【コラム】セレッソでの新シーズンに弾みをつけるキム・ジンヒョン

韓国代表・正守護神としてアジア王者に王手
1月20日から2015年シーズンに向けて本格始動したセレッソ大阪。そんなチームから離れて、韓国代表として2015年アジアカップ(オーストラリア)に挑んでいるのが、正守護神のキム・ジンヒョンだ。

彼は今大会初戦となった10日の初戦・オマーン戦(キャンベラ)でいきなりスタメン出場し、1-0の勝利に貢献。13日の第2戦・クウェート戦(キャンベラ)はキム・スンギュ(蔚山現代)にポジションを譲ったものの、17日の第3戦・オーストラリア戦(ブリスベン)で1-0の勝利の立役者となり、完全に正GKの座をつかんだ。

今大会の優勝を占う大一番と目されたこの試合で、オーストラリアはケイヒル(ニューヨーク・レッドブルズ)、クルーズ(レバークーゼン)、レッキー(インゴルシュタット)の前線アタッカー3枚を温存。韓国の新鋭FWイ・ジョンヒョプ(尚州尚武)の1点でリードした後半、彼ら3枚を次々と投入してきた。サイド攻撃からケイヒルにクロスを入れてくる攻撃はまさにオーストラリアのお家芸。それをキム・ジンヒョンもよく分かっていて、スーパーセーブを連発する。その獅子奮迅の大活躍がなかったら、韓国の1位通過はあり得なかっただろう。

「ケイヒルにボールを集めてくるのは分かってました。試合前のミーティングで、オーストラリアはサイド攻撃が一番強いんで、そこでやられないようにどういう対応をするかを話した。集中すれば、やられないと思ってました」と彼は自信を前面に押し出した。「サッカーはどうなるか分からないし、どこが勝つのかも分からない」と一抹の警戒心ののぞかせたが、アジア屈指の強豪国を完封したことで、一回りスケールアップしたのは確かだった。

そのキム・ジンヒョンは、続く22日の準々決勝・ウズベキスタン戦(メルボルン)でも先発。前半の相手の猛攻に勇敢に立ちはだかった。試合は90分間で決着がつかず、延長戦へと突入。エースのソン・フンミン(レバークーゼン)の2発で最終的に2-0で勝ち切ったが、この試合でも正守護神の背後からの的確なコーチングと鋭い反応が光った。

「ウズベクは前から来るんじゃなくて、後ろに下がって11人で守る形で来ると予想していましたし、カウンターだけは気をつけようと意識していました。やっぱり全員が守ってきたら崩しにくい。それでもいい準備があったから、延長に入ってから2ゴールを奪うことができたとあったから、延長でもゴールになって2点入ったんじゃないかと思います」とキム・ジンヒョンはいい準備が4強進出の最大の要因だったと力強く語った。

完全に勢いに乗った彼は、26日の準決勝・イラク戦(シドニー)でも危なげないゴールセービングを披露。5試合連続無失点勝利の原動力になるともに、最後の砦として絶大な存在感を見せた。このようにキム・ジンヒョンは試合を重ねるごとに自信を深め、プレーの輝きを増している。

31日のファイナル(シドニー)は、オーストラリアとの2度目の決戦ということで、相手も戦術を変えてくる可能性が高い。韓国が苦境に立たされる場面もあるだろうし、今大会初の失点を喫する可能性もゼロではない。そういう難しい状況をどう乗り切るか。今こそ守護神の真価が問われるところ。ただ、結果はどうあれ、凄まじい緊張感の漂うビッグトーナメントをレギュラーとして戦った経験は、再起を賭ける彼自身にとって何物にも変え難い価値があるはずだ。

昨季のキム・ジンヒョンは、2014年ブラジルワールドカップメンバー入りを強く願うあまり、不安定なプレーが目立った。韓国代表GKコーチが極秘視察に訪れた4月12日のガンバ大阪との大阪ダービーでは、自分をアピールしようと肩に力が入り過ぎた結果、当時のランコ・ポポヴィッチ監督から後半14分に武田博行との交代を突きつけられる屈辱を味わった。結局、この失敗が響いて最終的に韓国代表から落選。世界舞台に立つ夢に手が届かなかった。落胆の影響は大きく、その後はセレッソでも精彩を欠くことが多く、チームをJ2降格の危機から救うことができなかった。彼はセレッソに加入した2009年にJ2で戦った経験があるものの、その後5シーズンはJ1の舞台で実績を積み上げてきた。それだけに今回のJ2降格は相当、悔しかったに違いない。

そんな最悪の時期を乗り越えて今回、韓国代表で悲願だった定位置を手中にした。この成功体験は2015年のセレッソでのパフォーマンスにもプラスに働くはずだ。本人は「まずはこの大会が大事なので、セレッソのことは別にして、ここで優勝できるようにやっていきたい」とアジアカップに集中しているが、セレッソでの新シーズンのことも視野に入れているに違いない。クラブを1年でのJ1復帰へと導くためにも、キム・ジンヒョンにはアジア王者の座を得て、大きな自信と手ごたえをつかんでほしいものだ。


文/元川悦子
1967年長野県松本市生まれ。94年からサッカー取材に携わる。Jリーグ、日本代表、海外まで幅広くフォロー。特に日本代表は練習にせっせと通い、アウェー戦も全て現地取材している。近著に「日本初の韓国代表フィジカルコーチ 池田誠剛の生きざま 日本人として韓国代表で戦う理由」(カンゼン刊)がある。