【再掲】チェーザレのカフェ・カルチョ:ドメニコ・ベラルディの物語

ミラン戦で4得点の注目株
サッカーへと続く道は無数にある。小さな子供が初めてボールを蹴ったときから、長い年月の練習や指導、血と汗と涙、勝利や敗北を経て…。一人の選手が最終的に成功できるのか、いつ成功できるのかを決めつけてしまうことは決してできない。

彼もまた、友人たちと単純にサッカーを楽しむ中で、少しばかり才能に恵まれた多くのティーンエイジャーの一人に過ぎなかったかもしれない。だが、それから数年のうちにユヴェントスでプレーすることになるというのが、現在19歳のドメニコ・ベラルディの軌跡である。

2009年の夏、15歳だったドメニコは故郷である南イタリアのコゼンツァから電車で北へ向かい、モデナで大学に通う兄のもとで数日間を過ごした。そこで新しくできた友人たちとフットサルを楽しんでいた彼は、その小さなピッチの脇にルチアーノ・カルリーノなる人物が来ていたことなど思いもよらなかっただろう。この地域で急速に力をつけつつあったクラブ、サッスオーロのスカウトである。

「君は才能がありそうだね。本当に趣味でプレーしているだけかい? ウチのクラブでトライアウトに参加してみないか?」 試合後にはそういった会話が交わされたことだろう。そのほんの数週間後には、ドメニコはサッスオーロのアッリエーヴィ・ナツィオナーリ(U-16チーム)に加入していた。

その3年後、ベラルディはサッスオーロの歴史上最もエキサイティングな日々の主役の一人を務める。18歳となっていた彼はこの年にデビューし、レギュラーの一角を占めるまでになっていた。この小さなクラブは下馬評を覆し、セリエAへの昇格を懸けた戦いを続けていく。

シーズン序盤の2012年9月1日、サッスオーロがクロトーネを2-1で下した試合では、若いベラルディが1ゴール1アシストを記録。これがその後に続く勝利の序曲となった。ベラルディは2012-13シーズンにセリエBで37試合に出場し、11ゴール6アシストを記録している。

サッスオーロが歴史的な昇格を勝ち取ると、ユヴェントスがすぐにベラルディに目をつけた。マンチェスター・ユナイテッドも公然と彼を追っていた。ユーヴェとしては、前年と同じ轍を踏むわけにはいかなかった。ペスカーラの期待の若手マルコ・ヴェッラッティを獲得する金額を交渉するのに時間をかけすぎた結果、パリ・サンジェルマンに素早く奪い去られてしまった件のことだ。

ユーヴェのジュゼッペ・マロッタGM(ゼネラルマネジャー)は、今回は迷うことなく現金を引き出してベラルディの保有権の半分を購入。事実上ユヴェントスに所属しつつ、サッスオーロで先発メンバーとしてセリエAで1年間戦えるチャンスを持つ若手選手はこれで計3人となった。残り2人はルカ・マッローネ(23歳)とシモーネ・ザザ(22歳)だ。

夢物語のような飛躍を成し遂げてきたベラルディだが、その短い歴史の中にはすでに後ろ暗いページも含まれている。昨シーズンのリヴォルノとの重要な一戦で、18歳のベラルディは素晴らしい試合をしたのだが、この試合で何度か起こった選手間の小競り合いの中でレッドカードも受けてしまった。この行為で3試合の出場停止処分を下されている。

その後のことはさらに酷いものだった。サッスオーロが昇格を成し遂げると、ベラルディはチームメートと一緒になって夜を徹して快挙を祝い、その翌日にU-19イタリア代表の一員としてロシア遠征に向かう予定だったことを忘れてしまっていたのだ。

アズッリーニの乗る飛行機が離陸したとき、ベラルディはまだ自分のベッドでいびきをかいていた。U-19代表のアルベリゴ・エヴァーニ監督が彼の不在に憤慨したことは言うまでもない。この無断欠席によってイタリアのあらゆる代表チームの試合での出場停止処分が下された。処分は2014年3月までとなっているが、軽減に向けての議論も行われている。サッスオーロには3500ユーロの罰金が科されるとともに、ベラルディはリヴォルノ戦で受けた3試合の出場停止にさらに1試合を追加されてしまった。

こういった騒動を経ながらもベラルディはセリエAでその技術を見せつけ、サッスオーロは9月26日のナポリ戦を予想外の1-1のドローに持ち込んだ。セリエAでの最初の8試合で、彼はPKが(4本蹴って)4点あるとはいえ6ゴールという見事な成績を残している。

そのゴールの半分はサンプドリアに勝利した試合で記録されたものだ。ベラルディにとってセリエAで初のハットトリックだった。彼はここまで563分間プレーし、94分あたり1ゴールという順調なペースでゴールを重ねている。

日曜日のローマ戦での終了間際の一発は、首位チームにホームで今季初の引き分けを強いることになった。「このゴールはユーヴェの助けにもなった。そういう意味でもうれしいよ」と彼は試合後にコメントし、将来プレーすることになるであろうチームにゴールを捧げた。

ベラルディが期待通りに来季からユヴェントスでプレーすることになるとすれば、アントニオ・コンテのチームにとって非常に歓迎すべき新戦力となるだろう。この若いストライカーは、主にその左足できらめくような才能を見せ続けている。

生まれついてのレフティーである彼は強烈かつ正確なキックを持っており、そこから鋭いフリーキックも繰り出す。年齢の割には非常に成熟した動きを見せ、ボールがある場所でもない場所でも走ることに優れている。速いパスワークに参加する技術もトップクラスで、「逆足」の右も十分に使いこなす。コンテが(レアル・マドリー相手に2度やったように)4-3-3に回帰したり、3-4-3にトライするのであれば、彼は左FWとして理想的な選手になるだろう。

イタリアのメディアは彼をロビン・ファン・ペルシやアリエン・ロッベンにたとえているが、前者の方により近いと感じられる。だがヘディングも大きな武器とするようになったファン・ペルシに比べ、ベラルディはその点では未知数だ。GOALイタリア版では昨シーズン中の特集記事で「ファン・ペルシのストライド、ベルカンプのシュート」と彼を評していたが、この表現がしっくりくるように思える。

彼に最も欠けている部分は、年齢から来る当然の経験不足に加えて、その性格面にある。急速に、予想外と言うべき成功を収めたことによって、若い彼は多少気を大きくしている部分もあるようだ。U-19代表での出場停止につながった事件でもそれが示されている。

だが同時に、彼の見せる強い自信は素晴らしい才能の一端でもある。敵地での首位チームとの対戦だったローマ戦のような厳しい状況の中で、ベラルディは自然とリーダーシップを発揮する姿を見せていた。ユヴェントスでの未来に大きな期待を抱かせるものだ。出場停止さえ明ければ、おそらくはイタリア代表でも。

コンテは監督として、トップクラブのピッチ上でのプレーにどうやって合わせるべきかも指導できるだろうし、若い選手に特有の様々な誘惑を乗り越えるのを導く父親的な存在となることもできるはずだ。

ユヴェントスのサポーターはもちろん、サッカーを愛するイタリアのファンはベラルディの成長に強い興味を持って見守っていくことになるだろう。白と黒のユニフォームと、青のユニフォームの両方を身にまとってきた偉大な選手たちの系譜に連なることを期待しつつ。


文/チェーザレ・ポレンギ
GOAL JAPAN編集長。今季は毎週水曜日午後10時よりJスポーツ2『Foot!』にてセリエAの試合の分析を行う。ツイッターアカウントは@CesarePolenghi

協力/ロメオ・アグレスティ(GOALイタリア版)