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イタリアコラム:簡単に警告を出しすぎる主審

ミランとインテルのダービーマッチでのヴァレーリ主審、それにシエナ-ユヴェントス戦でのマッツォレーニ主審のジャッジを巡る論争はいまだ収まる気配を見せない。審判の判定にほぼ誰も満足していない証拠に、どちらのチームの側からも異論が噴出している。だが、ひとつ明確にしておかなければならない点がある。重要な場面での微妙な判定に関しては、その分野の専門家の間でも様々な解釈があり得るということだ。少なくともこの点は、当事者にとって強力なアリバイとなるはずだ。

事なかれ主義に陥らず、(できれば建設的な)議論の手がかりとするべく、まずは我々自身の意見も明確にしておこう。我々の見たところでは、ロビーニョへのタックルはPKではなかった(彼はペナルティーエリア内でのDFの正当なボディコンタクトを過度に強調した)。ハンダノビッチに対するエマヌエルソンのファールもファールではない(だが、モントリーヴォのシュートの場面でのエマヌエルソンのオフサイドポジションについては確認の余地があるだろう)。長友の退場はあまりに厳しすぎたと思う(シエナでキエッリーニが退場になったとすればそれも厳しすぎただろう)。逆にフアンへの判定はもう少し厳しくても良かった。

結局のところ、色々な言い訳はあり得るとしても、ヴァレーリ主審のジャッジに対して好意的な点数を付けることはできない。

個々のエピソードの中には判断が難しいものもあり、そこでどのような判定を下しても異論は上がっていただろうが、それよりも問題なのは全体的な試合の進め方があいまいだということだ。今回のダービーに限らず、むしろ一般的な話である。

ひとつの点に特に注目したい。あまりに簡単に警告を出しすぎることだ。カードを連発しなくとも試合をコントロールできるような強い人格を持った審判がいないため、1枚目のイエローカードがすぐに出されてしまう。試合が進めば2枚目のカードをもらうリスクが増大し、早い時間にチームを10人にしてしまうことや、その結果として論争を激化させることへの恐怖心も高まることになる。

本質的な問題は、ある選手が退場にならなかったかどうかではなく、警告があまりにも簡単に出されてしまうことにある。言い換えれば、今ではほとんどどんなファールもイエローになってしまう。これはサッカーではない。サッカーとはボディコンタクトのスポーツであり、ネスタのようなスライディングタックルや、サムエルのような競り合いや、キエッリーニのような時には荒っぽいぶつかり合いもその一部だが、全てが必ずしも警告の対象となる必要はない。

警告は本当にラフで危険なタックルや、戦術的なファールに対して使われるべきものだ。サッカーに対する我々の考え方としては、たとえスライディングであってもボールへ向かおうとする選手は、それが正当なタックルであり相手にも予期されているのであれば必ずしもイエローには値しないと思う。だがもはや、現実にはあらゆるファールがイエローとなってしまう。これは審判を助けるどころか苦しめている。

説明のためさらに例を挙げれば、日曜日のシエナではキエッリーニが退場にならなかったことへの不満が上がったが、1枚目のイエローに関しては誰も詳しく分析していない。ロジーナと併走したユヴェントスのDFは、相手を妨害する形で胸に腕を当てた。確かにファールではあったが、これがイエローだとすれば、両チームのどちらも規定の最少人数以上を残して試合を終えることはできないだろう。

それがルールだ、というお決まりの回答で片付けられてしまうことも多い。あるいは、接触があったのだから、とも言われる。まるでその接触で100kgの巨体を地面に倒すこともできるかのようだ。有能な審判は接触があったかどうかを見極めるが、本当に優れた審判はその接触の程度を判断する。前者はルールを「適用」するが、後者はルールを「解釈」することもできる。

文/セルジオ・・スタンコ