Goal.comアジアカウントダウンto2013:インドネシア

1日1カ国ずつ、アジアの2012年を振り返る
「Goal.comアジアカウントダウンto2013」では、12月19日から31日まで、アジア13カ国の2012年を1日1カ国ずつ振り返ります。第4回の本日はインドネシアです。

紹介

インドネシアサッカー協会(PSSI)の内部抗争に、リーグの分裂問題、選手たちへの給料未払い。これらは2012年のインドネシアサッカー界に起こったネガティブな話題のほんの一例に過ぎない。代表チームも、参加したいくつかの国際大会で勝ち進むことができなかった。

代表チーム

FIFAの認定するサッカー協会(PSSI)と、分裂したもう一つの協会(KPSI)による対立の結果の一つとして、代表チームの監督はころころと入れ替わることになった。アルフレッド・リードルの解任に始まり、ウィム・ライスベルゲン、アジ・サントソと続き、最終的にニル・マイザルが監督としてチームを引き継いだ。

2月には史上最も屈辱的な敗戦を喫した。バーレーンに0-10で敗れ、2014年ワールドカップ予選からの敗退が決まった時のことだ。PSSIの混乱により親善試合を組むこともできず、KPSIに登録された選手を招集することもできなかった。結果、インドネシアはAFFスズキカップでも不安定なパフォーマンスの末グループステージで敗退することになった。

U-21代表も同じような問題を抱えている。ハサナル・ボルキア大会でブルネイに0-2で敗れるという予想外の結果により、久しぶりのタイトルを獲得することはできなかった。

国内リーグ&カップ

2つの協会の存在は、2つのプロリーグの存在にもつながった。PSSIの公式リーグであるインドネシア・プレミアリーグと、分裂リーグであるインドネシア・スーパーリーグの2つだ。どちらのリーグでもスマトラ島のチームがタイトルを獲得することに成功した。プレミアリーグではセメン・パダンが初代王者に戴冠。スーパーリーグではスリウィジャヤFCパレンバンが優勝を飾った。両チームともに、シーズンを通して素晴らしい戦いぶりだった。また、開催6年目となるピアラ・インドネシア(国内カップ)ではペルシボ・ボジョネゴロがクラブの63年間の歴史で初めてとなるトロフィーを獲得している。

AFCカップでは、アレマFCがグループステージで3敗を喫しながらも、ベトナムのナビバンク・サイゴンとミャンマーのアイェヤワディ・ユナイテッドを得失点差で上回ってグループを突破。準々決勝進出を果たしたがアル・エティファクに敗れた。

2010-11シーズンのスーパーリーグ王者ペルシプラ・ジャヤプラはスポーツ仲裁裁判所の決定により2012年AFCチャンピオンズリーグ(ACL)予選の出場権を獲得したが、アデレード・ユナイテッドに0-3で敗れグループステージ進出はならなかった。

来季のインドネシアはACL参加には不適合と判断されたため、セメン・パダンとペルシボ・ボジョネゴロはともにAFCカップに出場する。

国外でプレーする選手

若いアルトゥール・イラワンはエスパニョールのユースチームからBチームに昇格し、スペインのセグンダ・ディビシオンでプレーする初めてのインドネシア人選手となった。オランダの選手たちも彼の成功に続き、アルメレ・シティのステファノ・リリパリー、GVVVのトニー・カッセル、FCプレシクハーフのジョニー・ファン・ブーケリング、VVカペレのラファエル・マイティモといった選手たちが少しずつそれぞれの立場を固め、所属チームにとって重要な選手となった。

ベルギーでは4人のインドネシア人若手選手が頑張っている。アルフィン・トゥアサラモニーとヤンディ・ソフィアン・ムナワルが今年からトップチームでプレーするようになった一方で、シャムシル・アラムとイェリチョ・クリスティアントコはいまだトップチーム昇格のチャンスを得ることができずに苦戦している。

年間最優秀選手:バンバン・パムンカス(ペルシジャ・ジャカルタ&インドネシア代表)

PSSIの内部抗争の結果、2011年に劇的な形で代表を引退。だが、インドネシア歴代最多のキャップ数とゴール数を誇る彼は、AFFスズキカップに向けて代表復帰を果たした。インドネシアを準決勝へ導くことはできなかったが、彼の存在は若く経験の浅いチームの精神面を盛り上げていた。

スーパーリーグのペルシジャ・ジャカルタでも素晴らしいシーズンを過ごし、33試合の出場で16ゴールを記録。チームを5位フィニッシュに導いた。

今年のハイライト:AFFスズキカップでの不名誉と、FIFAの「クリスマスプレゼント」

AFFスズキカップでの低調な戦いこそがインドネシアの1年を象徴しているとする意見もあるもしれないが、12月中旬のFIFA実行委員会による、この国のサッカーに対する資格停止処分を延期するという決定こそが、インドネシアのサッカーを苦しめ続ける問題の現状をよく表している。

握手の手が差し出されては引っ込められ、和解文書が作成されては破棄され、ファンは抗議し、選手は不満を募らせる。処分に3カ月間の猶予期間が与えられたことも、インドネシアの草の根レベルのサッカーが受けてきた被害のまた新たな象徴に他ならない。国際大会への参加が禁止されれば、全ての関係者が交渉のテーブルに着き、もう一度真剣な対策を練ることを強いられたかもしれない。だがそうはならず、この国のファンも選手たちもクラブも、少なくとも3月まで中途半端な状態に取り残されることになった。

2013年への期待
2012年の1年間を通して持ち上がってきた問題は、今後の数年間で解決に至らなければならない。インドネシアのサッカーファンの多くがそのことに同意するだろう。PSSIとKPSIが和解すれば、代表チームは2015年アジアカップ予選や2013年東南アジア大会などの大会に万全の状態で臨むことができるはずだ。

2012年に2つのトップリーグがともにある程度支持されていたことは、インドネシアのサッカー熱の強さを表している。だが、2013年に単独のトップリーグを復活させることができるなら、そのことに後悔の涙を流すものは誰一人としていないだろう。

文/エリック・ノヴェアント