ベン・メイブリーの英国談義:自ら暴動を招いたFAカップ

準決勝ウィガン対ミルウォール戦での愚行
英国の歴史上最も賛否両論だった元首相マーガレット・サッチャーが亡くなったのと同じ週のうちに、彼女の在任した頃以来では(これほどの重要な試合で起こったものとしては)最悪のものとなるサッカースタジアム内での暴力事件を目にすることになったのは何とも悲しい皮肉だった。

時々イングランド代表チームと一緒に写真を撮ることくらいはあっても、サッチャーが国民的スポーツであるサッカーに時間を割くことはほとんどなく、サッカーファンは「労働者階級のチンピラたち」と同一視して構わないと考えていたことはよく知られている。1980年代を通してフーリガニズムがサッカーと英国の恥となる中、サッチャーは観客席における暴動と、自身の保守党政権が貧富の差を拡大したことによって生じた社会分裂との間に関連性が存在すると認識することも、その責任を受け容れることもできなかった。サッチャー政権下で、独善的に振舞いつつも高給に恵まれていた警察は、不十分な安全基準を見逃すことでスタジアムを腐敗するに任せていた。幸い実現はしなかったとはいえ、サッチャーが改善案として考えていたのは、すべてのサッカー観戦者を把握するためIDカード保持を強制し、さらには、すでに致命的なまでに危険だった観客席のフェンスに電気を通すというものだった。

英国を悲劇的な経済状態から脱出させようとする現政府の試みが歴史の中でどう評価されていくかはまた別の問題だが、新生ウェンブリー・スタジアムとその豪華設備という非常に洗練された舞台背景の中、土曜日に行われたウィガンとミルウォールのFAカップ準決勝の、ミルウォール側観客席で繰り広げられた光景はまったく不快なものであり、一昔前に戻ったかのような時代錯誤的なものだった。

ミルウォールは他クラブに先駆けて社会貢献活動への参加を進め、フーリガン的要素を持つサポーターの「オレたちは嫌われ者、それで構わない」という教義から距離を置くべく素晴らしい努力を重ねてきたが、残念ながらクラブのイメージはまた以前のものに引き戻されてしまった。90年イタリア・ワールドカップ以降にサッカーが中産階級のものへと転換し、プレミアリーグに資金が流れ込み、「テイラー・レポート」以降にスタジアムが改革されようとも、「ライオンズ」のサポーターはその後も街中での様々な暴力事件を通して悪評を得続けてきた。2002年のプレーオフでのバーミンガム・シティ戦や、04年に出場した欧州カップでのハンガリーのフェレンツバロシュとのアウェーゲーム、地元のライバルチームであるウェスト・ハムと対戦した09年のリーグカップの試合などが特によく知られている。

今回は、世界中から多くの視聴者が見守る中、何の罪もない子供たちが涙を流さなければならなかった。同じ区画で観戦していたミルウォールサポーターの一部が、彼らを押しのけてお互いにぶつかり合い、警備員やロンドン警視庁の警官たちとも衝突したからだ。さらに皮肉なことに、トラファルガー広場の警官たちは、サッチャーの死を祝って馬鹿騒ぎしていた団体を包囲するために駆り出されていた。極右のイングランド防衛同盟を支持するミルウォールファンが試合後、 彼らに近寄らないようにするためだ。そういったこともすべて含めて、英国の、あるいはこの国のサッカーの評判を守りたいと願う者にとって心地よい光景ではなかった。

2つの点を強調しておかなければならない。まず、暴力を行ったのはごく一部の少数派であり、正しく行動した本物のサポーターを同一視してしまうべきではないということ。もう一つは、関与した者たちは自分たち自身の行動に全面的に責任があるということだ。事件当初、警備員が衝突を鎮めるために効果的に動くことができなかったのではないか、という意見が一部にあったが、彼らはこのような状況に対処するための訓練を受けた警備のプロというわけではない。時給7ポンドだけを受け取っている、ボランティアに近い存在だというのが実際のところだ。だが、サッカー協会がこの事件から学ばなければならない教訓もある。この事件は何より、協会が主催する最高の大会たるFAカップの低迷には、協会自身にその原因の一端があることを示す新たな症例である。

FAカップがかつての栄華を失い、金銭的に裕福なプレミアリーグとチャンピオンズリーグにその座を譲ったことは、このコラムも含めた各所でたびたび述べられてきた。20年前や25年前であれば、まだ比較的少なめだったリーグ戦のテレビ放送に比べてFAカップ中継がより大きな存在感を放っていた。特に決勝は世界各地で中継され、世界のクラブサッカーの中でも一種独特の地位を有していた。しかし今では「ザ・カップ」はファンにとっても、あらゆるカテゴリのチームにとっても優先順位の低い存在となってしまっている。だがFAは、ESPNの国内放送のためウィガン対ミルウォールの試合をウェンブリーで17時15分キックオフとすることを主張し、状況を悪化させるとともに観客席にトラブルが発生する可能性を高めてしまった。

こういった試合は以前であれば無料の地上波中継がカバーするものであった。スカイ・スポーツの一極支配がEU諸国に嫌悪感を持たれるほどになろうとも、多くの英国人ファンは追加の費用を支払ってまではなかなか有料チャンネルを見ようとはしないし、そうであることは理解できる。だがそのことを別としても、ナショナル・スタジアムであるウェンブリーが高騰した建築費用をまかなうために複数年のスタジアム会員権を売却し、その契約によって準決勝開催が義務付けられていることは、甘い目で見ても無益なことであり、厳しく見れば悲劇を招く要因になり得るものだ。ツインタワー(旧ウェンブリーのシンボル)の時代の1993年と94年に短期間の実験的試みが行われた例を除けば、伝統的に準決勝の試合は別の中立地で開催され、可能な限り両チームの本拠地から等距離に近い場所が会場に選ばれてきた。ウェンブリーでプレーするという名誉は、純粋にファイナリストだけに与えられていた。今回の土曜日の試合は(ロンドンを本拠地とする)ミルウォールにとって事実上のホームゲームとなり、キックオフ時間が遅くなったことでウィガンのファンは当日のうちに北部への帰途に就くことが不可能となった。

それでも、この両クラブが9万席を埋められる可能性は皆無で、最大限の収益を得られるようにするためチケットは一般販売が行われることになった。そのためザ・デン(ミルウォールの本拠地)を追放されていたトラブルメーカーたちも、クラブの会員規約に縛られることなく、容易にウェンブリーのミルウォール側の観客席に入り込むことが可能だったというわけだ。原稿執筆時点で警察は認めてはいないが、暴動を起こした者たちの一部はミルウォールのファンですらなく、ウェスト・ハムのサポーターがライバルチームのサポーターとの争いのチャンスとしてこの試合を利用したのではないかとも見られている。FAは警備方針の見直しを行おうとしているが、危険を予期できなかったのは視野狭窄だった。少なくともキックオフ時刻をランチタイムに戻せば、試合前のアルコール摂取を制限することができたはずだ。

史上初のFAカップ決勝進出というウィガンの偉業が、こういったことの陰に隠れてしまったのは非常に残念だ。だが彼らは5月11日に太陽の下での試合を楽しむことができるだろうし、そうする資格がある。


文/ベン・メイブリー(Ben Mabley)
英・オックスフォード卒、大阪在住の翻訳者・ライター。『The Blizzard』などサッカー関係のメディアに携わる。今季は毎週火曜日午後10時よりJスポーツ2『Foot!』にてプレミアリーグの試合の分析を行う。ツイッターアカウントは@BenMabley