コラム:Jリーグ版「マネーボール」、積極補強の神戸の真の“切り札”

データの徹底活用でトップを狙う
知恵を絞って、天下取ったれ! Jリーグ版「マネーボール」や!

ヴィッセル神戸の「本気度」は、相当なものだ。Jリーグ1部(J1)の2012年シーズンへ懸ける思いの強さは、その積極的な補強にも表れている。常勝軍団・鹿島からMF野沢拓也とFW田代有三を手に入れ、西の雄・G大阪からMF橋本英郎とDF高木和道を補強。ハイデュク・スプリト退団の動きが見えた日本代表DF伊野波雅彦までも電光石火で獲得した。これら派手な大型補強の切り札となったのが、「データ」だった。

米国メジャーリーグ・ベースボールの弱小球団、オークランド・アスレチックスの強化策を描いた『マネーボール』が映画化されたことで、スポーツにおけるデータ分析が注目を浴びている。サッカー界でも、アーセン・ヴェンゲルやサム・アラダイスといった欧州の名将はデータの積極活用で知られる。一部の専門家はいるものの少々遅れている印象があった日本にも、その波は押し寄せてきている。その筆頭が、神戸である。

「うちはボールを奪ってゴールを決めるまでの平均時間が約13秒。これはJ1最速で、一番長いチームが約20秒だということを考えれば、相当早い」

「うちが2点しか取れなかったセットプレーで18点も取っているチーム(鹿島)から2人が来てくれた」

和田昌裕監督の口からは、普段から数字がポンポン飛び出す。

2010年夏、三木谷浩史会長は積極投資を施した。本拠地ホームズスタジアム神戸への、プレー分析システム「アミスコ」の導入だ。フランス・SUP社が開発したこのシステムは、専用カメラ8台がピッチ上の選手を追尾し、走行距離やスプリント回数、プレーエリアなどのデータを取得する。欧州サッカー中継などでのリアルタイムでの選手の走行距離表示を可能とするシステムだ。これがなければ、神戸は今季の野望を思い描くことさえできなかったかもしれない。

10年シーズン、神戸はJ2降格の危機に瀕していた。シーズン途中の和田監督就任後、終盤戦の運動量豊富なサッカーで奇跡の残留を果たした。その勢いを下支えしていたのが、データだった。

ホームゲーム後のミーティングでは、試合の数値が選手に示された。和田監督は当時を、「走れるチームになってきたということが証明されて、自信を得てくれたようだった」と振り返る。一目瞭然の個々の走行距離が、「選手の自信になったり、ほかの選手の数字を見ることで『もっとやらなあかん』という気持ちを持ってくれる」(和田監督)と、精神面でのプラス作用は小さくなかったようだ。

会心の試合をした際には、データに理由がまざまざと表れた。神戸の生命線は、守備面でのハードワークとショートカウンター。和田監督によると、「うちは短距離のスプリント回数は、他のチームとかけ離れている」らしい(具体的な数字は非公表)のだが、これは「守備のアプローチに行っているから。脅威を与える寄せ、攻撃に出ていく際にスピードを出せているということ」を証明している。これは指揮官にとってもチームづくりの指針となり、その結果、昨季にはクラブ史上初の1ケタ順位という目標を達成した。

またデータ分析は、今回の大型補強の“アシスト”にもなった。

自チームの分析を行う一方で、神戸は他チームにも目を向けている。これまでライバルとして注目していた選手のデータが、彼らを口説き落とす切り札になっていたのだ。

神戸では前述の「アミスコ」以外のデータも活用している。専門誌でも目にするパス本数などだが、神戸はJ1全選手のデータも分析している。高橋悠太チーム統括本部長は、「J1チームのデータや、自チームの個人データを買っているクラブは多いと思うが、他チームの個人データまで買っているところはあまりないようだ」と話す。

今オフに獲得した野沢や田代、橋本のレベルになれば、質の高さは誰の目にも明らかだ。だが神戸は、この補強の成功確率をデータで弾き出した。

昨季までは、セットプレーとペナルティーエリア内での得点の少なさ、決定的なパスを出せる選手の不在という課題があった。データが告げた解決策が、野沢と田代、橋本の獲得だった。

高橋統括本部長は「試合のたびにデータをチェックしていた」という野沢の説得に、「キーパス」というデータを用いた。これはシュートの1つ前のパス、つまりラストパスを示す。神戸のウィークポイントであるこのパスを、リーグ屈指のパサーである遠藤保仁や中村憲剛を上回り、J1で最も多く放っていたのが野沢だった。田代は10得点以上している日本人の中で、シュート成功率はトップ3に入っている。橋本の獲得に関しても、イメージだけでなく、パス成功率や縦パスの本数が一定以上で、なおかつ契約が切れる選手というデータから抽出された一面もあった。こういった“土産”を持参されての交渉を、野沢は「これまで言われたことのないような言葉をもらった」こととともに、「他のチームでプレーしている自分のデータを出してもらえるとは思わなかった」と振り返る。

攻撃面が魅力の野沢だが、神戸加入後は献身的に守備にも走っている。これは意外でも何でもなく、「当然」の帰結だった。昨季のデータによると、野沢は平均を上回る1試合平均11.3キロを走っている。それだけ汗をかきながら、MFでは意外に少ない全試合出場を2年連続で果たしている。だからこそ「ベテランばかり獲得した」という周囲の声も、高橋統括本部長は「年齢だけで見るのはおかしな話」と吹き飛ばす。

今オフの主役とも言える働きをした同本部長は自身もサッカー経験者で、八千代高時代にインターハイや国体で優勝を経験した。早稲田大では副将、学生コーチを務め、その後楽天に入社した。10年に神戸へと出向し、昨年異例の若さで強化責任者を任された30歳だ。

データ活用については、「もともと人が動く理由を考える仕事をしていたからかもしれない。口だけで言ってもしょうがない。説得力が違うし、伝え方の一つとしてありだと思っていた」と話す。「実際視察に行った際に、自分の見る目と照らし合わせる有効なものになるが、データだけを見てうまくいくことは考えられない」と、目と数字の両輪でうまく回していこうとしている。

これまで、日本ではこうした手法がタブー視されていた感もある。だが、上を目指そうと新たな努力をするクラブに対して、古い考えしか持たない人間が口出しするのは大間違いだ。今までと同じことをやっているだけでは、今オフのような補強は不可能なままだったわけで、データ活用が新たな道を切り拓いたと言っても過言ではない。今回の神戸の補強は、選手の名前と本部長の年齢ばかりが注目されるが、こういった取り組みがあったからこそ実現したのである。今後スポーツ映画でヒットを狙うなら、ぜひ神戸を取り上げることをお薦めしたい。


文/永田 淳