コラム:奇跡のバルサを止めるのは?

CL決勝が生む来季への“妄想”
三角形に、対角線はないのだ。チャンピオンズリーグ(CL)決勝での、勝負強さと奇跡の激突を見て、そんな当たり前のことをぼんやり考えていた。

今季のチェルシーやアーセナルとの対戦などで見せてきた、どちらが上かを思い知らせようとする、動物の威嚇のようなハイプレス。マンチェスター・ユナイテッドは、あの“攻撃”を続けるべきだったのではないか。

相手の脅威は十分認識していたはずだ。バルセロナを輝かせる、選手の距離感、位置取り、体の角度、何よりボールを体の一部としながら仲間と共有する技術。それらがつくり上げるトライアングルを窒息させるため、中盤に1本の横線を引いた。相手選手同士をつなぐ辺を分断するために。

立ち上がりのハイプレスの嵐はわずか10分で過ぎ去り、凪となり、やがて風向きが変わった。それさえも織り込み済みかのように、マン・Uは数学の授業に入ったのだが、厄介だったのが、複雑系の原理を持ち込むドリブルだ。

27分、センターサークル付近でパス交換して一息ついたシャビは、前方にスペースを見つけた。小柄な背番号6が始めたゴールへ向かうドリブルは、ユナイテッドの方程式をゆがめた。「トライアングルを捨てたらしい」と、戦術というPCから、走るというアナログ計算に武器を変えたが、図面をずらしただけで、三角形をつくる作業は続いていた。ただし、角度は20度とひどく鋭角になり、DFの間を抜いて走った辺の先にペドロ・ロドリゲスがいた。

素早く頭を切り替えたが、これがいけなかったのかもしれない。刻み込まれたプログラム第1章、『キーマンはリオネル・メッシ』。ペナルティーエリア内に侵入した背番号10への道をふさぐと、ペドロの奮起にゴールネットを揺らされた。

滑らかすぎる連係に加えて、相手の対応を狂わせる個の力。バルセロナは、相手の想定を超えていた。仕切り直しの後半開始から10分経たずに、メッシが一瞬のひらめきで勝ち越し点を奪う。勝利をほぼ決定付けた3点目も、メッシのドリブルがきっかけだった。

だからこそ、あのハイプレスでの特攻的守備が必要だったと思うのだ。個のきらめきは最後にくるものであって、ベースは選手の連係にある。メッシが中盤に下りてきて、シャビとアンドレス・イニエスタとともにハーモニーを奏でる。彼らを中心とした、あの三角形をとにかくつぶしまくるしかない。

バルセロナが使うのは、ほとんどが小さなトライアングルだった。体格面をアドバンテージとしないバルサには、空中を飛び立体となる、大きな展開は有利に働かない。

逆にユナイテッドは、大きな三角形を描くべきだった。または――トライアングルを増やすということではあるのだが――対角線を増やすよう、多角形の作成にも汗を流すべきだった。攻守に90分間走り続けるためには…、などと考えてはいけない。このバルセロナ相手に、普通の計算は成り立たない。

とはいえ、こんな考えが許されるのも、「妄想」という言葉があるおかげだ。果たして、どんなチームが、彼らを止め得るのか。バルサを超えられるのは、バルサでしかないのだろうか。

彼らが体現した奇跡も結構ではあるが、現実という日常がないがしろにされるのは悲しすぎる。事実、結果にこだわる国のチャンピオンが、優勝請負人の下でバルサを止めている。昨季CL準決勝で前年王者を退けた、ジョゼ・モウリーニョによるインテルの3冠という偉業は、今になってさらに意味を増す。

やはり止めるのはモウリーニョか、またはペップ・グアルディオラ監督が古巣の秘密を伝えるイングランドの、またはイタリアのチームなのか。来季のクラシコは何度ある? ハーフウェーラインを挟んでの、アンドレ・ビラス=ボアスの師匠との再会は実現するのか…。

心はすでに2011-12シーズンへ。こうしてフットボールが止まらないのは、あのバルサ、そして偉大なる準優勝チーム、マンチェスター・ユナイテッドのおかげだ。


文/ナッシュ・ネグロ