凄惨な過去を語るテベス

火傷のあとは、生きてきた証

マンチェスター・ユナイテッドに所属するアルゼンチン代表FWカルロス・テベスが、幼少期を振り返っている。同選手が育ったのはブエノスアイレスでも治安の悪い地域だったそうで、常に危険と隣り合わせだったという。

イギリス『ニュース・オブ・ザ・ワールド』で、テベスが次のように語った。

「子供のときは、一人で出かけるなんて絶対にしなかった。危なすぎるんだ。夜になるとひどかったよ。銃声は聞こえるし、人の叫び声なんかも聞こえる。銃撃戦になっているのが分かるんだ」

「そうなると、僕は家族と一緒に床に伏せるしかないね。そして翌日には、またサッカーの練習に出かけるんだ。朝、学校に行く途中で死体を見ることもちょくちょくあった」

「そういった人たちの生活はドラッグに満ちていたよ。ほかの人は盗みに走った。彼らはそういったカネをあぶく銭だと言っていたね」

「仲の良かった友達の一人は、途中で異なる道へ進んでいった。彼と会うことはもう不可能だ。5年前、彼は盗みをして警察に殺されてしまったよ」

「僕はそういった人間の後を追うべきか、自分の夢を追い続けるかを決める必要があった。もし、サッカーが好きなら、それに全力を尽くしてほしい。それがベストなことだよ」

「子供の頃は大人と戦っていた。路地裏でのプレーは、破傷風なんかを避けるために、ガラスの破片をよけながらドリブルしたね。すねに2つ、ふくらはぎに2つのレガースを着けてプレーしていた。でも、問題は靴だったよ」

テベスは過去に、ボカ・ジュニオルスから幼少期に負った顔の火傷を治療するための手術費用を負担すると申し出られたことがある。しかし、同選手はそれを拒んだ。そのエピソードについても触れている。

「自分の顔は何かの役に立つわけではない。神様がこの顔を僕に与えたというなら、それを変えるつもりはないよ」

「子供の頃は、ゴミを拾って、それを売って生きていかなければいけないと思っていた。でも、うれしいことにサッカーが僕を救ってくれたんだ。この傷は、僕の生きてきた証でもあるよ」