コラム:イタリア勢がヨーロッパで成功する方法

各クラブは、外国人に頼るだけでなく有能なイタリア人選手の価値に気づくべき

戦術的な面から見れば、イタリアサッカーはこの100年一睡もしていない。世界のサッカーが新たな方法論へとシフトするとき、その方法論を作ったり、あるいは真っ先に対処法を編み出したりして来た。

アズーリ(イタリア代表)はワールドカップが始まった頃から参加していた数少ない国のひとつである。

 

当時のビットリオ・ポッツォ監督はディフェンスを固めて、素早くカウンターをするため、それまで誰も見たことがなかった2-3-2-3のシステムを敷いた。ヒトラーがポーランドに侵攻してワールドカップが中断する前、34年と38年に連覇を達成したのはイタリアだった。

 

それから30年後、62年のチリ大会での不本意な成績を受け、セリエAから外国人を締め出した。その後20年近く続いたこの排他的な方針によって、イタリアは自国のタレントを育て、戦術を見直すのに充分な時間を得て、サッカー大国として復活した。

そして生まれたのが、カテナチオである。インテルの監督だったエレニオ・エレーラが考案したディフェンス重視の戦術で、マンツーマンのマーカーに加え、深い位置にスウィーパーを置いて、文字通り相手の攻撃にカギをかけ、自分たちはカウンターから1点を奪い、勝利する。

 

もちろん周囲の国からは好意的な評価は得られず、イングランドの関係者たちはいまだに『ビューティフル・ゲーム』に共産主義的なアプローチをしたと、イタリアを揶揄している。

 

外国人選手の締め出しもカテナチオという戦術も批判を浴びたが、イタリアサッカーのレベルは確実に上がった。その証拠に70年のワールドカップでは決勝、78年には準決勝へと進み、82年には優勝を果たした。

その後は現在まで前進を続けている。70年以降、アズーリはワールドカップで2度も頂点に立ち、準優勝も2度。通算優勝回数でも4度とブラジルの5度に続き、世界で2位である。ブラジルの人口がイタリアの4倍なのを考えれば、立派な数字だ。

 

しかし基本的に分析が過ぎて、物事の悪い面を見がちなイタリア人は、自分たちのチームに自信が持てない。イタリア人はイングランド人とは対照的に、優勝する自信がないままワールドカップへ臨む。

 

クラブレベルでも、ミラノからパレルモまでに生まれ育った地元の選手より、外国人を当てにする傾向にある。ファブリツィオ・ミッコリ、クリスティアーノ・ドニ、アントニオ・カッサーノ、アントニオ・ディナターレ、ファビオ・グロッソ。本来ならワールドクラスのはずのイタリア人が、どれだけビッグクラブ以外でプレーしていることか。

数週間前のキエーボ対インテルを観ても、それは明らかだ。より魅力的で、シャープで、精度が高いプレーをしていたのは、キエーボのほう。2対2の引き分けに終わったが、それ以上の出来だった。

 

イタリアのクラブは自国のプレーヤーが世界のプレーヤーと比べて、どこを取っても劣っていないし、メンタル面や戦術面では優れていることに気づいて、しかるべく起用すべきなのではないか?

 

例えば、こんなユベントスはどうだろう。センターバックはドメニコ・クリシートとパオロ・デ・チェリエ、ミッドフィルダーとしては精力的で緻密なアントニオ・ノチェリーノとクラウディオ・マルキジオ、そしてフォワードにはボックス内を縦横無尽に動く、セバスティアン・ジョビンコとラファエレ・パッラディーノ。

ところがセリエAのビッグクラブはプレミアリーグと張り合って、強さとパワーで対抗しようとしている。

 

一方、バルセロナのペップ・グアルディオラ監督は、チェルシーとのチャンピオンズリーグ準決勝を前に次のようにコメントしていた。「もし我々がチェルシーにフィジカルな戦いを挑もうとすれば、それこそ彼らの思うツボだ。向こうをうちのサッカーに巻き込みたい」

ワールドカップの現チャンピオンに対してこんなことを言うのは不思議な気がするが、イタリアの各クラブにはもっと自信を持ってもらいたいし、外国の選手に頼るより自国の選手を当てにして欲しい。

 

Gil Gillespie,Goal.com