試合後、スタンドのサポーターへ挨拶に向かうチームメイトの輪に入れず、少し後ろの位置で涙を流す一人の若武者がいた。ユニフォームで顔を覆い、時には座り込んで感情を落ち着かせようとしている。そんな姿を見てスタッフやチームメイトが励まそうと近づいたが、なかなか涙を止めることができなかった。
時は少しばかり遡る。3月、スペインで行われたU-20日本代表の遠征で小杉啓太は一つの目標を口にしていた。
「今はカンファレンスリーグでベスト8まで行っていますけど、ここから勝っていけたらチェルシーと試合ができる可能性もある。そうなればスカウトだったり代表のスタッフが見に来てくれたりするかもしれない。そういうところを含めて日々成長しながら、自分にしっかりフォーカスして自チームで結果を残していくことが上へのステップにつながると思っています」
カンファレンスリーグの準決勝でチェルシーと戦う。そして、そこでイングランドの強豪を倒す。スウェーデンのユールゴーデンというチームでプロキャリアを始めた19歳のSBは、この一戦に向けて並々ならぬ闘志を燃やしていた。
「周りは『チェルシーとできたらいいね』みたいな感じでしたけど、自分の心の中では絶対に(準々決勝の)ラピド・ウィーンに勝てると思っていたし、自分が勝たせてチェルシーと戦うというのを見据えていた。チェルシーにも本当に勝つつもりでいたんです」
(C)Taisei Iwamotoホームで1-4の敗戦を喫して後がない状況で迎えた第2戦。小杉は対峙したジェイドン・サンチョを相手に粘り強い守備で対抗した。積極的に仕掛けてくる相手に対し、簡単に足を出さず、とにかく抜かれないことを意識。空間を空けないようにしながら、絶妙な距離感で対応し続けた。
しかし、チームは一瞬の隙を突かれて38分に失点。逆転を目指していたことを考えれば、メンタル的にもガクッと落ちてしまうのも不思議ではなかった。
ただ、勝利を諦めていなかった小杉は、チームメイトの様子を見て、すぐさま周りを鼓舞するために動いた。CBやボランチに声をかけ、少しヒートアップするような雰囲気さえ見えるほどに、仲間に自身の思いをぶつけていた。
「ボランチがちょっと受けるのを怖がって、引き気味になっていたので『何しにきてるんだ』と。正直、ファーストレグでボコボコにされているので、自分の中では得るものしかない試合だと思っていて。とにかくチャレンジしようと伝えました。試合中なので彼も感情的になっているところがあるので、そこでヒートアップした感じはありましたけど、自分的には何かを伝えないで後悔するより、しっかりと伝えてやれることをやった方がいいと思った。できる限り自分も関わりたいという思いがあったので、そこでチームメイトに話をしました」
この時点で、ユールゴーデンの選手の中で誰よりもこの試合にかけていることが伝わってきた。貴重な経験を無駄にすることはできない。その想いがプレーにつながっていった。
実際、失点後から小杉にボールが入る回数が一段と増えた。怪我人が多く、本来の左SBではなく右SB起用となったが、積極的にオーバーラップしては攻撃に絡み続けた。ルーズボールを拾って相手のマークを外したところからシュートを狙ったり、オフサイドになってしまったが、ピンポイントクロスでチャンスを演出したり。チームでもトップクラスの存在感を示していた。
(C)Taisei Iwamotoだからこそ、試合が終わった時、様々な感情が湧いてきた。目指していた舞台で19歳の若武者は何を感じていたのだろうか。
「相手はターンオーバーもしてましたけど、本当に世界トップレベルの相手とすごくレベルの高い環境でできたことに感謝しています。自分がプロキャリアをスウェーデンで始める時は、ここまで来れるとは全然想像していなかった。自分自身、すごく貴重な経験をさせてもらっているなというのが率直な感想です。その中で自分がやれたシーンもありましたし、今日は右サイドで出てなかなか難しい場面もありましたけど、それでもやれることはやったつもりです。ただ、『もっとできなければダメだな、日常を変えていかなきゃな』という感情、ここまで来れたけどもう一個上に行きたかったなという感情、そしてサポーターへの感謝など、いろいろな感情が混ざってちょっと涙が溢れちゃった感じです」
約1年前、「湘南は本当に心地いい場所ではあったけど、そんな心地いい場所に自分はいていいのかという思いもあって海外に出る決断をした」。湘南ベルマーレのユースからスウェーデンへ。「自分が選んだ道を自分で正解にするというか、本当に自分がやりたいと思ったことを信じてここまでやってきた」ことが、誰とも異なる大きな経験を手にするに至った。
ただ、見据える先はもっと上にある。レベルの高いリーグに行き、A代表にも絡んでいきたい。その願いを実現するためには、まだまだ成長が必要だ。
「ここで満足せずにどんどん上に上に、とやっていきたい。チェルシーですら今年はプレミアリーグで優勝できていないわけで、そういう意味では遠藤航選手がトップトップで戦っている中で、まずここを知れたのはそこに追いつくためのプロセスを考えていけると思います。もちろん、追いついて、追い越さないといけないと思っている。19歳でここまで来れたのはなかなか珍しいというか、普通のキャリアを歩んでいるわけではない。自分のことを信じて上に行きたいという思いだけで必死に練習をして日々積み重ねてきているけど、これからも自分の信念を曲げずに日々精進していければなと思います」
チェルシーと対戦して「トップスターの選手たちと2試合できたことは自分の中では大きな財産になる。A代表にも食い込もうと思っているし、経験を経験のままで終わらせないで、トップトップの基準を知った上でここから自分がどうやってそこの基準にアプローチしていくかを考えていきたい」と前を向いた小杉。新たな世界を身を持って体験したことで、ここからどんな成長を遂げていくのか。小杉啓太の飛躍が楽しみでならない。



