者会見をもって、ベルマーレを巡る問題はひとつの節目を迎えた。

 調査チームは8月中旬から、曹前監督を含めた関係者約60人に対して面談や電話によるヒアリングを介して調査を行ってきた。最終的な結論は、スタッフに対するパワハラ行為を認定し、選手に対してはパワハラに該当する不適切あるいは問題となりうる言動があった、とするものだった。

 記者会見でメデイアに配布され、Jリーグの公式ホームページ上でも閲覧またはダウンロードできるA4版用紙18枚で構成された調査報告書には、生々しいやり取りが綴られていた。

 一部を抜粋すれば、今年7月に福島・Jヴィレッジで行われたキャンプにおけるスタッフへの発言がパワハラ行為と認定されている。ボール拾いや水分補給などを担当していたスタッフに対して、曹前監督は「本当に使えねえな」「お前らは遊んでいる。遊ぶんだったら外にいろ」などと怒鳴りつけた。

 2016年の夏には練習内容をめぐるやり取りのなかで、ウォーミングアップ担当コーチの顔に手をあてて床に押し倒したと報告された。シチュエーションがあったことを認めた曹前監督だが、行為に関しては調査で否定している。しかし、専門チームは関係者の供述をもとに、業務の適正な範囲を超え、民法の不法行為あるいは刑法の暴行罪となりかねない行為と判断した。

 報告書には複数のスタッフが「何度も心が折れそうになった」「朝、吐き気を感じる。行きたくないと感じる」「ベルマーレに来たことを心底後悔している」などと証言。精神的に追い込まれて一時的に出勤できなくなった、あるいはベルマーレを退職したスタッフがいたと記されている。

 選手に対する言動としては、昨年4月の公式戦のハーフタイムで、前半のプレーに精彩を欠いた選手に「チームの癌だ。他に移るから出て行け」と怒鳴ってロッカールームからの退室を命じ、最終的にその選手が出ていった件がパワハラに該当しうると判断されている。

 同じく今年7月の福島キャンプでは、足に違和感を覚えた選手を確認しようとしたメディカルスタッフに対して、曹前監督が「ほっとけ」「自分で考えさせろ」と一喝。そのままプレーを続けた選手が、違和感を覚えた箇所に全治約8ヶ月の大けがを負ったことも報告されている。

 曹前監督自身は調査に対して「一度挫折してどうはい上がってこられるかを、ベルマーレは大事にしてきた」と厳しい指導の一環だと答えている。実際、指導方針の大前提として「怒る」と「叱る」の間に明確なラインを引き、相手の成長を期して厳しい言葉を発する「叱る」を徹底してきた。

 しかし、Jリーグの村井満チェアマンとともに、4日に都内で行われた調査結果の公表会見に出席した芝・田中経営法律事務所(東京都千代田区)の芝昭彦弁護士は、曹前監督の一部言動に「チーム、相手のためを思ってしたものでも、適正な範囲を超えている」と司法の視点から見解を示した。

 そして、村井チェアマンが曹前監督に冒頭で記した、ベルマーレにはけん責と制裁金200万円の制裁処分をそれぞれ科した。疑惑が表面化した直後から活動を自粛している曹前監督は、これまでベンチに入らなかった5試合をもって出場資格停止処分を終えることも確認された。

 曹前監督に科された制裁処分は、遵守義務が謳われたJリーグ規約第3条の第2項「Jリーグ関係者は、Jリーグの目的達成を妨げる行為および公序良俗に反する行為を行ってはならない」の違反に該当するものと判断されたことに基づいている。ただ、規約には制裁の具体例が明記されていない。

 年間34試合を戦うJ1リーグのなかでの5試合の資格停止を、村井チェアマンは十分に重いと位置づけたうえで、曹前監督の今後に関して「反省はしていると思いますし、態度をあらためて、戻るのであれば気持ちを切り替えて大きく成長してほしいと願っています」と言及している。

■焦点はクラブの対応に。復帰要請の理由

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 必然的にベルマーレ側の対応に焦点が移ったなかで、調査結果の公表を受けるかたちで、ベルマーレも4日午後6時から神奈川・平塚市内で記者会見を開催。ベルマーレを運営する株式会社湘南ベルマーレの眞壁潔代表取締役会長は、曹前監督の進退およびクラブとして科す処分を保留した。

「みなさんご存知のように、曹監督のサッカーは選手、スタッフ、ファン・サポーターだけでなく、曹監督自体のパワーが生まれてないようではとても指揮を取れない。今回の通知を受けて、難しい状況に向き合っていくなかで検討していきたい」

 眞壁会長は憔悴している曹前監督の気持ち、ベルマーレのステークホルダーおよび大株主の意見を聞いたうえで最終的な結論を出す方針を明かした。結論を出す時期に関しては言及しなかったが、曹前監督の退任が発表された8日までの間で現場への復帰を要請している。

 パワハラに対する社会通念に照らし合わせて、Jリーグの制裁処分が軽すぎるのではないか、ベルマーレは曹前監督を辞めさせるべきだ、という意見がネット上にあふれた。ただ、批判を恐れずに言えば、組織内でパワハラが認定された人間が必ずしも職を辞さなければいけない、という決まりはない。

 現場の最高責任者となるJクラブの監督の言動が、パワハラに認定されたケースは今回が初めてとなる。ただ、Jリーグ事務局内では2017年6月に、女性職員に対してパワハラおよびセクハラ行為を繰り返していた、組織内でナンバー3の立場にあった当時の常務理事が辞任したケースがある。

 Jリーグ内に設置されている、ハラスメントに関するホットラインへ被害にあった女性職員が通報。村井チェアマンの依頼を受けた弁護士2人が通報した女性を含めた複数の職員、そして常務理事に対してヒアリング調査を実施した結果として、両方のハラスメント行為があったことが確認された。

 このときも、なぜ解任ではなく辞任だったのかとメディアから指摘されている。調査を行った弁護士から「刑事罰に該当する行為ではない」と報告を受けた同チェアマンは制裁などを科さず、最終的には自らの行為を深く反省した常務理事が提出した辞任届が、最高議決機関の理事会で受理された。

 今回も「民法の不法行為あるいは刑法の暴行罪となりかねない」と調査報告書内で指摘された行為はあったものの、双方に抵触するとは断定されていないし、被害届なども出されていない。ただ、一般企業では加害者を人事異動させて被害者と離すことができるが、サッカーのクラブチーム、それも監督と選手またスタッフの関係では同じ方法は成り立たない。

 いま現在のチームに辛い思いをした選手およびスタッフがいると踏まえたうえで、眞壁会長は調査報告書が発表される前日の3日に、すべての選手およびスタッフに対して、調査チームが出す結果ごとにクラブとしてどのような対応を取るのかを説明。発表される直前の4日早朝からは水谷尚人代表取締役社長とともに個別面談を実施し、さらに発表後にもあらためて説明の場を設けている。

 被害者の心情を十分にケアしたうえで、調査チームによる面談を終えた曹前監督と何度も話し合いの場をもっていた眞壁会長は「精神的に大変落ち込んでいて、反省している日々を送っていた」と明言。活動自粛中の曹前監督が、すでに社会的な制裁を十分に受けたと判断したのだろう。

■混乱する現場。チーム内の疑心暗鬼

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 こうした背景もあり、世論から批判される状況を覚悟のうえで、現場への復帰が要請されたと見られる。しかし、調査チームによる調査報告が発表された2日後の6日に行われた川崎フロンターレ戦で、ベルマーレはホームのShonan BMWスタジアム平塚で0-5の惨敗を喫している。

 前半だけで4点を失う試合展開は、同じくホームで0-6と大敗した清水エスパルスとの前節とまったく同じだった。活動を自粛した曹前監督に代わって指揮を執ってきた高橋健二コーチのもとで、2分け4敗と白星をひとつも挙げられないまま、結果だけでなく試合内容も悪化していった。

 当初はJ1が中断する9月の国際Aマッチウィーク中に、調査結果が公表されるという思いがはたらいていたのだろう。ゆえに曹監督が突如不在となった最初の3試合は、逆境を一丸になってはね返そうという思いをパワーに変えて、必死に食い下がる試合内容を見せていた。

 試合終了直前に喫した失点で敗れたものの、8月17日のサガン鳥栖戦では2点のビハインドを一時は追いついた。続くベガルタ仙台戦と浦和レッズ戦でも、ビハインドを追いついて執念のドローに持ちこんだものの、迎えた中断期間においてJリーグの動きはなかった。

 曹前監督が戻ってくるのか否か。復帰する場合はいつになるのかがまったく見えない、特異な状況下での戦いが特にメンタル面に大きな影響を及ぼしていたのだろう。加えて、被害者が特定されないように「要約・公表版」と配慮が施されていた調査報告書は、それでも曹前監督の言動に対して証言している関係者とはいったい誰なのかと、チーム内で疑心暗鬼を生じさせかねない内容になっていた。

 一方で調査書には「あそこまで選手と向き合ってくれる監督はいない」「曹さんのおかげで選手として成長できた」――といった、曹前監督を慕う選手たちの声も綴られている。曹前監督の厳しく、そして熱い指導を求めて、ベルマーレでプレーすることを選択した選手も少なくなかった。

■残り6試合で、J1残留を果たすために

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 こうした背景もあって、ベルマーレはサッカーに集中することが難しい状況に陥っていた。フロンターレ戦を終えた段階で、総得点でかろうじて上回ったものの、J1参入プレーオフに回る16位のサガン鳥栖と勝ち点および得失点差で並ばれ、12月7日の最終節で敵地での直接対決を残す、J2へ自動降格する17位の松本山雅FCにも勝ち点でわずか3ポイント差にまで詰め寄られた。

 リーグ戦が残り6試合という苦境でJ1残留を果たすために、いま現在のベルマーレを作り上げた曹前監督にいま一度指揮を託そうと眞壁会長は考えていたはずだ。

「とにかくチームを強くしよう、チームを成長させよう、と。自分だけがそういう思いを加速させて、周りの選手やスタッフの本当の気持ち、人それぞれの真実みたいなものを半ば度外視して、本当に見えているものが見えなくなってきたのかなと、考えることが本当に多かった毎日でした」

 自らの希望でベルマーレの記者会見に出席。深々と頭を下げ、憔悴した表情を浮かべながらパワハラと認定された自身の言動の被害者、ベルマーレの支援者、ホームタウンのサポーター、Jリーグ関係者、そして日本中のサッカーファンへ謝罪した曹前監督は、自身の進退にこう言及していた。

「選手との関係性やスタッフとの一体感をもっとも大事にしてきたつもりなので、自分のマネジメント力の低さや先見性の無さ、指導者としての浅はかさを自分のなかで痛切に感じているいま、僕が『こうしたい』とか『ああしたい』とこの場で申し上げてもまったく説得力がありません」

 それでも続投の要請を受け、待ったなしの瀬戸際に追い込まれたベルマーレを取り巻く内外の状況を顧みたときに、自らが身を引くことが唯一にして最善の道だと判断したのだろう。ベルマーレに関わるすべての人間が同じベクトルを共有して残り6試合を戦ってほしい、という思いを込めて、退任が発表されたリリースには曹前監督のこんな言葉も記されていた。

「辛いこと、嬉しいこと、たくさんの経験をさせていただきました。このような長年の歩みに関わっていただいた選手、スタッフ、サポーター、スポンサー、株主の皆様、トップチームを夢見る子どもたち、すべての方々に御礼を申し上げますとともに、このような形での退任となりましたことを心よりお詫び申し上げます」

 後任には2012シーズンはコーチとして就任1年目の曹前監督を支え、2013シーズンからはアカデミーダイレクターに就任し、U-18監督も兼任していた浮嶋敏氏が就任。ベルマーレの歩みを熟知する新監督のもとで、国際Aマッチウィークによる中断から再開される、19日の横浜F・マリノスとの次節へ向けて10日から新体制を始動させている。

取材・文=藤江直人

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