東南アジアからJリーガーを!(前編)

元G大阪・現JDFA代表 木場昌雄氏インタビュー
多くの日本人選手がプレーするようになったこともあり、東南アジアのサッカーに注目が集まるようになっている。選手だけでなく指導者として日本から現地に渡る人々も増えている中で、タイで3シーズンプレーした経験も持つ元Jリーガー・木場昌雄氏が新たな挑戦をスタートさせている。Goal.comでは一般社団法人Japan Dream Football Association(JDFA)を設立し、Jリーグのアジアアンバサダーも務める木場氏に話を聞いた。(聞き手:永田 淳)

■簡単ではない東南アジアでのプレー

──木場さんは元Jリーガーとして初めてタイでプレーした選手でしたが、東南アジアでプレーする選手が増えた今の状況をどう感じていますか?

「今は日本人選手がたくさん行って、東南アジアのリーグが盛り上がっているという感覚をお持ちの方もいると思いますが、恵まれた環境でプレーしているのは本当に一部の選手だと思います。ごく一部の選手以外は契約の問題だったり、ビザの問題で大変なことがあります。練習環境に関しては現地に行っているわけだし、合わせるしかないんですけど、サッカーの文化も結構違うので、理不尽なことは多々起こります。その中で成功すると言えるまでのレベルにいける選手は少ないと思います。若い選手から東南アジア行きについて相談を受けることも多いですが、その都度『そんなに簡単じゃない』という話をしています。日本人に求められるレベルが相当高くなってきている中で、自分のモチベーションを保ってやるには相当なストレスが出てきます。タイのリーグで言えば、ある程度のステータスを得られるのは3つか4つのクラブ。それ以外のところはお金の面でも厳しいです。下部リーグに行く選手もたくさんいますが、彼らがやっている環境は非常に厳しい。そこで1人のサッカー選手としてスキルを伸ばせるかというと、難しいのではないかと僕は思っています」

──最近日本では、Jリーグでプレー機会がないのであれば、東南アジアでプレーする道を選んだ方が良いのではないかという声も聞くようになりました。

「それもひとつだとは思いますが、その選手がどういう位置付けで東南アジアに行くことを捉えているかがすごく大事だと思っています。『その国で誰もが知っているぐらいのスーパースターになってやろう』とか、『そこで活躍してJリーグに戻ってやる』ぐらいの想いを持ってチャレンジするのであれば、僕は賛成します。ただ、選手を続けたいという想いだけで行くのであれば、それは難しいと思います」

──現地でプレーして、一番きつかったことはどういったことでしたか?

「まったく文化が違うので、サッカーに対する考え方、意識も違うんですよね。そこには苦労しました。僕は地域リーグでもプレーした経験もあって、『プロやから』とか『プロじゃないから』ということでサッカーをしていなかった。どんな中でも試合に勝つためにやっていました。そういう気持ちが見えへん選手には常に厳しく言ってきたし、それはタイでも一緒でした。ただ、そういうところが通じなかった。タイは国民性として『なんでも大丈夫、大丈夫』という感じで、『僕らはプロじゃないから』という選手もいました。でもそんなことは僕からしたら関係ない。みんな少なからずお金はもらっていました。それでも学生の選手なんかは『学校があるから遅れます』ということが普通にあるし、サッカーだけやっている選手が練習が来ないこともあったりする。練習に遅れてきても『入れ入れ』という感じ。そこは合わせなあかんところかなと思うこともありました。ただ、グラウンドに入ってサッカーをやることに関しては何も変わらないので、そこは言い続けました。最初は難しかったですね。でも3年間プレーしたことで、僕の考えがちょっとずつ伝わっているなということも見えてきたので、『伝わるんや』ということもわかりました。今は日本人が行くことも多くなっていますが、続けてやっているのは、そういったことを受け入れながらやれる選手かなと思います。話をするだけでもストレス発散になりますから、現地でみんなと集まった時はいろいろな話を聞くんですけど、その内容が僕がいた時と今でまったく変わってない(笑)。やっぱりそのあたりはある程度受け入れてやるしかないみたいですね」

■日本サッカー発展のためにも東南アジア出身Jリーグ選手を

──そういう中でも、東南アジアサッカーのポテンシャルを感じたことが、新たな活動につながったと思います。JDFAでの活動内容を具体的に教えてください。

「『東南アジアからJリーグの選手を』というをひとつ大きな目標にして、現地でサッカークリニックをや、選手のスカウティングを並行してやっています。今年1年は実績をつくるということで活動している状態です。来年以降は東南アジアのどこか1カ所でアカデミーを開いて、選手育成をしていくことも考えています。自分の想いだけではどうにもならない部分もあるので、スポンサー活動をしたり、他の部分でお金を生み出せるような方法を模索しながら動いているところです」

──東南アジアからJリーガーを生み出したいと考えるようになるきっかけはどういったものだったのでしょうか?

「僕はJリーグで長くプレーさせてもらった後、タイで3年間やらせてもらって、引退した後はどういった形でサッカーに携わっていこうかと考えていました。指導者という選択肢ももちろんありましたが、自分のサッカーに対する想いや経験をもっともうまく生かせる形が何かと考えた中でたどり着いたのが、現在の活動です。Jリーグでプレーしている時もそうでしたが、タイでのプレーを経験したことでよりアジアの中でのJリーグの大きさやレベルの高さ、環境の素晴らしさというものを感じるようになりました。それに加えて、タイでプレーする中で、タイの選手のポテンシャルの高さをすごく感じていたんです。それは僕が実際一緒にプレーして感じたことなので、説得力も出せるところかなと思います。そこをうまく合わせることができたのが、『東南アジアからJリーガーを』ということでした」

──どのような効果を考えていらっしゃいますか?

「これが実現させることができれば、波及効果がいろいろと出てくると思っています。それは日本のサッカー界に対してもプラスになる部分。アジアのレベルアップが日本サッカーのためにもなるし、東南アジアの選手がJリーグでプレーすることで、スポンサーが付くようなこともも考えられます。もちろん東南アジアの国々にもメリットがたくさん出てくると思います。今は日本人の指導者もたくさん現地に行っていますが、その国に行って選手や指導者として成功するためには時間が掛かるし、簡単ではありません。もちろんそれは良いことですけど、僕はまた違う考えを持っていて、東南アジアの選手や指導者が日本に来ることでノウハウを学んで、それを自分の国に持ち帰るというのが良いのではないかと考えています。選手としてレベルアップすることが代表チームの強化にもなるし、そういう選手が後に指導者になった時に、自分の国にノウハウを自国に還元できればスムーズな環境改善につながります。そういった波及効果が、Jリーグの選手を輩出することで生まれてくるのではないかと思っています。東南アジアからJリーガーが1人出たからといってそれで終わりという活動ではないので、いかに続けていくかということを考えています。まだ今年から始まったばかりなので、実績を積み上げていく中で認められればという感じでしょうか」

──東南アジア選手にポテンシャルを感じたということですが、すぐにJリーグで活躍可能なレベルの選手もいると感じていらっしゃいますか?

「大きな括りで言えば、アジアの中では日本がナンバーワンだと思いますし、東南アジアの国が日本代表に勝てるかというと難しいと思いますけど、個々のポテンシャルと考えると、サッカーの部分に限れば、やれるだけの力は十分にあると思います。ただ、それぞれの性格や生活環境などをクリアしなければ活躍はできないと思うので、そういった部分をどうするかという課題はあります。あとはJリーグの各クラブがどう捉えるかということにもよると思います。東南アジアだけでなく中東やウズベキスタンなどでもそうですが、オリンピックやワールドカップの予選などで対戦すると、『この選手やるな』と感じている人はいると思います。そういう選手がJリーグでプレーしていてもおかしくないし、そうなればサッカー界もおもしろくなってくるのではないかと思います」

(後編へ続く)


木場昌雄(きば・まさお)
1974年生まれ。兵庫県南あわじ市出身。滝川第二高卒業後、93〜04年の12年に渡ってG大阪で活躍。01〜03年には主将も任された。05年に福岡に所属した後は、地域リーグのヴァリエンテ富山、FC-Mioびわこでコーチ兼選手を務め、08年からの3シーズンはタイのカスタムズFCでプレーした。10年10月に引退し、11年9月に一般社団法人Japan Dream Football Association(JDFA)を設立し、日本とアジアのサッカー界発展のために尽力している。
http://j-dreamfootball.net/