なぜ名古屋グランパスは降格したのか?人災が招いた悲劇/コラム

2016シーズンを戦った名古屋グランパスは、年間順位を16位で終え来季のJ2への降格が決まった。Jリーグ発足時に加盟したいわゆる“オリジナル10”の名門に何が起こったのか。名古屋を継続的に取材するスポーツライターの今井雄一朗が今シーズンを振り返る。

Jリーグ創設時から存在するいわゆる“オリジナル10”の名門・名古屋グランパスが、クラブ史上初めてJ2へ降格した。その原因は諸説あるが、要約すればボタンの掛け違えということに収束していく。湘南との最終節で見せたチグハグとした試合運びはその場限りの事象ではない。あれはまさしく、今季の名古屋の迷走ぶりを象徴するものだった。

事の発端は昨オフにあった。小倉隆史GM兼監督が誕生し、まずは2016年の陣容を固めていく作業の中で、情を欠いたあまりにビジネスライクな交渉が一部の主力選手の流出を招いた。小倉前監督は「勝てば上がって、負ければ下がる」という明確な基準をもって選手の査定を行っていたが、負傷者が相次ぐ中でギリギリの戦いを強いられていた選手たちにとっては到底受け入れられるものではない。しかしそこに「チームの現状を考えればこれしか出せない。でも、一緒に上がっていこうじゃないか」という“情”が入るだけでも印象は変わる。ある選手は交渉の結果、移籍を決めたと報告した席でこう言われたという。「そうか、それもプロとして当然の決断だな」。慰留の言葉は一切なく、彼は心の中で涙してクラブを去って行った。

そうした内情は所属選手だけでなく、オファーを受けた選手たちからクラブ外へと広がっていくものだ。昨年末、名古屋の選手たちには他クラブの選手から「名古屋は大丈夫なの?」という連絡が数多く入ったという。当然のことながら、出ていく主力選手に比べて移籍などでの獲得選手がなかなか決まらず、現場には不穏な空気が漂った。大卒の生え抜きで10年目を迎えた小川佳純は、そうした雰囲気にいち早く危機感を抱き、契約交渉の場で何度もクラブにその思いを訴えてきた選手の一人だ。「危機感なんて昨年末から持っているんですよ」と話し、その当時のやり取りをこう明かす。

「トゥさん(闘莉王)がいなくなって、他の選手もいなくなる。じゃあ誰が入ってくるんですかって契約交渉の場で聞いていたんです。決まってる選手はいるんですかって。オファーを受けたけど断った選手のことも知っていたし、危機感はそこからですよ。本当にこれで来年大丈夫なんですかって。成績が悪かったって言って選手の給料を下げて、モチベーションだって大丈夫なんだろうかってオレはずっと思ってたし、言っていたんです」

これは小川ひとりの個人的な意見ではなく、チームの主力選手にはほぼ共通してあった思いでもあった。それでも新たなシーズンが開幕する、チームが始動するにあたって彼らは気持ちをポジティブに切り替え、「チーム始動は毎回新鮮な気持ちになる。楽しみ」(楢崎正剛)と前向きに新体制での戦いをスタートさせた。チームコンセプトの浸透に時間が割かれたプレシーズンの状態はやや不安混じりなところもあったが、磐田との開幕戦に勝利したことでチームは勢いに乗り、シモビッチ、イ・スンヒ、古林将太など新加入選手も躍動。成績自体は勝ったり負けたりの繰り返しではあったが、監督1年生の率いるチームとしては数試合ごとに勝利が得られる状況にそれほどネガティブな印象を抱かずに済んだ。

だが、開幕から2ヵ月を過ぎる頃から、そのポジティブな空気が淀み始めた。「5人目まで連動するサッカー」を謳って続けられたトレーニングは一向に進捗する気配を見せず、5月4日のホーム横浜FM戦を境に勝利が途絶え、クラブワーストとなる18試合連続未勝利という不名誉な記録も生まれた。就任当初は強気だった新人指揮官の舌鋒も鈍り、若手を起用して0-4で負けた5月25日のナビスコカップ神戸戦の後には「失点は個人的なミスのせい。試合自体はコントロールしていた」という耳を疑う発言も飛び出した。

未勝利記録が続く中、7月30日のアウェイ横浜FMからは守備の枚数を増やして失点を防ごうという安易な発想のもとに5バックを採用したが、その他のポジションの動きについては何も考えられておらず、監督としての未熟さを露見。サポートスタッフとの意見交換は活発だったが、実際のピッチ上にそれが反映されることは少なく、改善の兆しはなかなか見ることができなかった。変革を期して生まれた小倉GM兼監督体制はブランディング戦略なども含めたクラブフロント肝入りのプロジェクトだったが、現場感覚としてのサポートが不足したこともあり、わずか半年で頓挫した。

リーグ26試合でわずか4勝しかできなかった小倉体制の是非はもちろん問われるべきだが、一方で監督交代のタイミングの悪さも降格の原因の一つだ。後を継いだジュロヴスキー監督は理論的な指導と「これをやってダメなら監督が悪い」という懐の深さを見せることで、ピッチで右往左往していた選手たちから試合に対する不安を取り除き、相対的に自信を取り戻させてチームを「正常な状態」(楢崎)にまで引き上げた。フィジカル強化が不十分だった前体制の負の遺産も、ポゼッション力をシステマチックに高めることで覆い隠し、選手それぞれの長所を生かすスタイルで勝利への道筋を導き出した。シーズン終盤は「プレッシャーを受けるとつなげなくなる」というリスクマネジメントの観点からか縦に速いサッカーに傾倒してしまったところがあり、結果的にはそれが攻守の連係を分断する裏目に出てしまったが、元マケドニア代表監督の豊富な経験と確かな指導力で、名古屋は最終節までの延命に成功したところがある。勝ち点1差で降格が決まった事実を思えば、指揮権譲渡があと数試合早ければ、という失敗は誰の目にも明らかだ。

しかしながら18試合もの間、ネガティブな戦いを続けた選手たちにも責任はある。試合でプレーするのは選手なだけに、ピッチ上の努力が単純に足らなかったことはやはり責められるべきだ。シーズン半ば、楢崎は「みんな楽することを考えずぎ。やりたいことをやればいいわけではない」と、チームの統一感のなさに苦言を呈してもいた。その現場に混乱を招いたフロントも含め、やはり降格は人災だったのだと言える。現場とフロントの距離感のズレは、そのまま湘南戦で見られた間延びした名古屋の戦い方に通ずるものがあった。

その中で、試合翌日にはこれまでチームをその辣腕で牽引してきた久米一正社長の辞任が決定。名古屋はJ2降格を機に想像以上の大転換を迎えることになった。そこでまず取り掛かるべきは久米社長の言う「フロント力」の強化だろう。フロント人事も含めた来季以降の意欲的なプランを早急に組み上げなければ、求心力を失ったクラブは草刈り場と化し、J1復帰の力は大幅に削がれる。名古屋は降格が決まってなお、崖っぷちに立たされている。

文=今井雄一朗(スポーツライター)

■オムニバス連載【J2降格時に大事なこと】

11月14日(月)広島編「降格の責任を背負う経営者の決断
11月15日(火)東京V編「クラブに巣食う病理の正体
11月16日(水)千葉編「無免許医が出す処方箋」
11月17日(木)柏編「北嶋秀朗『チャンスは一年しかない』」
11月18日(金)浦和編「“世界一悲しいゴール”のその後」
11月19日(土)G大阪編「腐った土壌に種を撒いても無駄骨」