C・ロナウドを読む(3):2万2500ユーロの少年

スポルティングへと「移籍」
Goal.comでは数週間にわたり、ルカ・カイオリ氏の新著「Ronaldo: The Obsession for Perfection」の一部をご紹介していきます。貧しかった幼少時代から、スターダムを駆け上がる様子を追っていってください。

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彼は飛行機に乗ったことがなかった。島から出たことさえなかったのだ。これまでに面した最大のチャレンジであり、前の晩には眠ることができなかった。

祖父のフェルナン・ソウザは、彼をリスボンへと連れて行った。1997年の復活祭の休みを使い、スポルティング・リスボンのトライルを受けに入ったのだ。彼としては、父親と兄が大好きなベンフィカに行きたかった。だが彼のママは常にスポルティングのファンであり、息子がルイス・フィーゴのような素晴らしい選手になる予感がしていた。その上、首都にある最大のクラブの一つを無視することなどできない。スポルティングはポルトガルで最高のユースアカデミーを誇っており、パオロ・フットレ、フィーゴ、シモンといった名手を輩出していた。現役選手でいえば、ジョアン・ピント、クアレスマ、ウーゴ・ビアナ、ナニといった選手も卒業生だ。

彼は、ここでうまくやれると確信した。緑と白のジャージーに身を包んだコーチたちに、自分の力を十分納得させられると分かっていたのだ。だが彼はまだ12歳に過ぎず、ようやくユースチームの練習場に着いたときには、信じられないほど圧倒された。

コーチのパウロ・カルドソとオスバルド・シウバが彼のプレーをチェックした。ロナウドのフィジカルには、さほど印象を受けなかった。やせっぽちの、小さな子供だったのだ。だが彼が動くのを見るや、話はがらりと変わった。キンタ・ド・ファルカンから来た少年は、ボールを持つと2、3人をあしらった。容赦のないワンマンショーだった。フェイントし、ドリブルし、ボールを持ってピッチを駆け回った。

「振り返ってオスバルドに言いました。『この子はほかの子とは違う。特別な子だ』」と、カルドソは思い出す。「そう考えたのは、私たちだけではありませんでした。練習が終わると、子供たち全員が彼の周りに群がりました。彼がベストだと知っていたのです」。


マン・U時代には、古巣スポルティングとも対戦した

スポルティングのコーチ陣は、このトライアルが印象に残った。次の日も、古いジョゼ・アウバラデ・スタジアムにある練習場で、彼のプレーを見たがった。今回は、ユースアカデミーのディレクターであるアウレリオ・ペレイラも視察に訪れる予定だった。

「彼には才能がありました。両足でプレーすることができ、信じられないほどスピードがありました。彼がプレーを始めると、ボールは彼の体の延長であるかのようでした」とペレイラは話す。「ですが、もっと印象的だったのは、彼の判断力です。彼の個性の強さは際立っていましただね。勇気がありました。精神面の話ですが、彼は不屈の男でした。それに恐れを知りませんでした。年上の選手にも、物怖じしません。偉大な選手だけが持っている、リーダーシップのような質を備えていました。例を挙げてみましょう。ロッカールームに戻ると、子供たちは全員が彼と話して、彼のことを知ろうと騒ぎ立てました。彼にはすべてが備わっていましたし、良くなっていくだけだということは明らかでした。

1997年4月17日には、パウロ・カルドソとオスバルド・シウバはクリスティアーノの身分証明書の書類にサインした。そこには、こうある。「特別な才能と素晴らしい技術を持った選手。特筆すべきは、静止した状態からであれ、動いているときであれ、相手をかわす能力と、スワーブの能力」。続く「登録」の項目には「イエス」にチェックがしてあった。コーチらの話によると、彼はセントラルミッドフィルダーか、「トップ下」としてプレーした。クリスティアーノ・ロナウド・ドス・サントス・アベイロは、テストをパスし、スポルティングでプレーできることになったのだ。だが、まずはナシオナウ・ダ・マデイラとの間で合意に達する必要があった。

ナシオナウはスポルティングから移籍してきた若手のフランコに関して、スポルティングに4500万ポルトガルコント(現在の2万2500ユーロに相当)の借りがあった。

クリスティアーノの獲得は、借金を帳消しにするチャンスになり得た。だが12歳の子供に2万2500ユーロというのは、法外な値段だ。クラブのかつての管理者であるシモエス・デ・アウメイダは、「聞いたこともない話」だったと同意する。「スポルティングがユースの選手にお金を払ったことなど、なかったのですから」。

アウレリオ・ペレイラと他のコーチたちは、多くを投資する価値がある少年だと、運営部を納得させなければならなかった。1997年6月28日、ペレイラは新しいリポートを準備した。そこにはこのように付け加えられていた。「12歳の少年に多額を費やすのはばかげているようにみえるかもしれないが、彼には途方もない才能がある。トライアルでも証明されているし、コーチ陣によって目撃されていることである。将来への素晴らしい投資になるであろう」。

この数行が効いて、クラブの財務管理部長は移籍に合意した。