2017-12-03-kawasaki©J.LEAGUE

小林悠が跳ね除けた2つのプレッシャー…川崎Fを悲願の初タイトルに導いた主将の想いとは

無我夢中になって前キャプテンを探した。勝利を告げる主審のホイッスルが鳴り響くと同時に、川崎フロンターレのキャプテン、FW小林悠はベンチを振り向いた。狂喜乱舞しているリザーブの選手たちの表情が、敵地でジュビロ磐田と戦っていた鹿島アントラーズが引き分け、何度も夢に見てきた初タイトルを手にしたことを告げている。

「残り10分を切ったくらいでベンチに聞いたら0-0だと言っていたので、何とかこのまま終わってくれと。試合が終わる頃にはベンチがすごく喜んでいたので、ああ、勝ったんだ、終わったんだと」

とめどもなく涙があふれてきた。周囲にいた仲間たちと次々に抱き着いた。ピッチに倒され、何人もの選手に乗っかられる手洗い祝福も受けた後に、ハッと気がついた。今シーズンが始動してすぐに、キャプテンを託してくれた37歳の大黒柱、MF中村憲剛の姿が見当たらない、と。

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「どこだと思って探したら、憲剛さんもめちゃくちゃ泣いていた。目が合った瞬間に、お互いに『ありがとう』と言い合って。僕は1年しかやっていないけど、キャプテンの重みというものはすごくよく分かる。憲剛さんと抱き合い、泣き合えたのは一生忘れられないと思う」

試合終了直前に途中出場のMF長谷川竜也がゴールを決めた側の、ペナルティーアークのあたりで突っ伏していた中村を見つけた小林の涙腺が再び緩む。2日14時の同時キックオフで行われた明治安田生命J1リーグ最終節。川崎Fのホーム、等々力陸上競技場に集結した、今シーズン最多の2万5904人も奇跡の逆転劇に魂を震わせた。

開始わずか46秒で、MF阿部浩之が大宮アルディージャのゴールネットを揺らす。今シーズン最多タイの5ゴール目を奪った直後に、キックオフ前は勝ち点2ポイント差で追っていた首位・鹿島アントラーズが引き分けたという一報が飛び込んでくる。

「元日の天皇杯を2位でスタートして、ACLも行けるかなと思った中で浦和に準々決勝で負けて、YBCルヴァンカップの決勝でも負けた時は、このチームは呪われているのか、2位しか取れないのかと思ったくらいなんですけど。フロンターレに関わる、すべての人にありがとうと言いたいですね」

5ゴールのうち3つをマークし、今シーズンどころかキャリアの初のハットトリックを達成。ゴール数を「23」に伸ばし、FW杉本健勇(セレッソ大阪)を抜いて初の得点王にも輝いた小林は、2つのプレッシャーとも人知れず闘っていた。

一つはキャプテンという肩書がもたらすプレッシャーだ。ケガで欠場を強いられた昨シーズンの明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ準決勝。鹿島アントラーズに屈した仲間たちをスタンドから見届けた時に、小林は意を決している。

複数のチームからオファーを受け、中には破格の年俸を提示してきたチームもあったが、すべてに断りを入れた。覚悟は決まっていた。川崎Fでタイトルを取りたい、そのためには自分がキャプテンとして先頭に立って引っ張る、と。

「憲剛さんの次は、年齢的にも自分かなと思っていたので。だからこそ(谷口)彰悟や(大島)僚太と『自分たちが土台をしっかり作っていこう』という話もしていた」

実は中村からも「お金に代えられないものを、フロンターレというチームでもらってきたんじゃないのか」と、2017シーズンも一緒に戦おうと直訴されていた。中村が15年目なら、小林は8年目。小林が残留を決める前から思いはシンクロしていたが、いざマークを左腕に巻くと勝手が違った。

「チームがどうなればよくなるのか、をいろいろ考える時間が多くて。去年までは自分の仕事に集中すればよかったけど、オニさん(鬼木達監督)になって攻守の切り替えや守備のことをすごく言われるようになって、まず自分が率先しなきゃというのがあった。守備で力を使い過ぎると、得点の時に力を出せないこともあって、途中まではどうしたらいいか分からなかったというか」

もっとも、それまで4ゴールに甘んじていた軌跡は7月に入ると一変する。19試合で実に19ゴールを量産したきっかけは、取材中に女性カメラマンからかけられたひと言にあった。

「『もっと自分が、自分がしていてもいいんじゃない』と言っていただいたんです。いろいろと要求しなきゃいけないし、パスが出て来ない時は味方にキレなきゃいけない時もあるし、FWがキャプテンを務めるのは難しいという話をした時に。僕はすごく単純なので、その一言で単純に変われたというか、キャプテンという考えを放棄するくらいの感覚になりました」

もう悩まない。最前線で背中とゴールという結果でチームを引っ張る。呪縛から解き放たれたかのように輝きを取り戻し、独自のキャプテン像を演じるようになった小林の姿に、中村も「それでいいと思うよ」と目を細めたことがある。

「今の状態でチームのことまで考えだすと、多分キャパをオーバーしちゃうから。そういうのは僕や彰悟、僚太がやればいいこと。でも、いろいろと考えたことが今につながっている。最初から点を取ればいいというキャプテンだったら、おそらく誰もついて来ないから」

中村のパスに抜け出したDF車屋紳太郎がペナルティーエリア内で背後から倒され、PKを獲得した瞬間に、川崎Fの誰もが喜んだ。決めればハットトリックを達成し、おそらくは単独の得点王になれる。託されたボールに込められた思いを力に変えて、小林は大胆不敵にもど真ん中に蹴り込んだ。

もう一つは「リーグ戦フル出場」に対するプレッシャーだ。今シーズンはキックオフ前の時点で全33試合に出場し、そのうち先発が32回を数えていた小林は、これまでJ1の舞台で全試合に出場したことがない。幾度となく大けがに泣かされ、「ガラスのエース」と呼ばれることも少なくなかった。

責任感が人一倍強く、時として無理をし過ぎるがゆえに過度の負担がかかる。好物であるスイーツを断つなど、体のケアにも細心の注意を払っても繰り返される故障に、家族の前で泣いたこともある。

「何でケガをしちゃうんだろう、という悔しさもあって、帰って奥さんの顔を見ると申し訳ない気持ちになって。涙が出ちゃう時もあったんですけど、そこで一緒に泣いてくれた。子どもが2人いる中で、シーズンを通して料理もしっかり作ってくれる。他の選手の奥さんがどうなのかは僕には分かりませんけど、一緒に戦ってくれる僕の奥さんにはめちゃくちゃ感謝しています」

悔しさや悲しみを共有し、食事面から体をアシストしてくれた夫人の存在があったからこそ全34試合に出場することができた。2951分を数えたプレー時間は、チーム内で谷口、車屋に次ぐ3位にランクされている。小林をキャプテンに指名した鬼木監督も、今シーズンのプレーを称賛するとともに、9月に30歳になった小林にまだまだ成長できると檄を飛ばす。

「最初は難しかったと思うけれども、得点にこだわり、得点でチームを引っ張ろうという決意が最後になって表れた。もちろんプレー面で要求したいことはあるし、まだまだ伸びる要素もある。来シーズンは得点もそうだけれども、違う部分でも成長していってほしい」

優勝シャーレがヤマハスタジアムに待機していた関係で、シャーレの写真が貼られたボードが原博実副理事長から手渡された試合後の表彰式。天に掲げる恒例の光景の前に、小林はポケットから黄色いキャプテンマークを取り出して中村の左腕に巻いた。

「僕のマークを巻いてあげよう思っていたんですけど、主務の方がもう一つ用意していて」

実はYBCルヴァンカップを制して、クラブの悲願でもある初タイトルを獲得した直後の表彰式で、キャプテンの自分よりも先に中村にカップを掲げる役目を託す青写真を描いていた。

「何かボードもグダグダになっていて。でも、これもフロンターレらしくていいかなと」

新旧のキャプテンが支える土台の上で、中堅どころの谷口や大島、今シーズンから加入したMF家長昭博や阿部浩之らが躍動して手にしたJ1制覇。キャプテンマークを突然巻かれ、驚いた表情を浮かべた中村と2人で掲げられたボードは、川崎Fの未来を照らす眩い輝きを放っていた。

文=藤江直人

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