優しくて控えめ…“傲慢”とは無縁のスター、ヌゴロ・ カンテの原点に迫る/コラム

数年で一気にスター選手へと昇りつめたカンテの原点はどこにあるのか。彼の少年時代を知るJSサレネスのコーチに話を聞いた

ヌゴロ・ カンテは今最も注目すべきサッカー選手の一人であると言えるだろう。だがユース時代はどのプロクラブへの入団も断られ続けていた過去を持つ。しかしカンテが少年時代に所属していたJSサレネスのコーチ、ピエール・ヴィルは彼の才能を誰よりも信じていたそうだ。ヴィルが『Goal』の取材に応じ当時のカンテの様子を語ってくれた。

カンテがサレネスに入団したのは彼が10歳のときであった。学校の先生が運動神経のいいカンテに「サッカーをするといい」と勧めたことがきっかけだそうだ。だがサッカーを続け16歳を迎えてもなお、カンテはプロデビューするための所属チームを見つけられずにいた。アミアンSC、FCソショー、スタッド・レンヌ、FCロリアン、ASボーヴェ・オワーズ……。これら全てのチームのトライアルを受けたがどこにも合格できず。最後に受けたブローニュでなんとか契約というキャリアを手にすることができた。

しかしその後のカンテの成長はご存じの通り凄まじかった。カーンやレスター・シティで成功を収め、その後はチェルシーの重要な選手となりフランス代表にまで選ばれたのだ。

現在もサレネスの運営関わるヴィルとカンテは今でも連絡を取り合っているそうだ。ヴィルはカンテとの関係性をこう語る。

「カンテとはよく話すよ。彼がチェルシーに入ってからは前ほどではないけどね。だって彼はかなりの有名人となって付き合いが広くなったから(笑)」

そしてこう続けた。

「だけどカンテの方から私に電話をくれることもあるんだ。アドバイスを求めてね。試合についての意見をとても熱心に聞いてくるよ。でも今の彼は最高レベルの選手だから私が言えることなんて全くないんだ」

それでもカンテは元所属チームへの親しみを今でも忘れていないようだ。むしろカンテにとっても、最も大切な場所なのかもしれない。

「カンテは時間ができればすぐにサレネスに帰ってきてくれるよ。ユーロ2016の直前にも来てくれたんだ」

そうヴィルは明かしてくれた。

N'Golo Kante as a kid

カンテにとって2016年は特別な年であったに違いない。リーグのタイトルを初めて獲得し、初めてフランス代表に選ばれてプレーした。そしてその代表では代表初ゴールをあげてフランスのユーロ2016の決勝進出に貢献したのだ。その後はレスターから3000万ポンド(約38億円)でチェルシーに移籍したが、アントニオ・コンテ監督はすでにカンテを先発メンバーの一人とみなしている。

ヴィルによると昔からカンテの体はあまり大きくなかったそうだ。しかし小柄なことがカンテにとってはプラスに働いたようである。

「当時、彼は本当に小さかったよ。けどだからこそ頭を使い、身体能力を高めることに力を注いでいたんじゃないかな。10歳から18歳の頃にそういうプレーを経験すると強くなれるものなんだよ」

当時を回想し“身長こそがカンテの強み”であるとヴィルは言う。そして彼の人間性についてもこう評価した。

「カンテはここではいつも中盤でプレーしていたよ。中盤で活きる才能があったからね。だけど試合ではとても控えめだったんだ。いつだってチームのためにプレーしていてそれ以外のことはしなかったよ。でもだからこそカンテは成長できたんだと思う。前より上手くなったと過信することなく、いつも次のレベルへ成長することだけを考えていた。その気持ちはきっとチェルシーに移籍を決めた時も同じだと思うね」

サレネスはシルヴァン・ディスタン、アルマン・トラオレ、ダミアン・ペリネルといった選手も輩出しているが、今やカンテが最もチームに貢献をしている卒業生かもしれない。なぜならサレネスは、カンテがカーンからレスターへ移籍する際に24万ユーロを得て、それによって施設を改善することができたからだ。パリ西部の郊外の子どもたちが今日もサッカーができるのも少なからずカンテのおかげであるだろう。

N'Golo Kante as a kid

たった数年の間で急激に大成功を収めたカンテ。一気にスターとなった彼に少々の傲慢さが見られても無理はないと言えそうだが、彼は決して傲った態度は見せない。むしろカンテはいつだって穏やかだ。誰にでも優しい話し方をすると有名である。

少年時代のカンテを知るヴィルも当時からカンテは多くの人に愛されていたと話す。

「彼はゴールを決めてもシャツを脱いだりユニフォームのロゴにキスをしたりしないんだ。ただにこやかにほほ笑むだけでとても控えめだったよ。チームメイトはカンテのことを弟のように思っていたんじゃないかな。だって彼は決してノーとは言わないんだよ。何を指示されても“はい”と言って黙々と指示に従う。物事の理解も早かったけどね」

チェルシーに移籍しカンテは週給にしておよそ11万ポンドを稼いでいる計算になるのだが、今でも白のミニ・ハッチを運転して練習場に通っている。チェルシーのチームメイトであるダヴィド・ルイスやネマニャ・マティッチもカンテの少年時代のチームメイトたちと同じようにカンテのことを褒め称えているが、こうした地に足の着いた行動も多くの人を惹きつける理由であろう。

ヴィルはカンテがサッカー選手としても人間としても目指すべき人物像であり、サレネスの誇りであると話す。

「これからの20年、我々サレネスはただ試合に勝つためだけではなく誰もがそうなりたいと思うような人生の地位を築く人材を形成することを目標にしているよ。それぞれの選手が成功し活躍できるように成長させていきたいと思っているんだ。カンテの活躍はきっと後輩たちのいい刺激になるね」

サレネスは75年もの歴史あるチームであるが、近年は他の強力なチームの台頭もありその評判に陰りがあるという。

カンテの活躍がサレネスの評判に直結するとは言い難いが、少なくとも今サレネスに所属している少年たちに多くの夢を与えているはずだ。彼の移籍金によって改善されたピッチで第二のカンテが今も練習をしているだろう。

文=ニザール・キンセラ & ロイク・タンツィ/Nizaar Kinsella & Loic Tanzi